10話 寄り道
王城を出て大通りを歩くと周囲には人の声が溢れていた。
行商人や冒険者。
買い物を楽しむ人々。
王都だけあって、とても人が多く賑やかだ。
けれど、隣を歩くのの子ちゃんは一言も喋らなかった。
「……」
視線は足元を彷徨い、手は握りしめている。
不意に人影が視界に入ると小さく肩が震えている。
完全にトラウマね。
まあ、当然よね。目の前で人が死んで、自分も死にかけて。数日程度で吹っ切れるなら誰も苦労なぞしない。
ここはお姉さんが一肌脱ぐしかないわね。
一歩後ろを歩くのの子ちゃんの前へ回り込む。
こういう時の魔法の言葉は――
「お腹空かない?」
「……え?」
突然の言葉だったのだろう。
きょとんとした顔でこちらを見た。
「私は空いたわ。それに旅の醍醐味と言えば、まず食べ物だと思うの」
「覇音ちゃん……」
「何よ」
「観光じゃないんだよ? それに……その、緊張してないの?」
まったく緊張していないけど、そう言うわけにもいかず。
「そうねぇ……まぁ、少しはしてるわ。でもお腹は空くじゃない」
「……そう……ですね?」
「来た道、少し戻りましょ。さっき美味しそうなスイーツの屋台見つけたの、食べるわよ」
目を白黒させながら固まるのの子ちゃんの手を引っ張って、早歩きで戻る。
まずはのの子ちゃんに甘い物を食べさせて心のリフレッシュをしてもらわないと。そうと決めたらすぐ行動。もし売り切れでもしたら悔やみきれない!
お店に着いた時には、ちょうど最後の客が受け取ったようですぐに自分たちの番になった。
メニューを見ると、見た目は地球でいうクレープ。
目の前で鉄板の上に生地を丸く流し、手際よく焼いている。材料も似たようなものを使っているのだろう、バターと小麦の焼ける良い匂いが食欲をくすぐった。
それにバリエーションも豊富だ。
シンプルなシュガーバターっぽい物。他にはバタークリームにたっぷりドライフルーツをトッピングした物が数種類。さらにさらに、お肉を挟んだ惣菜系まであって男女問わずにウケそうなラインナップだった。流石に青空の下の露店だからか、冷たいアイスが入ったようなやつは無かったけれど。
「おにーさん、とってもいい匂いですね。一個いくらするですの?」
「いらっしゃい、綺麗なお嬢さんたち。一個銀貨二枚ぐらいするんだけど……大丈夫?」
エレナから聞いた貨幣の話をすると――
銅貨10枚で大銅貨。
大銅貨10枚で銀貨。
銀貨10枚で大銀貨。
大銀貨100枚で金貨。
らしい。
イメージしやすい円に直すと――
銅貨=十円。
大銅貨=百円。
銀貨=千円。
大銀貨=壱万円。
金貨=百万円。
そんな感じらしい。
そう、この店主のお兄さんは高いけど本当に買うのかと確認してきた。
ふふっ、私、スイーツに糸目はつけない主義なの。
「のの子ちゃんはどれを何個食べる?」
「えっ? 何個?」
「そうよ、人もスイーツも一期一会。食べられる時に食べるのが鉄則よ!」
そっとのの子ちゃんの耳に内緒のお話を囁く。
「秘密にしてたけど……私、アイテムボックス持ってるの。時間経過がない優れものよ。ということは……ね」
一歩下がり、少し大きな声を出しのの子ちゃんを指名する。
「はい! のの子ちゃん!」
「えーっと……買い放題?」
「そう! 大正解よ! さぁ、好きなだけ選びましょ」
私は懐から、王様からせしめた軍資金入りの革袋を取り出し、店主の前にジャラリと置いた。
「店主さん、とりあえず全種類を二個ずつ。じゃんじゃん焼いちゃって!」
――大人買いをした結果、大銀貨三枚が消えた。
――王様から貰った残りの金は大銀貨七枚。
出来立てのほかほかクレープを二個だけ手元に残し、残りの大量のクレープは、私たちのせいで大忙しな店主が他のお客さんの対応に追われて目を離した隙に、すべてアイテムボックスへと放り込む。
「ほら、のの子ちゃん。一番美味しそうなドライフルーツとバタークリームのやつよ。冷めないうちに食べちゃいましょ」
「うん……ありがと、覇音ちゃん」
クレープを一口齧り、その濃厚な甘さに「美味しい……!」とようやく年相応に顔を綻ばせる。
よしよし、やっぱり落ち込んだ時には糖分に限るわね。
こうして、私たちは両手に甘い幸せを抱えたまま、当初の目的地――荒くれ者たちの声が聞こえるだろう冒険者ギルドへと歩き出すのだった。




