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アナグラム  作者: 七海美桜
文車妖妃(ふぐるまようひ)の涙

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死因・下

 堂島のホテル街は、まだ昼前にも関わらず人が入っているようだ。朝帰りのカップルも多いのか、何人かとすれ違った。彼らは人目も気にしないように、ホテルでの情事の名残を惜しむようにまだ体を擦り寄せていた。

 そんな周りの事を櫻子は気にしない顔で歩いているが、篠原は『他人から見れば自分も櫻子とそう言う事をしに来ているんだろう』、と思われていると感じて居心地が悪かった。


 櫻子とそういう風に見られるのが嫌というよりも、自分程度の男がエリートで美しい櫻子に似合う訳ない、と笑われていると感じているのだ。


「どうしたの?」

 篠原の浮かない顔に、櫻子は首を傾げた。

「い、いえ、何でもないです」

 篠原の返事に、櫻子はそれ以上深く尋ねなかった。もう現場であるホテル『パラディソス』の前に着いたせいでもある。

 発見が金曜なので、土日に現場検証は終わっているだろう。しかし、ホテルは『臨時休業』の紙が貼られて制服警官が二人前に立っていた。


「この店は、現在利用できないので他の店に行ってください」

 警察官の一人が、事務的に櫻子にそう声をかけた。そんな言葉にも櫻子は気にした風でもなく、慣れた手つきで警察手帳を取り出した。

「曽根崎警察『特別心理犯罪課』の一条櫻子警視よ。現場を見せて下さる?」

 ただのカップルと思っていたのか、警察官は驚いた表情を見せて櫻子と篠原を見比べた。

「同じく、篠原大雅巡査部長です」

 視線を向けられた篠原も、櫻子に倣って警察手帳を取り出した。

「いや、しかし、あ、失礼しました!」

 何かを言おうとした警察官だが、警視である櫻子に慌てて敬礼した。それから、言葉を続ける。


「曽根崎警察の方が、天満警察管轄の事件に何の用が? 越県(えっけん)行為なのでは……?」

 これは、普通の警察官の感覚だ。捜査一課が来るのとは、訳が違う。どちらもただの所轄同士だ。

「天満警察署長に問い合わせて下さい。「一条櫻子警視がこの事件の事を知りたい、と尋ねてきた」と」

 櫻子はそう言うと、口を(つぐ)んだ。警察官は顔を見合わせたが、「少しお待ちください」と一人が無線で連絡を取り出す。


「水戸黄門みたいですね」

 篠原は、これからも同じような光景を見る事になると思い、小さく笑った。

「じゃあ、篠原君は格さんかしら? 笹部君に、助さんが出来ると思わないけど」

 呟いた櫻子の言葉に、篠原が想像して吹き出した。運動を嫌がる彼に、殺陣(たて)が出来るとは思えない。


「お待たせしました! 問い合わせしたところ、お好きに捜査していただいて構わないとの事確認いたしました。どうぞ」

 無線で確認していた警察官が櫻子達に頭を下げると、半分降りているシャッターをくぐり店内に案内する。

「この捜査は、天満警察署の一課の蕪城(かぶらぎ)班が担当されています」

 店内の電気は、きらびやかなネオンだけ消されて普通の蛍光灯がともされていた。案内してくれたのは、天満橋署管轄の渡辺橋(わたなべばし)交番の佐藤巡査と名乗った。

「ホテル関係者は居ないの?」

「金土日は完全に封鎖して現場検証していたので、今日になって掃除の人がようやく入れる事が出来て、それぞれ掃除されています」

 そう話をすると、シーツの山を抱えた忙しそうなおばちゃんとすれ違った。

「第一発見者の女性は?」

「出勤されていますよ。お呼びしましょうか?」

「お願いするわ」

 「現場はここです」と105号室に案内してくれた佐藤巡査は、遺体を発見した清掃の女性を探しに向かった。

「電子ロックなのね。清算するまで、部屋から出られないって感じかしら?」

 櫻子は不思議そうに部屋のドアを見ていた。ドアの横には小さな窓のようなものが有るのを、興味深げに見ている。


「ええ、昔はこの手のホテルは客と店側が顔を合わせないので、清算せずに逃げる客が多かったそうです。なので、部屋を出る時はドアの横の壁にある精算機で清算して鍵のロックを外して貰います。それに、軽食やドリンクを頼めばその小さな窓から受け取ったりします――ご存じなかったですか?」

 篠原が不思議そうに尋ねると、櫻子ははっとした顔になり僅かに顔を赤くした。

「知ってるわ!」

 櫻子は、ふいと顔を逸らして部屋の中へ向かう。篠原は首を傾げながら、毒殺された男が発見されたベッドが大半を占拠している、現場であるラブホテルの室内を見渡した。

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