招待客
城内は思ったよりも明るかった。
木製の土台に宝飾が散りばめられた珍しいシャンデリアの明かりと、大理石でできた暖炉の中で燃え盛る炎が、ノア達とそこに居る人間を照らし出していた。
「…二人。これで十人目か」
「じゃあ彼らで最後ですね」
暖炉の側にいた壮年の男とその隣に立っている若い男が言った。
「最後?」
アーサーが首を傾げた。
「十人目…?俺たちが最後ってどういう意味だ」
艶々とした白い石で出来た床を踏みしめながら、ノアとアーサーは二人組の男達に近づいていった。
壮年の男は立派な体格で、肌も日焼けしており随分と頑健そうに見えた。服装はツイードのジャケットにそれに合わせたネクタイ。山高帽を被っており、靴は歩きやすい登山用の編み上げのブーツだった。
体格や肌の色から肉体労働者にも見えるが、粗野な印象は見受けられない。どこか社会的に地位がありそうな雰囲気だった。
傍に居る若い男の方は肌が白く痩せていて、濃紺のシンプルなスーツに眼鏡をかけていた。靴は同じ登山用の革のブーツだ。こちらもどことなく所作に上品さを感じられる男だった。
「この城には現状、十人の人間が招待されている。何でも全員集まらないと、記念祭が始まらないらしい」
壮年の男が答えた。
「なんだって!たった十人…?こんなでかい城なのに十人しか招待されてないのかよ」
ノアが驚きの声を上げた。
「貴方たちはどうしてそれを知っているんですか?」
「手紙が置いてあったんだよ。あそこに」
アーサーの問いに壮年の男はホールの中央にある大階段の前の小さなテーブルを指した。テーブルの上にはひらべったい台のようなものが置いてある。
「私達がここへ来た時も誰の出迎えもなかった。どうしたものかと思っていたら、そのテーブルの台の上に手紙が置いてあるのをみつけたんだ」
壮年の男は封筒を見せた。招待状と同じ紋章のマークがついている。
「手紙にはこう書かれていました。この城には十人の招待客が集まる。全員が揃ってから記念祭を始めるので、それまで各自寛いで欲しい、と」
眼鏡の若者が後を引き継いで言った。
「それで、俺たちが来るのを待っていたのか」
「ええ。僕たちがこの城に一番初めについて、その後に次々と招待客が到着しました。貴方達でちょうど十人目です」
「俺達が最後だったのか…」
「ねえ、お兄さん」
高い声が割って入った。城内に入って最初に聞いたものと同じものだ。
「外、雪が降っていたの?服乾かした方がいいんじゃない?」
ノアとアーサーは近寄ってきた人物に視線を落とした。
「子供までいるのかよ」
ノアは呆れかえった声で呟いた。
巻き毛のふわふわとした髪に華奢な体。
十二、三歳くらいの少年がノア達の近くに立っていた。
「そんなに濡れていないから、大丈夫だよ」
アーサーは少年に笑顔で答えた。
「君も招待客?」
「そうだよ」
子供は招待状らしき封筒を見せて言った。
「アベル。彼らでちょうど十人目だ。他の人達を呼びに行ってくれるかい」
壮年の男が子供に呼び掛けた。
「分かった」
アベルと呼ばれた少年はうなずいて、ホールにある大階段を駆け上って行った。
「ルイス、君も一緒に行ってくれ」
「分かりました」
ルイスと呼ばれた若い男も少年の後を追って行く。
「ジャック、君もそろそろこちらに来たらどうだ」
二人を見送りながら、壮年の男がホールの隅に声を掛けた。
「……ちっ」
大階段の暗がりからもう一人、男が現れた。
黒髪に黒色の目。羽織っているマントまで黒く、目つきが鋭い男だった。
「オスカー。勝手に仕切るな。俺はまだお前たちを信用した訳じゃない」
男は冷たい声で言った。
「…そうだな。確かに私たちはこの場所で初めて会ったもの同士だ。信用できなくても仕方がない。けれど君もこの城に来たんだ。立場は一緒のはずだ。信用しろとも友人になれとも言わないが、必要な時は協力した方が、お互いのためになるんじゃないかな?」
壮年の男、オスカーは黒髪の男に言い聞かせるように言った。
ジャックは肩を竦めて、近くの壁にもたれかかった。もうこちらと話す気はないようだ。
「彼を含めると六人。後四人の人間がここへ来るってことですね」
アーサーはジャックを見ながらぽつりと言った。
「そうだ。後の四人はアベルとルイスが迎えに行ってくれているから、そろそろ来るだろう」
ノアとアーサーは冷えた体を温めるために暖炉の側で待つことにした。
「呼んできたよ」
