辺境の大薬園4
酒場の二階、奥まった一室にあったのは、長テーブルとたくさんの椅子。床に残った椅子の跡を見るに、普段から客間ないし議場として用いられているのがうかがえる。
長テーブルを挟んで一方に僕とストース、シヴ。片一方にはゼル、ゲリー、ウィーロが座った。レナとハナは、ゼルの後ろに控える形だ。
「何から話しましょうか」
ストースが軽く足を組んで言う。いろいろと整理したいことが山積みだ。
「僕たちが聞きたいことは大きく三つです。一つはインケラーシャ。もう一つはマクトベラシュカの薬効植物の生産状況について。そして最後に、エイゾラという生物について」
僕の言葉にゲリーは少し押し黙ってから口を開いた。
「私が聞きたいのは、魔王の目的。君たちの行動指針。つまるところ、その利益だ」
「……利益?」
「そうさ。マクトベラシュカが一番に重んずる理念だ。そして正直に言えば、君たちの求める情報利益と、私の求める情報利益では釣り合いが取れない。もう少し、チップを増やしてほしいものだ」
ゲリーを視る。魔力に揺らぎも乱れもない。精神が平常で落ち着いている証拠だ。
こちらの譲歩を狙って吹っ掛けているわけではない。彼は本心から言っている。
彼にとっての利益になるかどうか、それが彼のこの上ない行動指針なのだろう。
しかして隣に座ったゼルが頬杖をついて窓の外を眺めている。心底どうでもいいらしい。
「あなたたちが求めるチップが分かりかねますが」
ストースが卓上のビスケットを皿やフォークごとシヴに放った。
「ちょっと……!」
僕が制する間もなくそれは宙を舞うと、器用にシヴがビスケットだけ小さな口で受け止める。彼女が銀のフォークやらナイフやらを煩そうに払いのけると、触れられたそれらが霧のように溶けて消える。
もぐもぐ咀嚼すると、シヴは何事もなかったようにソファの上で丸くなった。
目を剥くゲリーの表情を横目に、ストースが続けた。
「情報というのは苦手分野でして。ですが、魔王の首以外なら大抵のものは用意できるでしょう。何か望みは?」
その言葉に、ゲリーは低く唸ってテーブルに突起物を突き立てた。
ごりっという鈍い音を立てて突き刺さったそれは、部屋の壁に掛けられていたオブジェ。漆黒に染まったヤギの角のように見えたが、そのサイズは二回りほども大きく、益荒男を絵にかいたようなゲリーの二の腕にも勝る。
「こいつの首を刈り取ってもらおう」
「……エイゾラ?」
思わず僕の口からそいつの名前が出た。
確証はないが、満ち溢れる魔力は酷く特徴的だった。まるでマクトベラシュカに満ちる大気を充溢させたような獣角。むせ返るような原始的な魔力臭とでも言うべきか。
「それは推測か? それとも、見てわかるのか?」
「そうですね、視れば、なんとなくは分かります」
眠りかかっていたシヴが、目を輝かせて覗き込んだ。
「これ、シヴ、おなじ、ゆぬ」
「どういうこと?」
「べらしゅか、チカラくれる。エイゾラ、もっとつよくなる」
「ええと……」
僕が首をかしげていると、ストースが咳払いをして会話の路線を戻した。
「前料金をもらいましょう。エイゾラについての情報はもちろん、インケラーシャ『ホロウメラデュラ』または帝国の禁止薬物『ホワイトフェザー』について、片一方の情報を要求します」
「……強欲だねぇ」
「いいえ。確かに貴方の言う情報価値では我々が劣っているかもしれません。しかし私たちは自らの身を賭して、魔獣の討伐をせねばなりません。その点、貴方たちはリスクを負わない」
「私は行くが?」
そう答えたのはゲリーではなかった。その偉丈夫の横で頬杖を突いたままの、病的に色白のエルフだ。僕が意外そうな眼差しを向ける間もなく、ゼルが続ける。
「学術的にあの生き物は調査対象だ。アノマリスの生態にも関わる。捕獲すべきだ」
「植物学者風情が、悠長なことを言いますね。死人が出ているのですよ」
「だからどうした。アレは植生学の発展に多大に寄与する価値のある生物だ。貴様の如き半端モノのエルフの命など、千の奴隷とまとめて秤にかけたところで、宙まで射出されよう」
立て板に水を流したような口ぶりで、淡々とゼルは吐き出した。
僕が事態をどう収拾しようかと頭を悩ませていると、そこに助け舟を出してくれたのは意外な人物だった。
「それなら、師匠に聞きながら向かえば解決ですね!」
「ちょ……レナちゃん……!」
「ホワイトフェザーはゲリーさんに聞いた方がいいと思いますが、ホロウメラデュラやエイゾラは、師匠の方が詳しいですから!」
ゼルが呆れたように大きなため息を吐くが、この流れを逃す僕じゃない。
「じゃあゲリーさん。ホワイトフェザーについてだけ、先に聞いても?」
僕の目配せに、ゲリーも応じる。思った通りだ。
彼の行動原理は利益。彼にとって一番重要なのは彼の命、次に重要なのは財産……ではない。時間だ。その積み重ねが、すなわち彼の生命そのものなのだから。
これ以上二人のエルフのいがみ合いに付き合ってはいられない。そう言わんばかりに、彼は半ば強引に話を始めた。
「ホワイトフェザーを生産した歴史が、このマクトベラシュカには確かに存在した」
その言葉に、僕は眉を顰める。
「今は存在しないという意味ですか?」
そんなはずはない。そんなはずがないことは、レナのホワイトフェザーについての知識から考えても分かる。どこかで生育していて、見たことがある、そういう口ぶりだった。
だが、僕の予想を裏切って、ゲリーはにっこりと相好を崩してこう続けた。
「誓って言うよ。今、このマクトベラシュカでホワイトフェザーの栽培は行われていない。こんな土地柄だから、自然に生育している可能性は十分あるがね」
驚いた。嘘ではない。彼の魔力は歪まない。
それも、意図的に栽培しているものを「天然」と言い張るようなつもりもないと見える。少なくとも彼は、マクトベラシュカでホワイトフェザーが栽培されていないと信じている。薬園でもっともその利益を享受する者であるはずの彼が。
参ったものだ。僕の中で、事実として生育しているであろうホワイトフェザーと、彼の今の態度がぶつかり合っている。
「疑わしく思うなら、労働者たちに聞いてみるといい。彼らには隠す理由なんて無いからね。ホワイトフェザーなんて知らないと言うだろう、間違いなく」
「分かりました」
もしそれが本当なら、あの魔王から受けた任務の半分ほどが空振りに終わることになる。麻薬なんて作られていなかった、うん、いいことなんだけど。
両手の指を組んで、僕は改めてエイゾラの漆黒の獣角を見つめた。




