8話 私なりの礼儀
「少し待っててね」
私はのの子を抱き上げたまま歩き出し、役目を終えた天墜を亜空間へとしまう。
少し離れたところに大きな木を見つけ木陰にそっと横たえた。
額に張り付いた前髪を整え、小さく頷く。
念のため、障壁を展開し身を守る。
「よし」
唯一、原型を残して倒れているサーテス団長の元へと向かう。
首に手を当て脈を確認する。
虫の息と言っていいほどに弱い。背から腰にかけて大きな傷があり、大量の血を流していた。
けれどまだギリギリの所で生きている。
「団長さんはまだ生きたいのね」
私の秘密がバレる可能性を考え……小さく肩を竦める。
「仕方ないわね」
地に伏していた血だらけの体をゆっくり起こす。
背中へ膝を差し込み支える。
アイテムボックスから特級ポーションを一本取り出し、口へ流し込む。
「……んっ………………うぐっ……げぇほっ!」
飲めたみたいね。傷は塞がるから、少ししたら目を覚ますでしょう。
私よりもずっと大きな団長の体を静かに横たえた。
今はしっかりとした呼吸に戻っている。
それから私は騎士団員たちを弔う為、黙々と動いた。
国の為に戦う彼らが少しでも報われるように、と全員の識別票を拾う。
遺留品もあれば回収する。
これで誰だったのかは分かる。
それで十分。
細切れになった亡骸を見せられて喜ぶ家族などいない。
感謝も。
罵声も。
絶望も。
その全てを見てきた。
だから私は静かに炎を灯す。
「……お疲れ様」
せめて安らかに眠れるように。
炎は優しく亡骸を包み込み、やがて灰となって風に溶けていった。
それが戦場で命を落とした者への私なりの礼儀だった。
そうこうしているうちに、こちらに到着するまでに10分は掛かりそうな距離に動く一団を感知した。騎士団の増援か冒険者のどちらかしら。
なんて説明するか……ただ、これ以上は侍女である私に出来ることはない。
あとはサーテス団長が目を覚ましてからこれからくる人たちに説明して頂きましょうか。うん、名案だ。
サーテス団長をのの子ちゃんの近くに運び寝かしとく。
こういう時は……気絶してる振りしとこうかしら。
のの子ちゃんのすぐ隣へ寝転び、そっと目を閉じる。
……木陰を吹き抜ける風が心地いい。
……少しくらいなら良いわよね。
そう思っていたら――本当に眠ってしまった。
俺はランレイ・アーサー。
王都の冒険者ギルドから依頼を受け、仲間たちと共に王都へ向かっていた。
その途中だった。
遠方から尋常ではない魔力の衝突を感知したのは。
嫌な予感がした。魔物同士の縄張り争いなんて規模じゃない。少なくとも上級魔物、下手をすれば災害級の何かが動いている。
俺たちは進路を変え、急いで発生地点へ向かった。
だが、途中でさらに状況が悪化する。
空の彼方で爆ぜた。続いて地鳴りのような轟音。
何かが空から墜ちた。
距離がありすぎて詳細までは分からない。
それでも一つだけ確信できる。
「……ヤベェな」
思わず本音が漏れる。
俺たちが行ったところで何ができるか分からない。だが、それでも向かわないという選択肢はなかった。
近かったとは言え、だいぶ時間が経っちまったが、着いてすぐに原因を調査を始めた。
それにしても、ここは酷い。
血痕と思わしき跡や地面が高温で焼かれたのか白くなっている場所が何ヶ所か見られた。
どんな力を加えたらこうなるのか、地面に大きなヒビが入っている所もあった……。
「一体ここで何があったんだってんだ……」
そう呟いてしまうのも仕方ないほど。
仲間たちと一緒に辺りを捜索する。
「だ、誰かいませんか!?」
全員で辺りに声を掛け続けるが……返事はない。
「こっちにゃ誰もいねぇー!」
こっちもだ!と、次々と声が上がる。
所々焼けたり戦闘の跡らしきものがある場所は開けており、すぐに見渡す事が出来る。
とは言え、不自然なほど何も残されていねぇ。誰かが痕跡を隠蔽した跡なのかもしれん。
念の為にと捜索範囲を広げていくと、ついに生存者を発見された。
「おいっ! こっちの木の下! 倒れている人がいるぞ!」
「今向かう!」
向かった先は木の下。
三人が倒れていた。
騎士と思わしき男女と、身なりのいい侍女。
「大丈夫ですか?」
慎重に声を掛ける。
すると、侍女の瞼が僅かに震えた。
「……ぅ……」
ゆっくりと目を開く。
どこか呆然とした様子で辺りを見回し、困惑した表情を浮かべた。
「よかった! 気がついたんですね!」
「え……?」
侍女は不安そうに胸元を押さえる。
「わ、私は……ここはどこでしょうか?」
視線が彷徨う。
まるで状況を理解出来ていないようだった。
「ここは草原の南部です。俺たちは冒険者ギルド所属の冒険者です」
「草原……?」
侍女は顔を青くした。
「ご、ごめんなさい……その……何も分からないんです」
震える声。
ランレイは周囲を見回した。
戦闘跡と焼けた地面。
そして、ここにいない誰かによって、木陰に移動されたかのようだった。
確かに、ただの侍女が理解出来る状況ではない。
「無理に思い出さなくていい」
そう声を掛けた時だった。
「……き、みは?」
別の声。
全員が振り向く。
倒れていた壮年の騎士が目を覚ましていた。
「それに……ここは」
「私は冒険者ギルド所属のランレイ・アーサーです」
すぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか……? ここで何があったか分かりますか?」
すると男は顔色を変えた。
「ここで……ほ、他に助かった者は!?」
慌てて上体を起こし辺りを見渡す。
見つけられるのは少女の二人だけ。
それでも諦めきれないのか立ち上がろうとした。
「無理をしないでください! 傷に障りますよ!」
「……傷が……」
男は自分の体へ視線を落とした。
「ない……なぜだ」
腕。
胸。
そして、背中へと手を回す。
切り裂かれた鎧の下にあるはずの傷が無い。
それでも血は完全には乾ききらず、かたまりかけの血が指先にこびりついていた。
あれほどの致命傷を受けたはずなのに。
「もしかして君たちが?」
男はランレイたちを見上げた。
「そうだとしたら感謝する。これほどの治癒術となると……」
「いや、俺たちは何もしていません。到着した時には、すでにその状態でした」
男の表情が曇る。
そしてランレイもまた、胸の中の違和感が大きくなっていくのを感じていた。