しばらくして、さっきの少年と若者が大階段の上から人を連れてきた。
男二人に女が二人。
四人とも歳は若い。年長でも二十代後半くらいだろう。
男二人はこちらを品定めするようにじっと見ている。その目には得体の知れない招待客に対する警戒の色がありありと浮かんでおり、ノアは思わず苦笑した。
女の一人は華奢な体格でどことなく品がある。歳は十代の半ばから後半くらいだろうか。薄茶色の長い髪にオリーブグリーンの瞳。家柄のいいどこかの家のお嬢様といった風情だった。彼女もこちらを戸惑った様子で眺めている。その様子がまるで無垢な小鹿のようでじつに可憐だった。
「!」
もう一人の女に視線を移した時。ノアは思わず息を呑んだ。
薄暗いアイスブルーの瞳。
少し翳りのある冬の空のように美しい色合いの瞳がこちらを見ていた。
その目はあまりに静かだった。
この異常と言っていい環境の中で、彼女は一切の動揺もなく、不安の影も映していなかった。冷たい湖のような瞳は、人形のように虚ろというわけではなく、静かに力強い光を放っている。独特な雰囲気を持つ女だった。流れるような黒髪が薄紫色の服をさらさらとこすり、彼女も他の招待客と一緒に階段を下りてきた。
「思ったより早く着いたわね」
凛とした美しい声でその女は言った。
「まだ城を見てまわっている最中だったのに」
「俺は待ちくたびれたよ。そちらさんが最後の人達?」
一緒に階段を下りてきた男のうちの一人がオスカーに聞いた。
「そうだよ、キース」
オスカーがうなずいた。
「まだ名前は聞いてない。どのみち集まるのだから、まとめて自己紹介しようと思ってね」
「なるほど」
二十代半ばから後半くらいの男はなかなかに整った顔立ちの男で、キースと呼ばれていた。紺色の洒落た上着を着て銀色の耳飾りをしている。一緒に降りてきたもう一人の男は、まだ警戒しているのか何も言わずに、静かにこちらを見ていた。
(男が七人、女が二人、子供一人か…)
年齢も性別もバラバラ。特に似たような種類の人間ではなく、統一感もなく思える。
(一体どういう人選なんだ?)
ノアは彼らを見まわした。ちょうど、オスカーと話していたキースと目が合う。
「あれ、君の目」
キースはさも驚いたというように言った。
「ああ。違う色だな」
ノアはそっけなく言った。
「…。『白い鴉』じゃないだろうな」
キースは嫌そうにノアの目を見た。
「違う」
キースを睨みつけながらノアは言った。
「『白い鴉』って何だい?」
話しを聞いていたアーサーが声を上げた。
「『白い鴉』は魔術を操るとされている一族のことだ。その一族は大なり小なり魔術が使えるらしい。魔術を使う際に毛髪が白くなる者が多く、狡猾だったことから、彼らのことを『白い鴉』と呼んで蔑んでいた時代があったんだ。けれど大昔にその一族は罪を犯して、ほとんどが粛清されたらしい」
オスカーが淡々と説明をした。
「ノアは白髪じゃないですよ」
「髪なんていくらでも染められるだろ」
ノアの髪の色を見ながら言ったアーサーに、キースは鋭い口調で反論した。
「それに『白い鴉』が白髪になるのは魔術を使う時だって話だ。普段の見た目は俺達と変わらないって聞くぞ」
「俺は『白い鴉』じゃないって言っているだろ。何だ、あんた『白い鴉』に恨みでもあるのか。親でも殺されたのかよ」
ノアも激しい口調で言い返す。
「……」
キースは苦々しげな顔をしたまま黙り込んだ。
「やめなさい、二人とも。キース、彼は違うと言っているだろう。それに『白い鴉』はもう滅びたという話だ。魔術なんて昔ながらの言い伝えに過ぎないよ」
「そうですよ。それに今はこの後の記念祭とやらの方が僕は気になります」
一触即発になった空気を感じてオスカーとルイスが口をはさんだ。
「そういえば十人全員集まったのに、何もありませんね」
初めて華奢な女が口を開いた。
「招待状には記念祭の時間の指定まではないですし…どうしましょうか」
亜麻色の髪をした彼女は招待状を見ながらそう言った。
「待つしかないだろうけど、いい加減誰か出てきてもいい頃だよね」
娘と一緒に大階段を下りてきた灰色のシャツを着た男が初めて喋った。
ボーン。ボーン。ボーーーン。
「わ!」
「なんだ!?」
急にホールに置いてある大きな柱時計が鳴りだした。招待客全員の目が時計へと移る。
ホールの片隅で鳴り響いている時計は飴色の木で造られた年季の入った美しいもので、文字盤の十二の位置に長針と短針が重なっていた。




