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(19)   最終話

『言ってやれ』


最後に、仁の残した言葉。


『お前が動かないと、ずっとそのままだぞ』


うん。わかってる。

解ってるんだけど―――――





――――― どうしろっていうのよ~~~!!!


思いっきり、蓮は心の中で絶叫する。

あの怒涛の日々がまるで嘘の様に、今、蓮にも翔にもこれまでと変わらない日常が帰ってきている。


変わったことと言えば、時々、夕飯を田端が食べて行くようになった事ぐらい。


「何時の間にあんたたち仲良くなったのよ」


そう、問い詰めても、


「一宿一飯の恩義だ」


としか翔は答えない。


たまに、遊びに来た日名子や由樹とかち合って、由樹に思う存分いじめられてほうほうの体で逃げだす事もあったが、蓮から見てもこの頃の彼は、軽いお調子者の部分は残ったままながら、気持ちの落ち着きが感じられる様に思える。何が有ったのか、蓮が聞く事はないけれど。


時間が過ぎる。

良くも悪くも、間違いなく時は流れて行く。





四月――――

翔は大学最後の年を迎え、蓮は二十九になった。




仁が去って、既に二か月以上になるのに、蓮は仁の残した言葉を実行できていない。


「だって…」


―――― だって、あたしにどうしろって?!


翔は、約束を守ったまま、あの日に見せた激情などまるでなかったかのように蓮のそばにいる。

怒って、叱って、ご飯を作って、迎えに来て。

酔い潰れて帰る事なんて、もうこの頃では無かったけれど、遅くなると必ず駅まで車で迎えに来るようになった。

それだけが翔の変わったところ。

余りにも元のままで、まるで本当に何も無かったかのようで。


この空間がもの凄く心地よくて、動けない。

壊してしまいそうで口に出せない。


『馬鹿か、お前…』


唯一、翔と蓮以外に事の顛末を知っている由樹に、蓮が言われた言葉。にっこり笑って凄まれて、蓮は洗いざらい事情を全部吐かされた―――― もちろん、翔の家出にまつわる顛末だけは、しっかりと口を割らなかったが。


『だって、どう言ったらいいかわかんないんだもん!』

『二十九にもなって「何がわかんないんだもん!」だ。カワイ子ぶってる場合か、ボケ!』


翔が気の毒だ。


『思いっきり生殺しじゃねーか!』

『だって、翔だって、もう何にも言わないし、…もしかしたら、もう、他に好きな子とか出来たかもしれないし…』

『だから、ボケって言ってんだ』


ゲイン!と思いっきり頭のてっぺんに拳骨を落とされた。


『あの翔が、一度お前とした約束を破れるとでも思うのか!』


―――― そんなこと、言われなくったってわかってるけど…!


『…言ってやれよ』

『…』

『早く言って、楽にしてやれ』


皆、翔には甘過ぎる…


『…翔、変わんない?』


今のままの、翔でいてくれる?


変わってしまったらと思うと怖い。

今の日常を失いたくない。


『さあな』


由樹の返答は、思いっきり冷たかったけれど。


『でも、変わってしまったとしても、それならそれで良いと思うぞ、俺は』


…何の、アドバイスにもなりゃしないじゃない。





変わってしまう事、それだけが怖いんじゃない。

姉みたいな、弟みたいな、そんな柔らかなベールをとってしまったら、翔も蓮も残るのは剥き出しの男と女と言うだけで。


―――― あたしから、今、好きって言っちゃたら…


それだけで、終われると思えない。

翔だけじゃない。きっとあたしもそれだけで、もう満足なんて出来やしない。


そうなったら…?――――― そう、なってしまったら。



―――― どうすりゃいいのよ~~~!!


初めてでもないのに、なんかもの凄く緊張して、蓮にはどうしていいかわからなくなっている。




「蓮」

「はいい!!」

「……なんだ、今の…」


いきなり後ろから掛けられた声に返事が思いっきりひっくり返る。わざとらしく耳を押さえる翔の仕草が余裕っぽくて蓮は少しだけムッとする。


―――― なに、焦って振り回されてんの!


