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アナグラム  作者: 七海美桜
今宵彼女の夢を見る
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集合・中

「あ」

 珈琲を飲み終えた櫻子は、スーツのポケットから取り出したスタイリッシュなケースに収められたスマホを眺めてからふと小さく零した。

「どうかされました?」

 篠原はその言葉に椅子から立ち上がり、櫻子のデスクに歩み寄る。彼は何をしてよいのか分からず、手持ち無沙汰にしていたのだ。


「署長たちに挨拶してなかったわ」


 スマホを再びポケットに直すと、机の上に並べていた書類を手にした。ここに来る前、警視庁で渡されたものの一つだ。関西で活動するのに必要な主要人物達の写真と経歴が、簡単に書かれている書類だった。

「え? それは流石に不味いのでは……」

 篠原は警察官の階級の区別をあまり把握していない。しかし一応相手が署長であるならたとえ階級が高い櫻子であっても挨拶をしなければ良くない、という事は理解していた。

 署長と櫻子、どちらが上なんだろうと篠原は内心首を傾げていた。


「ま、残りの子が来るまで待ってましょ。何時になったら来るのかしら、笹部(ささべ)君」

 自分のデスクに片肘をついて、その掌に頬を乗せて櫻子は書類をめくる。

「笹部亮樹(りゅうき)警部補。あの子も今日から配属のはずだけど、まだ東京から出てないのかしら?」

 首を傾げる櫻子の手にあるのは、もう一人の彼女の部下。彼も昇格と同時に、警視庁から曽根崎警察へと異動になった。同じ警察庁とはいえ彼はサイバー課にいたので、捜査一課にいた櫻子とは面識がない。

「自分は三日前からこっちに来ていましたが、まだお会いしていませんね」

 右手の腕時計を確認して、篠原も首を傾げた。もう、十一時になる。随分な遅刻だ。


 二人がそんな会話をしていた頃、不意にノックの音がした。

「遅くなりました、笹部です」

 噂をすれば、ようやくその彼が姿を見せた。

「入りなさい」

 櫻子が声をかけると、ドアが開いて一人の青年が入ってきた。見た目篠原と変わらない年代のようだが、随分陰気(いんき)な印象だ。がっしりした体格の篠原に対して、笹部は細く見えた。


「すみません、私鉄でこちらに向かう途中痴漢に遭遇している女性を見かけたので、遅くなりました」

 櫻子の前に向かうとそう理由を述べて、笹部は深く頭を下げた。軽くウエーブのかかった黒い長めの前髪で、目元はあまり見えそうにない。ボソボソと小さく話す姿は、警察官に見えなかった。


「そう、それなら構わないわ。荷物を置いたら、三人で署長に挨拶に行きましょ。あ、それと」

 再びスマホを取り出した櫻子は、二人に視線を向けた。

「連絡先、交換しておきましょう。今から私たちは、この曽根崎署に新設された『特別心理犯罪課』のメンバーよ。よろしくね」

 携帯キャリアの電話番号とSNSツールのQRコードを交換して、篠原は改めて笹部に頭を下げた。

「篠原です、よろしくお願いします」

「体力仕事は君にお任せしますね、僕は苦手なので。笹部です、よろしく」

 僅かに口調を緩めた笹部は右手を差し出そうとしたが、篠原の右手首につけられた腕時計に気が付いたようだ。右手を下ろすと、左手を彼に差し出した。篠原は、条件反射でその手を握り返した。そうして、先ほど櫻子と握手をした時の違和感が何かに気が付いた。櫻子は、右手に荷物を持っていたのにも関わらずに、『わざわざ』左手に荷物を持ち換えて篠原に右手を差し出した。


 荷物を右手に持っていたのなら、彼女は左利きだ。


 しかし、手を差し出した時は自然でおかしな所はなかった。櫻子は慣れたように、自然な仕草で右手を出した。勿論、右利きが多い中握手する時は無意識に右手を出す癖になっているのかもしれない。しかし、笹部の様に気が付いて腕を替える者も多い。賢そうな櫻子が、篠原の右手の腕時計に気がつかないはずがない。


 同じ左利き同士なら、普通に左手を使えばいい。しかしあの時の彼女は、『わざわざ』荷物を持ち換えてまで右手を出した。

 変な人だな、と思いながら篠原は腕を離した笹部から視線を櫻子に向けた。


 ……あれ?


 櫻子は、何かの書類にサインしているようだがペンを持っているのは右手だ。左利きだと思ったのは勘違いかな? と、篠原は頭を掻いて二人が立ち上がるのを待った。

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