第十三話【天使のような悪魔】
うっすらと目を開ける。どうやらどこかの部屋に座らされているようだ。手足を試しに動かそうとしたが、やはりというか、なんというか、動く気配はない。
部屋を見れる範囲で見てみる。目の前には鉄製の扉。その他にはコンクリートの壁しか見えない、あとは自分が座っている椅子があるくらいか。状況把握ができた段階で、扉が重い音を上げて開く。見たことある光景に苦笑いがこぼれた。
「御機嫌よう、メリ様」
入ってきたのはあの時のような男性ではなく、一人の女性だった。
天使のような可愛らしい笑みを浮かべ、綺麗な一礼を見せる。真っ白い髪は、きちんと肩下の胸辺りで切りそろえられ、ピンク色の瞳は人間離れした美しさをかもし出す。肌もパールのように白く、本当に人形か、絵画に描かれる天使のようだが、その頬には大きめの傷跡があった。それが、彼女が人であることと、誰であるかを裏付けた。
「カリナ・エルミニルさんですね」
「あら、わたくしのことを知っていらしたのね」
「マリア様から、少しだけお話を伺いました」
思っていたより普通そうだ。聞いた感じ、悪く言うことになるが、地雷女という印象を受けていたので、少し安心する。いや、今の状況で安心するのもおかしいが。
「思ったより元気そうですわ」
「あはは、ありがとうございます」
元気そうとはなんだ、元気そうとは。
今、彼女を刺激するのも危なさそうなので、こちらかは喋りかけるのがはばかれる。どうせ、出してと言ってもテンプレートな回答しか得られないし、ここは黙って従う方がいい。
「……何も聞きませんの?」
「今の状況は大体理解しましたので」
「あらそう、もっと泣き叫んでくだされば面白いのに」
この人、天使の微笑みでサラッと酷いこと言ったぞ。前言撤回、変な人だ。
カツカツと、ヒールを鳴らし、カリナは私の前に来ると、私の顔を指で撫でる。
「貴女、見目は良いから、いくらでもいたぶる方法がございますのよ」
「人質……なんじゃないですか」
カリナは頷くが、その笑顔は崩れない。そして、舐めるように私の全身を見ると、まだ痩せてはいますわねと、何かを確認しているようだ。
「奴隷商、いや、いっその事不特定多数の相手をして頂く方が、辱めになりますわね」
「人質を傷つけていいんです?」
私の言葉に、初めて彼女の表情が変わる。その瞳は敵意が見え、睨む顔は美しさから異様に冷たく見える。
「貴女、大人しく見えて随分と生意気ですわね、確かに人質ですわ、でも貴女がここにいたという事実だけで構いませんの、むしろ貴女が傷ついた方がいいんですのよ」
「それは、カルデラへの当てつけですか?」
更に言葉を重ねる。カリナはわかりやすく、顔を歪めた。プライドがお高いことで。
しばらく、カリナと睨み合うと、ピリッと足に痛みが走る。その痛みで顔が歪む。
「あら、やっと表情が変わりましたわね」
足を見ると、どうやらカリナがヒールで踏んでいるらしい。こういう時光魔法って人を傷つけられないから、不便だなぁとあらぬ事を考えてしまった。
「いい? 今貴女の命はわたくし達が握っていますのよ、貴女をいたぶるだけいたぶってから、街中にでも捨てますわ」
「やめといた方がいいと思いますけど」
「あら、ならその高い魔力で、ここから脱出できるというのですわね? できないから大人しくしているのでしょう?」
カリナの言う通りだ。私自身の力では脱出できない。ただし、それは私が正常だからの話で、魔力が暴走してしまえば、脱出どころではなくなるだろう。何がきっかけで暴走するかはわからないが、前はクレイとの接触がきっかけだったように思う。不特定多数と関わるなんて、暴走間違いなしだ。その場にいる人間の生存は保証できない。
「光魔法の檻を壊さなかったことといい、貴女もしかして魔法が扱えないんじゃありませんの? 惨めですわね、せっかく高い魔力があるのに、扱えないなんて」
恍惚とした表情で言うカリナを私は冷ややかな目で見る。
やっぱり私は夫であるミラフに、もの寂しさを感じる。この人は、自分自身に酔っているだけで、他の人など自分を輝かせるためのアクセサリーか、蹴落とす対象でしかないのではないだろうか。
「ミラフ様は王国騎士団長でしたね」
「えぇ、それがどうか致しましたの?」
「いえ、カルデラと同い年でしょうから、二十九という若さで騎士団長を任されるなんて、すごいなと思いまして」
私は試してみることにした。カリナというこの女性の人間性を。
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ、でもそれは当たり前のことですのよ」
