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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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辺境の大薬園3

 乾いた日差しの中、土を踏みしめて街道を五分ばかり進んだ先に、小ぎれいな看板が見えてくる。ツタが這うような装飾に囲まれたそれには、帝国の言語でロータスと刻まれていた。

 ゼプキルに着いてからというもの、この言語の壁には何度もやられたものだが、このマクトベラシュカでは大抵の表示に帝国語が振られている。観光客が多いようには見えないが。

 僕らが着いたころには、すでにウィーロの言う会議は終わっていたらしく、店の中や入口に、男女問わず多くの現地住民がたむろしていた。大概はヒト種のようで、帝国のような人種の多様性は見られない。皆一様に肌は浅黒いが、それが地の色なのか、ゼプキル市の灼ける太陽に焦がされた色なのか、そこまでは判別できなかった。

師匠(せんせい)!」

 と、僕が俯瞰している間にも、駆け出したレナが目当ての人物を嗅ぎつけていた。縁の広い帽子を目深にかぶった、病的に白い男。植聖のゼル。

「……」

 何か言葉に出そうとして、やめたらしい。

「めんどくさそうな顔しないでください。ここまで歩いてくる方が、よっぽど面倒なんですからね!」

「……はァ」

「なんでため息つくんですか!?」

 ゼルは弟子の声に耳をふさぎながら、遠巻きに眺める僕らの方を一瞥した。気づいたストースが歩み出し、僕とシヴも後を追う。

 また下手に喧嘩しなければいいが。そう思った矢先、店の中から背の高い男が現れて、僕らとゼルの間に割って入る格好になった。

「いやしかし厄介なことになった。貴方には迷惑をかけてすまないな、本来なら経営側が責任をもって対処すべき案件だったのだが」

 ループタイを緩めた壮年の男は、言いながら腰に手を当てた。よく見れば180センチほどのストースと大差ない身の丈だが、肩幅が広いせいか、より大柄に見える。袖が捲られたシャツからは、引き締まった腕に尺骨のラインが真っ直ぐに浮かんでいる。

「構いやしない」

 ゼルは一言だけそう告げ、僕らの方から目線を外さない。

「丁度いい来客だよ」

「ん? 見ない方々だね。君の客人かい? ……と、レナにハナ、それにウィーロも」

 雑踏を抜けて、僕らは二人と向かい合った。

 こうしてみると、やっぱり大きい。実はゼルも背が高いのだが、隣に並んだ偉丈夫の陰に隠れて、病人らしさが増したように見える。

「皆さん、こちらがわたしの父のゲリーです。父さん、レナ姉とハナ姉のご友人だよ」

「そうか。それは仲良くさせてもらおう。その二人の友人とあれば、ゼル殿のご友人にも相違ない」

「違う」「違います」

 エルフ二人が口をそろえて否定する。

 ご友人らしく仲がいい。

「お前ら、ここに来たのはエイゾラが目的か。王がこんな辺境の魔獣退治に関心を持つとは。自治都市民の点数稼ぎでもするつもりか」

「師匠! もう……」

「あれ? 商談……」

 レナが制し、ウィーロが困惑している。

 ゼルの言い方に棘はあるが、そう思われても仕方ない状況だった。

 ストースは特に否定する素振りを見せず、事の成り行きを静観する構えだ。

 そこに、ゲリーが大きく笑って入る。

「そうなのか? それならそれで、別にいいじゃあないか。稼ぐだけ点数を稼いでもらった方が、お互にいい関係性が築ける。彼らが労働力を売り、私たちがこの薬園で経済を回す。魔獣討伐ともなれば、より一層深まるというものさ。……それで王ってのは、どこの島の王だい?」

「魔王だ」

「は?」

 空気が凍ったように、雑踏の時が止まる。

 集っていた男たちの猥談も、冗談に笑い合う女たちの絹裂く声も、ゼルの一声でしんと静まり返った。誰かが地を踏み直す、ざりっという音が聞こえる。

 深呼吸して前に出る。

「僕たちは、魔王の命令でゼプキルを訪問しています」

 周囲から生唾を飲み込むような音が聞こえる。

 そうしたいのはこっちの方だ。

「なんのために?」

 ゲリーの低い声色が、静かに僕に問いかける。縫い針を真綿で包んだような声だった。

「ここ半年以上、エイゾラは姿を見せなかった。だが今日になって突如現れて、働き盛りの男を三人殺して消えた。君たちがこのマクトベラシュカに辿り着いたのも今日だ。偶然かね?」

 微笑を絶やさず、彼は諭すように僕に語る。まさか、帝国と自治領の間にこれほどの憎悪が。

 僕の返答は早かった。

「偶然ではないでしょう」

「ほう?」

「僕が魔王から与えられた仕事は魔獣討伐ではありませんし、そのエイゾラという魔獣については見たことも聞いたこともありません」

 僕の言葉に、ゲリーが顎を掻く。

「君たちの『仕事』とエイゾラには関係があるかもしれない、だが君たちが原因でエイゾラが現れたわけではないと? それを信じろと言うのかね?」

「信じてもらうしかない」

「……」

 僕は荷物の中から、一本の花を取り出した。

 いや、花と呼ぶには相応しくない、一人の少女が掌に象った造花。

 はらわたを引き裂いた肋骨のような真っ赤な花弁に、ゲリーが低く唸る。

「僕はあなたとちゃんと話をしたい。魔王の意志と、あなたたちを襲うエイゾラ。この二つに繋がりがあるのなら。僕とあなたは協力できる」

 風に花弁がゆらりと動く。

 ゼルが流し目に僕を見る。

 ゲリーはしばらく真紅の花を見つめると、口元を歪めた。

「よかろう、君たちと私たち、帝国と自治領、果たして同じ道を辿れるならば……お互い、いい関係性を築こうじゃないか」

 ロータスの中に戻る大きな背中を、僕たちは追いかけた。

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