プロローグ
御覧いただきありがとうございます。
すでに完結している作品のため、細めにあげていく予定です。
※プロローグは読み飛ばしても問題ありません。
ちらちらと白いものが舞う、ある雪の日。
年齢も出身もバラバラの男女十名が、とある城に招待された。
見ず知らずの十人が招待されたその城は、鬱蒼と樹木が生い茂る標高六百メートルほどはある山の頂に毅然とそびえ立っていた。
厳格な王者のように眼下を見下ろす白亜の城。
外観は優雅にして堅牢で、まるで御伽話に出てくる城のように美しかった。
遠目から見ても目立つ城だったが所有者は不明。山の麓から少し離れた街とも交流は無く、近隣住民も城の名前はおろか、城内に人が住んでいるのか、文化遺産としての建造物なのかさえ、分かってはいなかった。
当然、観光ブックや雑誌にも載ってはいない。
異様に目立つ建造物のくせに知名度は低いという不思議な城だった。
けれど、そんな城に招待された者達は当然のように、この不思議な招待を受け入れた。招かれた者の親族や親しい者達もそれを見送り、十人は笑顔で城門をくぐって行った。
数日が過ぎた。
雪は相変わらず降り続いていた。
彼らを見送った者達は各々の日常を粛々と過ごしながら、こう思っていた。
招待された者達はきっと今頃楽しく過ごしているだろう。
例えば、パチパチと燃える温かな暖炉。
日常では見ることのないような豪華な食事。
夢のような調度品で飾られた美しい部屋。
伝統と優美さが奏でる一流の素晴らしいものに囲まれて、生涯忘れることのない特別な時を過ごしているのだろう、と。多大なる羨望と一滴の嫉妬を持ちながらも、彼らを送り出した誰もがそう思っていた。
さらに数日が経過した。
雪は徐々に勢いを増し、辺り一面を真っ白なヴェールで覆うようになっていた。
城が存在する山の麓の街では、冬ごもりの支度をし、男達が薪用にと木々を切り倒すカーン、カーンという音がこだまのように響き渡っている。本格的な冬が到来して、屋外での作業が日々辛く感じるようになっても、城へ招かれた者達が戻る気配はなかった。
さらにまた幾日かが経過して、招かれた者達の家族、親しい者達はさすがにおかしいと疑問に思い始めていた。
―いくらなんでも遅すぎるのではないか?
―どうして、彼らは帰ってこないのか?
何人かが街を越え、山を登り、山頂にそびえ立つ城の門前まで行ってみた。
彼らは城門の外から柵を握りしめ、城へと呼び掛けた。
「おーい!○○〇!まだそこにいるのか!?大丈夫か!」
「×××いないの?無事なの?!」
「誰でもいい!答えてくれ!なんとか言え!!」
声の限りに城に行った者達の安否を問うたが、堅牢なる城からは一向に返事はなく、城内に続く扉も固く閉ざされていた。
城は荒れ狂う吹雪の中、悠然とそこに立っていた。
まるでその場所だけ、違う時間が流れているようだった。
一度呑み込んだ者は決して渡さないというように、何人も寄せ付けない気迫がその城にはあった。
容赦のない白い粒を浴びながら、招待された者を探しに来た人達は、途方に暮れて立ち尽くすしかなかった。
雪は激しくなり、さらに月日が経過した。
多くの者は、城へ招かれた者達はもう帰ってはこないのだと諦めはじめていた。
城へ何度呼び掛けても返答はなく、城門は閉ざされたままだった。
その日も、雪が降っていた。
しんしんと降り続ける雪、雪。
積もりゆく白が音を吸い込み、街の人間は暖をとるために各々の家屋で縮こまっていた。
そんな凍てつくように寒い雪の日。
城がそびえたつ山の麓から、小一時間ほど歩いた場所にある小さな街―リステンバーグに一人の若者が現れた。
彼は城に招待された十名のうちの一人だった。
若者は随分と憔悴しているように見えたが、見る限り五体満足で、きちんと自分の足で立って歩いていた。雪に塗れてくたびれている黒い外套を羽織った彼は、温かな寝床とパンを求めていた。
しかし、男が城に招待された者の一人だと気づいた住人達は、口々にその青年に疑問をぶつけた。
「一体中で何が起こったんだ?」
「どうして他の連中は帰ってこないんだ」
「城主は一体どんな人間なんだ」
多くの質問に対して若者はただ目を伏せた。
その目には諦めとも哀愁とも言えるような、何とも言えない光が浮かんでいた。
少しの沈黙の後、若者は言った。
―城に行った者はもう帰ってこない。あの城のことは忘れろ、と。
当然、街にいた者たちは若者の言葉に納得できず、さらに彼に詰めよった。
「帰ってこないとは、どういうことだ」
「まさか他の人間は死んだのか?」
――――。
答えはなかった。
若者を取り囲む空気が一様に熱くなり、一人の男が若者の胸倉を掴んだ。
「おい、何とか言え!答えろよ!」
男の恫喝にもたじろかず、若者はただ目を伏せて沈黙を守った。
「こいつ…」
「待て」
なおも言い募ろうとした男を制する声がした。
若者を取り囲んでいた数人が振り向くと、そこには街をとりまとめている長がいた。
「長!」
若者を取り囲んでいた一人が叫んだ。
「話は聞いていた。その若者を離してやりなさい」
「しかし他のものは未だに帰ってきていません。何があったのか聞き出さないと」
「そうですよ!」
「このままでは納得できない」
口々に言う住人達に長は静かに言った。
「皆の気持ちは分かるが…彼もずいぶん疲れているように見える。まずは休ませてやれ」
「しかし…」
「話を聞くのはそれからでもいいだろう」
長の言葉に街の住人は渋々従った。
宿屋の主人が簡素な部屋に寝床を用意し、酒場の店主が湯気の出る温かいスープと保存食にしているパンを出してやった。若者はもくもくと出されたものを口に運び、礼を言って用意された部屋へと入って行った。
「念のため、交代で見張っておけ」
長の言葉に宿屋の主人含む数名の男達が、彼の部屋の周囲で寝ずの番をすることになった。
数時間が経ち、やがて冷たい夜がやってきた。街の人々は寝静まり、聞こえるのはしんしんと降り続ける雪の音。そして家屋に降り積もった雪が時折どさり、と地面へ落ちる音だけになった。
翌日。人々が目を覚ました時、若者の姿はすでに街から消えていた。