「当たり前?」
「えぇ、ミラフの父親もまた王国騎士団長、父が前戦を退けば、ミラフが継ぐのは当たり前ですわ」
返す言葉が見つからないとはまさにこの事である。ミラフはなぜこの人を妻にしたのだろうと、心底理解できなかった。この人にとって、ミラフは王国騎士団長を継ぐ者でしかないのだ、そうでなければ結婚しなかっただろう。恐らくカルデラに対しても、クロム家長男としてしか見てなかったんだろうな、王に近づける、王族の仲間入りができる。その価値でしかない。
「ふふ、言葉が出ないようですわね」
「そうですね、呆れてものが言えないなんて初めてです、これも勉強ですねー」
いくら綺麗でも、いくら強い魔法が使えても、人間性がこれだと残念と言わざるおえない。
そして、プライドが高い彼女が、私の言葉に怒るのは必然だった。
「呆れですって?」
「はいそうですよ、ミラフ様が哀れです」
「その減らず口叩けなくしますわよ」
ドスの効いた声で言われたがちっとも怖くない。不思議と、恐怖なんて微塵も湧かなかった。こんなに、人に対して興味を無くすのも、哀れに感じるのも初めてである。
「ふん、流石はあのカルデラの婚約者ですわね」
「お褒めいただきありがとうございます」
「褒めてませんわよ」
私はにっこりと笑う。この状況で彼女を怒らせるのは得策ではなかった。私の行動は自殺行為だろう。それでも、この天使のような悪魔の化けの皮を剥ぎたくなった辺り、私の性格も随分と悪いらしい。
「私は、ミラフ様が可哀想ですよ、貴女のために、カルデラとずっと仲違いしているのに、貴女ときたら、彼を彼として見てないんですから」
「何ですって?」
「そうでしょう? 貴女が欲しいのは王国騎士団長の妻という肩書きではありませんか? カルデラに迫ったのだって、クロム家が王族で、王に仕えるの魔術師の家系だからですよね? 貴女はただ目立ちたいだけ、肩書きにしか目がいってないん……」
私の言葉が終わる前に、バチン! と良い音がする。それは、カリナが私の頬を平手打ちした音だった。おぉ、綺麗に鳴ったなーと他人事のように考えた。
「言わせておけば失礼にも程がありますわ!」
「暴力に頼る時は図星な時ですよ?」
私がなぜここまで、カリナに怒りを覚えたのか、正直分からない。ただ、一途に愛するミラフが、本当に可哀想だった。愛に対して愛を返して貰えない彼に同情していたのかもしれない。
愛するということは、見返りなどいらないのだろう。それでも、愛した者に愛されないのはやっぱり寂しい。カルデラの顔が浮かぶ。ティアラは、カルデラは私に対して甘いと言った。優しいとも。私が帰らずに心配しているだろうか、彼との間には恋愛感情は無い。でも確かな信頼はある。実験動物と飼い主ではあるが、それでも人と人の関わりなのだ、切っても切れない感情がある。
「貴女はもっと周りを見た方がいいですよ、愛してくれる人がいて、愛すべき者がいる、それがどれだけ恵まれたことか、大切にしてくれる人を大切にしようとは思わないんですか」
「貴女に何がわかるといいますの、わたくしは大切にしてますわよ」
「では、ミラフ様が騎士団長でなければ、結婚しましたか?」
私の質問に彼女は黙った。だろうな、頷けないだろうよ。わかってて言ったんだから。
「私はカルデラにとっちゃ、実験動物です、この高い魔力がなければ見向きもされなかったでしょう、それでも私個人を、ちゃんと私として扱ってくれます」
屋敷に来た当初は歩けないだろうと支えてくれた。リテア様のパーティの時だって、拒否権はないとは言われたが、それは私が死ぬ決断をしたことに対する、生きろという言葉だった。いきなりキスしてきた時は驚いたが、次の日には朝一番に私の部屋の前で待ってまで謝ってくれた。魔法が扱えなくとも、焦る必要はないと優しい言葉をくれた。決して無理はさせない。変人だけれど、私をメリという一人の人間として扱ってくれる。
「カリナ様、貴女はミラフ様を一人の人間として見ていますか?」
この言葉は私の悲願だった。
今まで魔力が高いだけが取り柄だった。両親は、魔力の高さしか見てなかった。それがどれだけ寂しかったか、苦しかったか。別に外に出れなくても良かった、ただ、私は人間で、魔法を使う道具ではないんだと、感情があるんだと、わかってほしかった。ただ、愛してほしかった。
「ふふ、おかしなことを仰るのね」
「何か間違いでも?」
