花の魔法
銀色の髪。誰かが泣いている。
荒廃した地で、黒髪の亡骸を抱えて。
あれは、私に似ている誰か。
『起きてよ、死ぬなんて聞いてない!』
泣き叫ぶ声。空気を異様に震わし、頭に響いて離れない。不思議な声だ。
悲しみと怒り、憎しみか。
言葉では語り切れない感情が声に乗せられ、強く感情を揺さぶらせる。
『何で?! 私は貴方の為に——になったのに!!』
血に染まった黄金の剣を手に取った。
天を拝んで、口が不気味に子を描く。
『全部忘れてしまおう』
パチッと目を見開く。こっちが現実世界か。
「痛っ」
皮膚を切り裂いたような痛みが全身を走る。
思うように起き上がれない。今、私はどこにいる。
視界がぼやけて辺りの様子も分からない。
「お兄、様」
お兄様はどこへ消えたのだろう。
記憶が曖昧模糊として全く手がかりにならない。
私が悪かった。それだけを覚えている。
「…あ」
ピチョ、ピチョと上から私の顔を目がけてぬるい液体が滴った。
ベタベタしていて気持ちが悪い。
荒い鼻息。籠った獣の臭い。黒くて禍々しい雰囲気。
魔物だ。お兄様の推測は当たっていた。
足先が。手先が寒い。
どくん、どくんと拍動が激しくなる。
逃げたい、この場から。でも、身体は動かないのだ。
「ごめんなさい」
私が愚かだったばかりに。
「ごめんなさい」
どうかお兄様だけは、無事でいて。
「ごめんなさい」
やっと幸せを手に入れられる、そう思えたのに。
魔物の咆哮。辺り一帯が震える。頭に直接響いてズキズキと痛ませる。
胸ばかりが熱く、頭が真っ白で今にも意識が遠のきそうだ。
「…やめて」
魔物が口を開いて、私を喰らおうとしているのが見えた。
死ぬ。死んでしまう。
嫌と想える立場では無いけれど。
嫌だ。嫌だ。誰か。誰か。助けて。
「水?」
冷たいものが肌を撫でた。魔物の気配が瞬時に消え失せる。
「やっと見つけたよ、エリーシア」
持ち上げられた感覚のあと、優しい温かさに包まれる。痛みが遠のいていく。
治癒魔法をかけてくれたのか。
「お兄様?」
「そうだよ、生きてて良かった」
目が潤んだぐしゃぐしゃな笑顔。お兄様は私の生を喜んでくれる。
きっと、酷いことをしたのに。
「お兄様、ごめんなさい。私…」
飛ばされて、起きたら魔物がいて、お兄様が助けてくれて。
でも、どうして。私は飛ばされたの。
お兄様にとんでもなく酷いことをしたと思ったのはどうして。
「気にしないで、僕はいつも姉上に鍛えられてるからね。
…それに、申し訳ないけど話している暇はないみたい」
私の頭を撫でると、正面に目線を向ける。
前には魔物が数体。辺りの景色を見るに、衝撃波で大分飛ばされたようだ。
「立てる? あんなに飛ばされたのに、ほぼ無事でびっくりだよ」
お兄様は私を降ろすと、腰に下げていた短剣を鞘から抜き取る。
「その場から動かないでよ。こうなったら魔物を倒すしかないね」
剣を構える。魔物がジッとこちらを睨んだ。
『竜胆の正義』
冷たい、小さな詠唱。これは普通の魔法とは違う。
青く光る花びら。舞って、落ちて、消え失せる。
中心には竜胆の家紋が刻まれた魔法陣。
「華の魔法…」
お母様が言っていた、華族だけが使える魔法。
世界樹の花が与えられた末裔が使える力だと。
貴族が別名で華族と呼ばれる所以である。
「相手が悪かったよ、我が家系は戦闘に特化した一族なんだから」
お兄様の目は鋭く魔物を見据え、一歩踏み出す。
ミシッと石畳がひび割れる。
「あっ」
ヒュッと音を立てて空気が横に裂ける。その場にいた全ての魔物が次々となぎ倒された。
——グララガァァ
魔物の咆哮。ビリビリと空気を震わす。
ギリギリで耐えた一頭が鋭い爪をお兄様に向けた。
思わず足を一歩動かしそうになる。
「お兄…」
息を飲み込んだ。
その爪がお兄様に当たることはなかったから。
剣が瞬く間に下ろされる。爪も腕も胴体さえも、切り裂いてしまう。
息絶えた魔物が塵と化して、跡形も無くなった。
「…よし」
剣を鞘に仕舞うと、花びらは全て見えなくなる。
「お兄様、さっきのは…」
「竜胆の魔法。最強の身体強化だよ」
美しくてかっこいい。目を奪われ、目が離せない。
私も、そんな魔法を使ってみたい。




