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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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27/73

あばらの花2

「未知の、インケラーシャ……?」

 咀嚼できない言葉が頭の中で反響する。

 見つめる先の真紅の花は、歯を剝き出すように、口を開けて僕を待っている。

「どういうことですか」

 思わずミィナに問いかける。

 僕の脳裏にはブラックスワンの姿が浮かんでいた。加えてヘルメスの言を思い返す。

「インケラーシャは『一定の条件のもと』『とある結果をもたらすもの』だと聞いています。未知というのは、その条件が分からない、という意味でしょうか」

「いいえ。もたらす結果そのものが不明であるため、現状は未知のインケラーシャとして分類を保留しているところです」

「そんなこと……」

 言い淀む。

 それはおかしい。インケラーシャに共通するもの、いわば『それ』をインケラーシャたらしめるものは、もたらされる『超常性』だけのはずだ。それが観測されて初めて、インケラーシャは僕たちに認識され得る。

「何も起きていないなら、なぜそれがインケラーシャだと?」

 僕の問いかけに、ミィナは静かにソフィに目配せをした。

 その視線に彼女は頷いて、僕に向き直る。

「トキ、帝国にはインケラーシャをある程度判別できるシステムがある。だけど、それは帝国における機密の一つなんだ。たとえ魔王に直接事情を聞けたとしても、きみに話すつもりはないと思うよ。今のところはね」

 彼女は薄く優しい笑みを浮かべる。

「それに、きみには分かるだろう? これがインケラーシャだって」

「あぁ」

 ブラックスワンの真正顕現の際、嫌というほど見せられた楔模様の紋線。パターンは異なるようだが、それとよく似た魔力が真紅の花弁に染みついている。

「……僕は、何をすればいい?」

「ラカンの時と同じだよ。目ぼしいアタリは付けてあるからね。ちょいちょいっと行って調べてきてほしい」

「簡単に言うなぁ。僕、他の人よりちょっと魔力が視えるだけだよ」

「十分だよ。魔力ほど本質を見抜くものは存在しないから」

 僕が言うと、ミィナがホワイトフェザーを手に取ってやってくる。

 その顔はどこかうつむきがちで、先程までの元気はすっかり消沈している。

「トキさん。インケラーシャを調べる傍らで構いません。どうか。ウカノキの栽培実態を調査していただけないでしょうか」

「栽培、実態……?」

 僕は魔王に視線を送る。

 彼女は嘆息しながら片目を瞑る。出来るならやれってことだろう。しかし。

「そんなことできるかな」

「できなくはない。目的地は一緒だからね」

「それが目ぼしいアタリか。どこ?」

 聞くと、ソフィより先に、ミィナは壁に掛けられたタペストリーを指さして見せる。その指し示された先には、すり切れた布の上に、おとぎ話のような巨木が描かれていた。大地を包み込み、黒々と影を落とす枝葉の傘。崖のように出張った瘤が、その大樹の歪な幹を形作っている。

「宝樹アノマリス」

 息を吞む。

 枝の一本、皮の一枚でも無断で採取すれば処断されるという帝国の『生命線』の一つ。詳細に知るところではないが、その異名は音に聞く。生命の樹、神の果実、世界の根、星の雨傘、その他いろいろ。

 正真正銘、帝国に実在するおとぎ話の一つだ。

 その樹が位置する場所は。

「宝樹アノマリスは帝国領にはない。あれが存在するのは、この世界の南の果てだ。これまでの歴代魔王が平定してきた帝国自治領。現住民族も多いし、治安も良くない。きみにはこれから第二区を南下、陽道をさらに下って、そこまで行ってもらう」

 いつになく険しい顔で、ソフィが僕にその街の名を告げる。

「帝国自治都市、ゼプキル。そこが今回の目的地だよ」

 その名を聞いた瞬間、どこか懐かしさを感じた。無論行ったことはないし、聞いたのもこれが初めてだ。なにせ僕は宝樹アノマリスという神木をそもそも分かっていないのだから。だというのに、胸の内が沸々と温かくなる。帝国民の遺伝子には、まじないでも掛けられているのだろうか。

「ちょっと待って。やっぱり無理があるよ。ラカンの時だって、ヘルメスさんと魔王がいたから解決したんじゃないか。たとえインケラーシャの正体が分かったって、僕にどうにかできるわけ」

 そこまで言いかかったところを、ソフィが制する。

 彼女は指を二本立てて言った。

「きみに見てほしいものが二つある。そう言ったよね?」

「……言ってた」

「だからね。二つ目をこれから見に行こう」

「何の話……」

 言うが早いか、ソフィは指先でくるくると円を描きながら歩きだす。もう片方の手でミィナに手を振って別れを告げつつ、回した指先からホワイトフェザーとホロウメラデュラの精巧なコピーを生成してみせる。

 彼女が放り投げた二つの花を受け取ると、手触りから香りまでそっくりときた。だがそれでいて耐久性はまるで造花のようで、花弁がちぎれるようなことはなさそうだ。

 花の先端で僕の頭を叩いて見せる。この魔王は本当にやりたい放題だ。

「きみは例外で魔王付きだけどね、特危管に席を持っている連中は、普段はみんな別の局に配属されているんだ。有事じゃなければ、あんまり仕事ないからね。例えばヘルメスは防衛局だよ」

「そうなんだ」

 全身ボロボロのヘルメスは、王立病院で絶対安静状態だと聞く。あの元気っ子がくたばるとは到底思えないが、少しは心配してしまう。

「ここの実験施設が『(スピア)』って名前なのは聞いただろう? ぼくはこれにあやかってね、ぼくの実験動物……もとい手足であるきみたちを『黒槍』と呼ぶことにした」

「……由来さえまともなら強そうだよ」

 クスクス笑いながら、ソフィは髪を翻して歩いていく。

「さぁ行こう。きみに同行する仲間たちに会いにね」

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