「えぇ、間違いしかありませんわ、肩書きのない男などわたくしには、相応しくないのですわよ、貴女だって、カルデラがクロム家の者でなければ、婚姻など結ばなかった、そうじゃありまんこと? わざわざクレイ様の婚姻を破棄してまで、カルデラの婚約者となったのだから」
「はい?」
カリナは自慢気だ。その顔に私は目が丸くなる。
カルデラと婚姻を結ぶために、クレイと婚約破棄したって? なわけあるか。
「あの、何を勘違いされているか知りませんが、別にカルデラと婚約するためにクレイ様とは破棄したわけでは、ありませんが」
「あーら、白々しい、わたくし全て知っていますのよ、貴女がわざと地下に入って、その魔力の高さが目立つようにしたこと、カルデラが魔力の高い女を放置するわけありませんものね、どっちが哀れかしら」
この人何言ってるんだろ。地下に入ったの十年も前だが。その時カルデラ十九歳だぞ、ましてや、王族と権力の低い一介の貴族。仮に私がカルデラに気付かれようと、目立つことをしたとして、気付くわけあるか。どっちも魔術学園にはいただろうが、小等部と大等部では校舎の場所が違うし。
「あら、図星かしら?」
「いやあの、私が地下に入ったのは十年前です」
「……は?」
「なので、その理論ですと無理があります、流石のカルデラでも十年も覚えてないですって、というか知ってたら、十年待たずに来ますよあの男なら」
なんせ、知った途端来たのだから。その前に知っていたらその段階で接触してきただろう。クレイと婚約してようがお構いなしに。私がクレイを理由に断れば、じゃあ惚れさせますとか言い出すぞきっと。
「あ、貴女十年も地下にいましたの? 今何歳……」
「二十二です」
「その見た目で!」
ほぼ絶叫の叫びが出される。童顔ですみませんね。どうせ、二十代にすら見えませんよーだ。
カリナは余程衝撃だったのか、しばらく黙ると、私をじとっと見る。多分、年齢と見た目が合わなくて、言葉が出ないのだ。
「とりあえず、カルデラと婚約するために、破棄したわけではありません、そもそもこの婚姻はカルデラが、貴重な実験動物である私をクロム家から出さないための強硬手段です」
「十年……二十二歳……貴女化け物?」
「失礼な! 人間ですよ!」
私の話を聞いてない上に化け物とは。はぁーとため息が出る。何をどうしたら勘違いが生まれるのかもわからないが、とりあえず誤解は解けたようだ。
「わかって頂けたなら良かったです、というか、私を危険人物と知って拉致するって、勇気ありますね」
私はヤケになって話す。そんな私の態度に、カリナは調子を戻したようで、フンっと鼻を鳴らした。
この人切り替え早いなーと、関心すら覚える。
「わたくしが、危険人物如きに慄くとでも?」
「殺されるとか考えなかったんですか?」
「最初は考えましたわよ、ただ、わたくしの魔法を解除できない小娘などに負けませんわ」
小娘ですかー、まぁ、貴女の方が年上ですもんね。小娘ですわな。カリナは、自分自身だけではなく、魔法にも自信があるのだろう。相手がカルデラなら分が悪かっただろうが、私相手であれば簡単だと思われている。実際魔法使えないわけだし簡単か。
「ですから、大人しくしてくださいませ、じゃないと最初に貴女をいたぶるのは、わたくしですわよ」
「むしろ、今のやり取りで怒りださなかったの、心が広いですね」
にっこりと微笑まれる。うーん、怒ってないわけではないな。
「そんなにいたぶってほしいなら、いたぶって差し上げますわよ?」
「光魔法でどうやるんです?」
煽ってみよう、何故かそう感じた。そしてこの選択は間違っているようで、正解だった。
「あらあら、光魔法を舐められては困りますわね、むしろ、いたぶるのには最適ですのよ」
白い光の粉が辺りに散る。私はそれを眺める。粉は形を作り、それは術となり剣となる。
「わたくしの怖さ思い知りなさい!」
剣がこちらへと向かってくる。それはスローモーションに見えた。私に張られている結界は、内側からの魔力を弾くに過ぎず、外側からの攻撃は弾かない。
痛みが来るかなと身構えると、私の周りに今度は黒い粉が舞、光の剣を飲み込んだ。そして、すぐさま塵となる。
「ふぇ?」
何が起きた? 前しか見れない私は、カリナが青ざめた表情をしている事しかわからない。今のは明らかに魔法だ、私がやったものでははい。
「そこまでだ、カリナ・エルミニル、俺の婚約者を傷つけるようなら、お前であっても容赦はしない」
それは、聞き覚えのある声。
「カルデラ……?」
なぜ彼がここに? その疑問に答える代わりに、カルデラは私の前に立ち、カリナを見据えた。




