13話 ※着せ替え人形ではありません
「なあ、魔力が餌って言ってたけど、どうやってあげるんだ?」
蓮と錐野は、飼ノ間から戻り、錐野の部屋で休憩をとっていた。籠から受け取った兎型の塊が入った木製の檻は、机の上に置いてある。塊は、呼吸はしているが隅っこの方からじっとしていて動いていない。疑似生命体とはいえ、そう言われなければ本物の黒兎に見える。
「この前まで魔力のコントロールの練習をしていただろう?あれと同じだ。塊に触れて、自分の魔力を流すんだ」
「ああ、そういう事か」
蓮が兎型の塊に触れて魔力を流すと、塊は嬉しそうに目を細めた。
「おお!疑似生命体とか言っていたけど、やっぱり可愛いじゃないか!よし、お前の名前は今日からチョコだ!」
「ハハ、なんかお前らしいな」
錐野は椅子にかけながら、チョコを無邪気に可愛がる蓮を微笑ましそうに見守る。その保護者のような視線に気づいたのか、蓮は錐野を軽く睨みつけた。
「お前今、俺の事子供っぽいって思った?」
「…いや、別に?それより、塊を手に入れたという事は、お前は晴れて魔法使いしてのスタート地点に立ったわけだ。これからは影退治の任務に参加してもらう事になる」
「本格的になってきたな。出来るかな」
「魔法使いはチームを組んで行動する。だからお前もチームに入れ。本当は俺のチームに入れてあげたいところだが…チームの人数には上限があってな。入れてあげられないんだ」
「そ、そっか…」
影退治は複数人で行う決まりがある為、魔法使いは鏡界内で3~4人のチームを組んで行動する。チームの上限は4人。錐野の所属するチームは既に4人で、蓮を入れる事が出来ない。
蓮は人付き合いが得意な方ではない。どちらかというと内向的な性格である。錐野のチームに入れないとなると、これからチームを探し、初対面の魔法使いと仲良くならないといけない。そう考えると少し気が重くなる。
「蓮!私のチームに入りなさい!」
重苦しい雰囲気が漂いそうになっていたその時、扉が勢いよく開き、快活な声が部屋に響き渡った。
その声の持ち主は赤崎瑠依。突然の幼馴染みの登場に蓮は目を丸くする。
「瑠依!お前いたのか!」
「ずっと兄ちゃんの部屋の前で待機していたわ!蓮、私のチームに入らない?ちょうど後1人欲しかったところなの。ちなみに私がチームのリーダーだから!さらに安心でしょ!」
「え、瑠依のチーム?いいのか?」
思ってもみなかった瑠依からの誘いに、蓮は内心安堵していた。瑠依は錐野と同じく小さい頃からの付き合いで、気を遣う事もないだろう。断る理由がない。
「瑠依がいいのなら、俺、瑠依のチームに入るよ」
「ホント!?やったー!着せ替え人形を手に入れたわ!」
「は?」
―――着せ替え人形?今コイツ、着せ替え人形って言わなかったか?
「じゃ、手始めにこの服を着てね」
どこから取り出したのか、瑠依は上機嫌で服を手にして蓮に見せる。それは、黒色のワンピースで、袖にもスカート部分にもフリルがふんだんに使われている。蓮はそれを見て、顔を引きつらせながら言った。
「な、なんだそのフリフリのワンピースは」
「可愛いでしょ。着て」
「何で」
「私のチームに入るから」
蓮は頭を抱えた。
「そんなフリフリの服、着られるか!」
「これも私が作ったのよ!蓮の為に!」
「俺の為に作るな!てかお前、裁縫上手いな!?」
瑠依と蓮はぐるぐると円を描くようにして追いかけっこを繰り広げる。部屋の中でこうもドタバタとされては、いつもは細かい事は気にしない錐野でも、さすがに困り果ててため息をつく。突如、瑠依は覆いかぶさるような形で飛び掛かり、蓮はその下敷きになった。
「ぐえっ」
「ハハハ!これでもう身動きはとれまい!さあ、観念しなさい!」
「うう、助けてくれ錐野…」
蓮は瑠依に敷かれながら、上目遣いの困り果てた顔で錐野に助けを求める。
嫌がっている相手に無理強いをするのはよくない、と妹を注意するのが正しい行動だろう。しかし実のところ、錐野も蓮のワンピース姿を見たい気持ちがあった。
だからと言って瑠依の強引な行動を見逃すのも良くないだろう。そこで、錐野は1つの提案をした。
「蓮。1回だけ着てやれ」
「は?」
「せっかく瑠依が作ったんだ。1回くらいは着てやれよ」
「…まあ、1回くらいならいいか」
★
「……着た」
ぼそり、と小さな声で蓮が言う。
ワンピースに着替え、洗面所から戻ってきた蓮を見て、瑠依の表情はみるみる明るくなり、ぴょんぴょんと兎のように跳ねた。
「可愛いっ!可愛いわ!めっちゃ似合う!蓮可愛い!」
「……おう」
黒で統一されたフリル付きワンピースは、後ろの腰の部分に大きなリボンがついていて、スカートの丈が太ももの半分しかない。黒のニーソックスで隙間の肌の部分が一層際立っていて、いわゆる絶対領域があった。
いつもの蓮なら、顔を赤くして喚きそうなものだが、今日は妙に大人しいので、瑠依は不思議に思った。
「あら?今日は珍しく素直ね」
「いや、その…着てみたら結構良かった。服の素材?思ったより軽くて動きやすいんだよ。フリルが若干気になるが…これなら着てもいいかもしれない」
「えっ。本当?」
実際、少しでも服を軽くする為、服の材質には拘っていたが、ここまで本人に高評価をいただけるとは思っていなかった瑠依は、意外そうな顔をした。
「じゃあ、その服、これからも着てくれるの?」
「動きやすいし、時々ならまあ…いいよ」
「やったあ!」
思ってもみなかった展開に、瑠依は嬉しさのあまりガッツポーズをした。
★
次の日、放課後の時間になり蓮が帰ろうとすると、教室の前で瑠依が待っていた。瑠依は中等部の生徒なので、高等部の教室周辺にいると少しばかり目立つ。周りの同級生がチラチラと見てくるのでその場をすぐ離れた。
「瑠依、待っててくれたのか」
「蓮は私のチームの一員だからね」
「え、もう?魔光会…だっけ?そこでチームの登録手続きとかしなくていいの?」
「それはもう昨日私が全部やっておいたから。もう今日からチーム活動が出来るのよ」
瑠依はいつも突拍子もない事をして周囲を困らせる事があるが、意外にしっかりしている面がある。瑠依がチームのリーダーと聞いた時、蓮は一瞬心配したが、幼馴染みとして瑠依の真面目さや頼もしさは十分に知っていたので、大丈夫だろうと思った。
「さあ!一緒に鏡界に行くわよ!同じチームの仲間に会わせてあげる!」
「ああ、よろしく頼む」
瑠依についていってたどり着いたのは、校舎裏の人目のつかなさそうな場所だった。沢山の木が生い茂っているおかげで、2人の姿はそう簡単には他の人間に見つからない。鏡界への入り口を開けるにはうってつけである。
「よくこんなところ見つけたな」
「いいでしょ。日衣菜ちゃんに教えてもらったの」
「え、今何て?」
そこで瑠依は鍵を取り出し、鏡界への入り口を開けた。