あたしの方が上!八つも年上なんだからね!! 年下に、リードされててどうするの!

いや、その、だからと言って、あたしからどうのこうのって、この場合…

うわ~~~!!もう! 何考えてんのよ!! 

そんな事は後! 後から考える事!

そうよ!ぐちぐち言っててもしょうがない。

女は度胸!


「翔!」

「ん?」

「翔!!」

「だからなんだって」

「ちょっと、ここ座って!」

「ああ?」

「いいから、此処座って!!」


首をひねりながら目の前に腰を下ろす翔を見る。


「しょ、翔、かたづけは?!」

「済んだ」

「お、おふろ…」

「さっき、入るって言ったろ?」


聞いてなかったのかよ。―――― はい、聞いてませんでした。


ご飯は済んだ。

あとかたづけも済んだ。

お風呂は、あたしも翔も入っちゃった。


準備万端、さあ、言え!


「翔!」

「…だから、なんだって」

「あ、あの…あのね…」


一言、一言言うだけで良いんだ蓮! がんばれあたし!! せーの!!


「好き!!」




「―――― 何が…?」


…いや、そう返しますか? 翔さん…


「だ、だから! あ、あの、その、あたしは翔が…「好きだ」


――――え…?


「蓮、好きだ」

「しょう…?」

「もう良いってことだよな? もう、俺が動いていいって事だよな?」


コクリ…

頷いた蓮を確かめて、翔の顔がほころぶ。

めったに見られない翔の満面の笑みに見とれていた蓮は、気が付いたら翔のその腕の中にしっかり拘束されていた。


「しょ、翔…」

「好きだ」


蓮。


「好きだ」


ずっと。


「ずっとずっと、初めて会った時から好きだった」


「翔…」


蓮を両腕で抱きしめて、翔が言葉を紡いでいく。

蓮を包む腕が微かに震えて、それだけで蓮は泣きたくなってくる。


言いたかった。

言えなかった。

長い間、心に封印していた言葉。

きっと、お互いに一番言いたくて言えなかった、たった一つの気持ち。


「…先に、言っちゃうのね…」


いっつも先に。


「惚れたのは、俺の方が先だから…」


ずっとずっと、それこそガキの頃から言いたかった。


「蓮、好きだ」


やっと、言える。


「好きだ」



――――― こんなにも、真っ直ぐに言われたら、変に尻込みしてたあたしが馬鹿みたいじゃない。


「翔…」

「…」

「しょう…」


言葉を告げて、それで君が居てくれるなら、

これからもずっと、君がそばにいてくれるのなら。


「すき…」


翔が好き。


「あたしもきっと…」


あたしもきっと… ――――――― きっと、初めて会った時から、好きだった。


「…長かったな…」

「うん…」


長かった、ね…


もう、何年経ってしまったんだろう。





間違いだと思った恋。

最初から、間違いだって思いこんで。

押さえこんで押し込めて、随分思いっきり、遠周りもしちゃったけど。


「蓮…」


不意に近くなる声に、迷わずに瞼を閉じる。


そっと触れる唇。

あの日、ただ、熱さだけを蓮に伝えた唇は、いま、気持ちを想いを、翔の全てを蓮に伝えてくる。


―――― 好きだよ、翔…


塞がれた唇に言葉を載せて、蓮も翔を抱きしめる。




翔、あたしの大事な翔。


もうきっと、迷わない。

あたしは君と一緒に生きて行く。




好きだよ、翔。


想いの全てを込めて。


翔。

あたしの、あたしだけの翔。







―――――― ずっと、君だけを、愛してた。





                             Fin









本篇、無事、最終話を迎えました。

けれど、もう一話、エピローグを入れたいので、完結設定にはいたしません。

15日に更新を予定しております。出来れば、何かおまけをつけたいな~と思っています。

初めて、評価を頂きました。

凄く嬉しいです。

完結設定の後、改めてご挨拶をさせて頂きます。

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