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12話 初☆メイド服


 錬ノ間で5日間練習を続けた結果、蓮は魔力のコントロールが完璧に出来るようになった。魔法使い修行は次の段階に進む事になり、今日は錐野の家に行く事になった。

 家の前でインターホンを押すと、ドアがすぐ開く。蓮はお邪魔します、と言いながらお辞儀をして玄関に入った。


「うわっ可愛い!蓮!待ってたわよ!めっちゃ可愛いじゃない!」

  

 玄関前で待ち構えていたのは錐野の妹・瑠依であった。腕を組んで仁王立ちをしている彼女の目は、水面に反射する太陽の光のようにキラキラと輝いている。


「瑠依、久しぶりだな」

「蓮、魔法使い修行頑張っているみたいね。そんなアナタに私からプレゼントよ」


 瑠依はそう言って玄関近くに置いてあった紙袋から、メイド服を取り出した。丈が短いタイプのフリルがふんだんに使われたそのメイド服を見て、蓮は呆れた顔をする。幼馴染みだから、次の行動は容易に想像出来る。自分に着させる気なのだ。そう悟った瞬間、蓮の足は既にリビングへと向かっていた。


「何で逃げるのっ!これ、私が作ったんだよ。蓮に似合うと思って!」


 瑠依は蓮を追いかける。人様の家の廊下なので、全力で走る訳にもいかない。蓮は小走りだった為、瑠依はすぐに追いつき、右腕をがっしり掴んで言った。


「このメイド服、蓮に絶対似合うよ!着て!着るべき!」

「似合う似合わないの問題じゃない!着たくないんだよ!そもそも俺は今、生きるか死ぬかの危機的状況なのであって…」

「え?危機的状況だとメイド服が着られないの?」

「コイツもう駄目だろ!」


 一体この中学生はどういう思考回路をしているのか。蓮が疲れはじめていたところに、リビングに通じる扉が開き、錐野が顔を出した。


「お前ら何やってんの」

「錐野!助けてくれ。瑠依がメイド服を着させようとしてくるんだよ」

「いいじゃん、着てやれよ」

「お、お前…」


 瑠依を止めてくれると思っていた錐野にそう言われて、蓮は裏切られた気持ちになった。既に抵抗する気力がなくなっている蓮の肩を後ろからがっしりと掴み、顔を覗きながら瑠依は不敵な笑みを浮かべた。

 

 



「やっぱり似合うじゃない!可愛い可愛い!」


 観念した蓮がメイド服に着替え終わり、リビングに出ると、瑠依がはしゃぎながらそう言った。丈が思っていたよりも短く、前のスカート部分を手で押さえながら赤面で俯く蓮を余所に、瑠依は携帯で写真を撮ったので、蓮は反射的に顔を手で隠した。


「撮るな馬鹿!」

「美少女はたまりませんなあ。これは永久保存しないと」

「俺は男だ!錐野!瑠依を何とかしてくれ!」


 蓮はソファーで寝ながら推理小説を読んでいる錐野に助けを求めた。


「瑠依、その辺にしておけ。そろそろ修行の時間だ」

「むう、まあ仕方ないか。頑張ってね、蓮」


 瑠依は蓮に手を振りながら激励の言葉を投げかけると、軽い足取りで2階へ行った。蓮と錐野がいるリビングには、嵐が過ぎ去った後のような静けさだけが残った。


「なあ、錐野。瑠依も魔法使いなんだよな?」

「ああ。魔法使いは代々親から引き継がれるものだからな」


 蓮が洗面所で着替えている間に、錐野は読んでいた推理小説を閉じ、ズボンのポケットから鍵を取り出す。リビングに戻ってきた蓮は既に疲れた表情をしていた。


「はあ、瑠依にも困ったもんだ…で、今日からは何をするんだ?」

「行ってからのお楽しみってことで」


 錐野が修行の内容を勿体ぶって教えないので、蓮はむすっと顔をする。錐野は鍵で鏡界への入り口を作ると、蓮を手でまねいた。

 




 錐野に連れてこられたのは、(かいの)()という小さな部屋であった。床も天井も全て白く塗られている。家具等は一切置かれておらず、無機質な雰囲気があるその部屋で、黒いワンピースを纏った黒髪の若い女性が1人、真ん中にぽつんと立っていた。


「いらっしゃい」


 涼し気な顔をしたその女性は、艶っぽい落ち着いた声をしていた。錐野は、蓮の肩に手を置いて言った。


「この子に『かい』を持たせたい」

「可愛い女の子ね。お名前は?」

「ら、来条蓮です」


 女の子と言われて、外見が女である事を再び現実として突き付けられた気分になり、蓮は引きつったような笑顔を浮かべた。


「来条さんね。私はかご。ここは自分の『塊』を選んでもらう場所なの」

「カイ?ってなんですか」

「塊は、魔力で作り出された疑似生命体の事よ。影退治のサポートをしてくれるわ。魔法使いは必ず1体、塊を飼わないといけない決まりなの」


 そう言って籠は手に持っていた本を蓮に渡した。その本は辞書のように重く、中を捲ると1ページ1ページに動物の絵が載っている。


「その中から自分が飼いたい塊を選んでね。塊は動物の形を模しているの。能力も、模した動物の特性を反映している。例えば犬型なら、鼻が利いて偵察が優秀。攻撃力もあってバランスがいいから人気ね。そんな感じ。わかりやすいでしょ?」


 蓮は本を一枚ずつ捲る。熊や鳥など様々な動物の絵が描かれている。


「兎型とかもあるんですか?」

「あるよ。兎型は、飼い主の跳躍力と走力、聴力を上昇させる能力を持っているよ」

「じゃあ俺、兎型にします!」


 そう蓮が元気よく言うと、そのあまりの即決ぶりに心配した錐野が口をはさんできた。


「蓮、本当に兎型で良いのか?お前が兎好きなのは知っているが。それに兎型は……」

「おう!兎は可愛いからな!やっぱり可愛いって大事だと思うし、モチベも上がるじゃん?」

「…ははっ。そうか」


 2人のやりとりがおかしかったのか、籠は口元を抑えてくすっと笑った。


「じゃあ、来条さんは兎型の塊をご所望という事で。ちょっと待ってね」


 籠は奥の部屋に入っていき、暫くすると、木製の檻を抱えて戻ってきた。檻の中には、首輪をつけた兎型の塊が入っている。籠はそれを蓮に渡して言った。


「この子が兎型の塊よ。塊は飼い主の魔力が餌だから、1日1回は与えてあげてね。疑似生命体だから、死ぬことはないけど、魔力が枯渇すると能力が出せなくなっちゃうから気を付けて」

「ありがとうございます!」


 蓮は兎の入った檻の箱を両手で大事そうに抱えて礼を言った後、その部屋を去った。






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