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アナグラム  作者: 七海美桜
罪びとは微笑む

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発覚・下

 もうすっかり暗くなったが、野次馬はあまり減らない。捜査員が出入りする度に、何とか中をスマホで写そうとする若者が多かった。最近動画配信などで過激な放送する者が多く、その一部の者かもしれない。ご遺体の尊厳を踏みにじりかねない行為に、篠原は内心その野次馬たちを腹立たしく感じていた。


「とりあえず、ご遺体を運んで向こうで並べて確認しろ。すべて運び終わったら、この周辺も捜査犬入れて調べるようにしてくれ」

 地面があるなら、埋めて隠すことも多い。遺体が多すぎて、もしかすると他にもあるのではないか――宮城はそれを懸念して、101号室の前の枯れ気味の花壇や紫陽花などが植えられている地面に視線を向けた。捜査課の彼の部下たちが一斉に返事をして、切り刻まれた遺体を運ぶ準備に取り掛かり、鑑識は忙しそうに辺りを調べている。


「警視はこれからどうされます?」

 竜崎が櫻子に声をかけてきた。しばく無残な亡骸を見ていた櫻子は、その言葉にはっとなったように彼を見返した。

「今は、私達が出来る事はないわね――今日は一度、私たちは家に帰るわ。明日から、捜査に協力するわね。もしかすると、他でもご遺体が見つかるかもしれない」

「分かりました。今日は有難うございました――それと、これを」

 竜崎は車の鍵を櫻子に渡して、脇に抱えていたタブレットを櫻子に返した。

「可能な限り、記憶しました。それと、『彼』について、俺も出来るだけ調べてみます」

 櫻子はその言葉に、小さく微笑んだ。竜崎も、賢い人物だ。今は捜査課に直接関わっているとは言い難い桐生の存在を、理解している。いつか、捜査課も彼と対峙する時が来る――その時の為に、学習しようとしているのだろう。


 櫻子は、車の鍵とタブレットを竜崎から受け取る。

「一条警視、有難うございました。今回のこれは――多分、警視の得意分野の犯人のように思えます。明日からお世話になるかと思いますが、よろしく頼みます」

 部屋を出ようとする櫻子に宮城がそう声をかけると、彼の部下たちが驚いたように櫻子を見た。宮城のその言葉は、彼が櫻子を認めているという意味に聞こえた。今まで櫻子を煙たがっていたようなので、その変わりように驚いたのだ。


「お疲れ様です、警視!」

 自然と、部屋を出ていく櫻子に捜査員たちが敬礼をして見送った。後に続く篠原も敬礼をして、笹部の後に付いて行く。

「今日は、私がこれで家まで送るわ――私たち全員の服に、匂いが染みついているから交通機関は使えないと思うの。曽根崎署にはシャワー室があるけど……貴方たち、着替えは持ってきてないわよね?」


 櫻子が再び運転席に乗り込むと、そう後ろに座った二人に声をかけた。思わず自分の背広の袖を鼻に当て嗅いだが、篠原の鼻は麻痺しているのか分からなかった。


「はい、明日から何着か置いておくように用意します」

「そうしてくれると、有難いわ。笹部君もね」

「はい」


 車中、三人は口を開かなかった。櫻子はまず笹部の豊中のマンションに行き彼を降ろすと、それから宝塚の篠原の家に向かった。

「――匂い。あまり、家族の方には嗅がせないようにしてね」

「え?」

 篠原の家の前で、櫻子は車を停めると後部座席の彼を見つめた。どこか、悲しそうな表情だった。


「死臭なんて、出来るだけ家族には嗅がせないようにしてあげて? ――こんな匂い、一般人には覚えて欲しくないから。その背広は勿体ないけど捨ててね? じゃあ、おやすみなさい。明日から、またよろしく」

「課長はどうされるのですか? 車は――」

「大丈夫よ。曽根崎署に電話して、取りに来て貰うわ」

 窓から軽く手を振ると、櫻子は夜の道路へと走り去っていった。その車が消えるまで見送っていた篠原は、玄関先で背広とシャツを脱ぎだした。そうして、下着姿になると近所の目を気にしながらスマホを取りだして家にいる母のやよいに電話を掛ける。


「母さん、俺! 今家の前やけど、ゴミ袋持ってきてくれへん? それと、風呂。俺最後やんな?」

『はぁ? あんた、玄関先で何してるん? 持って行くから、待っといて』

 理由を知らない母の呆れた声を途中で切る。そうして出てきた母の手からゴミ袋を取り、急いで脱いだ服を全部入れてきつく縛った。

「パンツ姿で玄関先にいるなんて、あんた頭でも打ったん? それにどうしたん、捨てるん? それ」

「うん、これゴミの日に捨てといてくれへん? 絶対に開けたらあかんからな! ――俺、風呂入る!」

 篠原はそう言ってゴミ袋を玄関の外の邪魔にならない脇に置くと、慌てて風呂に向かう。後ろでやよいが何か言っていたが、篠原は早く体を洗う事で頭がいっぱいだった。



 風呂の中で、思い出すのはあのゴミのような無残な死体の山だ。篠原は、肌が赤くなるくらいに体を洗い、髪も何度も洗った。それから、栓を抜いた風呂場も珍しく洗った。


「おじちゃん」

 風呂から上がった篠原は、ご飯を食べる気にはならずに断った。その様子を心配したのか、姪の唯菜(ゆいな)が声をかけてきた。

「ん? どうした、唯菜」

「おじちゃんのスマホ、鳴ってたよ。さくらこちゃんからじゃないの?」

 唯菜の言葉に、篠原は風呂に入る前に居間のテーブルに置いたスマホ手にして、慌てて確認する――それは櫻子からではなく、最近交換した竜崎の電話番号だった。


「有難う、唯菜。でも、残念ながら櫻子お姉ちゃんじゃないよ」

「なーんだ」

 唯菜はがっかりした様に篠原の隣に座って、炭酸のオレンジジュースを口にした。

 篠原はどうしようかと考えたが、掛け直してみる。数コールで竜崎か出た。


『ごめん、竜崎です。家なのに、電話して悪かったね』

「いえ、速攻で風呂に入ってただけなんで――何かありました?」

 爆発事件があった時に交換をしてから、電話をするのは初めてだった。


「警視から見せて貰ったあの事件が、少し気になってね――おかしいんだ。数年から十数年にかけて、『同じような事件が繰り返されている』んだよ」

「え……?」

 声を(ひそ)めた竜崎は、意外な言葉を口にした。

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