36話
聖女が起こした御技がすでに余韻へと変わり、張り詰めていた緊張が解け、皆一様に騒いでいる。
喧騒の中心では、カテリナがのの子ちゃんに抱きしめられたまま、ようやく落ち着きを取り戻していた。
頬にはまだ涙の跡が残っているけれど、さっきよりずっと穏やかな顔をしている。
そのすぐ側で、ガーベラは何も言わずカテリナを見守っている。主の見せた久方ぶりであろう穏やかな表情を確かめ、張り詰めていた肩の力をゆっくり抜いている。
ほんの少しの間、そのまま周囲の喧騒に身を委ねるカテリナ。
あちこちから聞こえてくる喜びの声を確かめるように、静かに耳を傾けている。
やがて、もぞもぞと動き――名残惜しそうな表情を覗かせながらのの子ちゃんの抱擁から離れるカテリナ。
「……のの子さん、その……ありがとうございます。お恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
「泣くことは恥ずかしくないんだよ。今までずっと頑張ってきたんだもん。いっぱい泣いて、頑張った自分を褒めてあげなきゃ、ね?」
のの子ちゃんはカテリナの両手を抱える。
「ありがとう……そうですね、それに皆さんはもう……助かったのですね」
「そうよ、カテリナ様の願いがしっかりとみんなに届いたわ」
「……覇音さんもありがとうございます。でも、今日まで私一人ではどうする事も出来ませんでした。お二人のご助力のおかげです」
「みんな元気になって良かったですね! カテリナ様の魔力がこう、ぶわぁーっと流れ込んできて、とてもぽかぽか温かかったです」
カテリナと指を絡ませ、手を繋いだまま大きく広げ、ぶわぁって雰囲気を一生懸命に伝えようと振る、笑顔ののの子ちゃん。
「私も……お二人の温かな……魔力を感じましたわ……本当に良かった」
安心したように微笑むカテリナと一瞬目が合う。先ほど私の魔力をダイレクトに流し込まれた感触を思い出したのか、彼女は一瞬だけ頬を朱に染め、恥ずかしそうに視線を泳がせる。
その時、会話に割って入る声がした。
「すまないっ! ……ひとつ、聞かせてくれないか」
人のざわめきにかき消されまいと声を上げる低い男の声。
隔離病棟から出てきた魔族たちの中から一人。青年が近くの寡黙な兵士に制止されながらも懸命に声を出す。
生成りの粗末な病衣。
それでも、すっと伸びた背筋と洗練された立ち姿を見れば、ただの兵士ではないことが察せられる。おそらくは……相応の部隊を指揮する立場にあった人物かしらね。
黒灰色の髪は手入れもされず無造作に伸びていて、細めの琥珀色の瞳は落ち着いていた。
「先ほどの魔術……あれはあなた方が?」
「……ええ、そうよ」
不安そうな表情ののの子ちゃんをよそに話を続ける。
「ただ魔術かと聞かれると……ちょっと違うとも言えるわ。そうね……魔術と魔法を掛け合わせたもの、かしらね」
「ふむ……そうか。治療して頂き感謝する」
男はそれ以上追及することなく、深く一度だけ頭を下げると、静かに踵を返して魔族たちの輪へと戻っていった。
ただ感謝を伝えにきた……って訳でも無さそうね。面白い子。彼の背からは強い意思を感じるわ。
「さぁカテリナ様、まだ動けない人や困ってる人がいないか見にいきましょうか。それが終わったら何か消化のいい物を出せないか聞いてみましょうね」
「ええ、そうですね!」
まずは状況の確認ね。
みんなで再び隔離病棟へと足を進めようとした、まさにその時——背後から重厚な靴音が近づいてきた。
病棟とは反対側の通路から、身なりの整った騎士の一団が現れる。率いるのは、大柄だが威圧感を感じさせない温厚そうな佇まいの男性。短い焦げ茶色の髪には白髪が混じり、四十代半ばといった貫禄を漂わせている。
「カテリナ様。失礼ですが、先ほどの魔法はあなたが?」
「はい。こちらのお二人に力を貸していただきました」
「左様でございますか……ありがとうございます。ここにくるまでに会った者は皆、怪我の程度を問わず完治しているようです。あとは奥の病棟で治療を受けている者たちの確認のみですが……」
男は、連れてきた騎士に報告をしている兵士たち——隔離されていた人たちへと目を向けた。
「こちらももう一安心ですね。これまで皆を支えてくださり、本当にありがとうございます」
「当然の事をしたまでです、ローレンツ団長。
……あの、一つお願いがあるのですが、病棟の皆さんにお粥などの温かい食事を用意していただけないでしょうか。治ったとはいえ、長く床に臥せていた方々の体力を回復させたいのです」
「お気遣い、痛み入ります。すぐにでも配給の手配をさせましょう」
ローレンツ団長は振り返り、後ろに控える騎士へ食事の手配と病棟の確認を指示する。指示を終えると、彼は改めて私とのの子ちゃんへ視線を向けた。
「ところでカテリナ様、そちらのお二方は?」
「はい。王都よりいらした勇者、のの子様と――」
「侍女の覇音と申します」
私が被せ気味に言い切ると、何か言いたげにカテリナがこっちを見ている。
「一介の、ただの侍女でございます」
先ほどのやんちゃをした現場を見られていたとしても、侍女で押し通させて頂く。
「……なるほど。第四騎士団団長のローレンツ・ファルディンです。勇者殿のお噂は伺っております」
ローレンツは一瞬だけ深みのある目を細めたものの、野暮な追及はしてこなかった。
「聖女様、そして勇者殿。一度司令部までお越しいただけないでしょうか。今後の作戦、および砦の運用について、ぜひご意見を伺いたいのです」
侍女殿も是非ご一緒にと直々にお誘い頂いた。
そもそも今後の作戦にはどんな形であれがっつり介入するつもりだったし、断る理由もないわ。
さあ、ここからは私たちのターンといきましょうか。
病棟の後の処理を頼もしい騎士団長に任せ、私たちは静かに司令部へと足を進めた。




