蒼の夢4
永い、永い夜だった。
気を失ったように昏睡しては、稲妻に打たれたように醒める。記憶が混濁し、時間の秩序を失った意識に沈み込む。フラッシュバックが頻発し、融け合わないコーヒーとミルクをいつまでもかき混ぜ続けるみたいに、終わらない悪夢に踊らされる。
苛立たしいほどに美しい朝焼けがカーテンの隙間から顔を覗かせた。彼女を失ったことに、きっとこの星は気づいてもいない。
「酷い顔だな」
這うように起き上がり、ダイニングに移ると、父が新聞を眺めたままそう言った。
「父さん……」
「何だ」
相変わらずこちらに視線も向けない父に、憤りを隠せなかった。
「どうしてそんなに冷静でいられるんですか。昨日、あれほどの労働者を失って……」
眉ひとつ動かさず、父は沈黙を保った。物言わぬ父の表情に、オレは語られぬ真実を目の当たりにした気がする。口をついたように、その言葉が出た。
「知っていたのか?」
「……」
なおも沈黙を続ける父の横に立ち、オレは語気を荒げた。
「否定しないんだな、父さん!」
「あぁ」
「エイゾラが来ることを、分かっていたのか。分かっていながら黙っていた」
「そうだ」
「このっ……」
卓上に置かれていたナイフを手に取った。
激情が胸の内を支配し、刃の先が父の喉元に向けられる。
「答えろ。いつから知っていた!」
「いつ、とは?」
「エイゾラが『ヒメユリ』に現れると知っていて出向くはずがない。父さんがそれを知ったのは着いてからだ。いつ知った。なぜ言わなかった!」
父はようやく新聞から目を外し、震えるオレの指先を見つめた。
その目には、普段オレに見せるような非道さも、父としての矜持も無かった。
「似ていない親子だと思っていた。だが、私たちは同じだな」
「どこが同じだ! お前のせいでアーシャは死んだ!」
「殺さねばならんと、死なせるしかないと、そう思ったくせに、そうやって躊躇うところだ」
父はそう言うと、自身の掌に視線を落とした。オレとはまるで違う、大きくて分厚い手。四十年の間、父の人生と共にあった掌の厚みだ。少し皺の寄ったその指先が、小刻みに震えていた。
「まぁ違うところと言えば、怖れに震えるお前と、怒りに震える私だ」
「怒りだと?」
「今のお前には分かるまい。あれが現れることも、あれに鏖殺されることも、あれに全て奪われることも、分かったうえで止められぬ怒りが。分かったうえで、この結末を自ら選んだこの身への怒りを」
「……何を言ってる」
父はその瞳をオレに向けると、小さく嘆息してから立ち上がった。オレは右手に握ったナイフを離せないまま、その背中を凝視し続けた。父は棚の上に載せられたままの青い石を手に取り、卓上に転がした。ごつ、と重い音を響かせたその石の深淵に、彼女の面影が映りこむ。
「今日は、街へ降りる。どうせ明日まで、薬園の機能は麻痺したままだ。お前も来い。殺したくなったら、後ろから刺せばいい。今となっては私とお前だけだ。私を殺す権利があるのは」
それだけ言い残してダイニングを去っていく父の背を茫然と眺める。オレの手から、小さなナイフが音を立てて床に転がった。




