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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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蒼の夢5

 薬園の外れ、商人の集まるゼプキル市街。薬物の密売、浮浪者、奴隷市、売春。なにもかもがまかり通る不浄の土地に、一見すれば場違いな店が佇んでいた。果たして営業しているのか否か、当の昔に廃業して、外面だけ残っただけにも見える小さな店構え。

 扉を無言で開け、悠然と入っていく父の背を、黙って追いかけた。

 入った瞬間、異様な内壁に言葉を失った。そこら中に植物の蔦が這い回り、絡みついた緑がテーブルやら照明の縁にまで達していた。マクトベラシュカで生まれたオレから見ても、なんだか分からない植物の密集地。

「……嫌がらせのつもりか?」

 低くベルベットのような声色に、オレは肩を大いにびくつかせた。視線を向けると、窓際の座椅子に揺られた男が、苛立たしげに虚空を見つめていた。殺気だった魔力に満ちたその風貌。ここまでそれに気づけなかったのには訳がある。静寂に包まれたエルフの姿を視認した後も、オレにはその姿が植物の一部のように見えていた。

「まさか私の元に、それを持ってくる輩がいるとは」

「ゼル、そう言うな。お前の憤りを理解したうえで、それでもお前に頼みたい」

「ぶっ殺されたいのか、貴様は」

 舌打ちをしながら、ゼルと呼ばれたエルフは長い脚を組み直した。彼の足元から草花が生い茂り、蔓を巻き、刺々しい薔薇の花を咲かせる。直感的に、美しいとは思えない花だった。淀んだ赤、躁鬱とした香り。

「頼みたいというより、お前くらいしか頼める奴がいない。”これ”の存在も、公にはしたくない。その点については、お前も同じだろう?」

「糞食らえってもんだ。誰にも知られたくないなら、海にでも棄てておけ。間違えて芽が出たりしないようにな」

 吐き捨てるように言い放ったゼルに、父は真っ直ぐな眼差しを向けた。

「それはできない。家族からの贈り物だ」

「また家族(それ)か。お前には家族が多すぎる。雇い入れた労働者が全員同胞だと? 馬鹿馬鹿しい。どこからどう見ても赤の他人だ」

「いや、違う。私の娘になるはずだった少女だ」

 刹那、空白の時間があった。一瞬の間。いや、そんな虚ろがあったのは、オレの中だけだったろうか。真っ白になった頭の中に、彼女の姿だけが薄ぼんやりとした光の中に滲み出る。こちらに向かって笑いかけるアーシャの表情が浮かび上がる。

「娘……?」

「あぁ。だから、ゼル。お前には悪いが譲れない。愚かな息子のためにも、譲れない」

「……」

 エルフは座椅子に深くもたれかかる。気だるげな長い黒髪の合間から、切れ長な瞳が窓の外を見つめていた。

「……そうか。エイゾラの周期か」

「そうだ。いつ来てもおかしくはなかった。私が死んでいても、おかしくはなかった」

 父の分厚い手の中から、アーシャの宝石が顔を覗かせる。顔を顰めるゼルを横目に、父はそのまま言葉をつづけた。

「だから、生きている限り、私には責任がある」

「……何の責任だ」

 どこか諦念の滲んだような声色で、ゼルは問いかける。

 震えそうな声で、しかしはっきりと、父は応えた。

「私が殺した娘の遺志を、継ぐ責任だ」

「本当に、馬鹿だな。お前は」

「そうかもしれない。馬鹿な私には、お前の助力が必要だ。だから、頼んだ」

 父は、言い残すと部屋から去って行った。

 勝手に入って、勝手に依頼して、勝手に出て行くとは。なんとも信じられない立ち居振る舞いではあるものの、ゼルも言葉を発することはなかった。

 状況が飲み込めないまま、オレも軽く会釈した。

「待て」

「え……?」

 ゆらりと立ち上がると、見計らったように、扉の外から少女が顔を覗かせる。クリーム色の長い髪を揺らす、まだあどけない少女の姿に、かつての彼女の容貌が重なる。

「お前は残れ。少し……聞くことがある」


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