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後編02

「なりません!何をお考えになっているのですか!」


カルタム王の側近は非常に冷静沈着で、決して声を荒げることなどした事はない。おまけに、怒鳴りつける相手が敬愛するカルタム王本人など、あり得なかった。


「男にはやらねばならぬ時があるのだ」

「何を仰ってるんです!あの方は、フィーラフレイ妃殿下の従姉妹で、アザール様の奥方なのですよ」

「だから、さっきから誰なのだ“フィーラフレイ”とは」


側近は戦慄した。いくら、お飾りの王妃だったとしても、己の妃の名前を覚えていないなど……


「陛下、陛下。どうかお考え直し下さい。エスフィライヤ様を得るために戦争を?そこに、どんな大義が御座いますか?」

「愛だ」


そう言い切るカルタム王に側近の言葉が届いていない事は明白だ。


「陛下。言葉を飾らず申し上げます。今、カルタムにイヴィヤと事を構える力は御座いません」

「何を言うか。こんな商人上がりの有象無象が集まった新興国など」

「いいえ、イヴィヤの国力は、軍事力はカルタムよりも優っております」


側近は敢えて強い言葉でカルタム王に真実を伝えた。どうか、思い留まってくれという願いを込めて。


「……分かった」


ややあってカルタム王は立ち上がる。そして長く、彼の両親よりも、誰よりも長い時を過ごした側近に温度のない視線を向けた。


「これより、側近の任を解く」

「陛下!」

「私の前から今すぐ消えろ」

「お待ち下さい!」

「黙れ、今更縋っても遅いわ!」

「いいえ、私はどうなろうと構いません、しかしイヴィヤとの事はお考え直し下さい!」


カルタム王は答える事なく、部屋を後にした。これが苦楽を共にした友との永遠の別れとなった。


フィラ、フィラ、フィラ。


カルタム王は獅子身中の虫の事など忘れ、今は愛しい女性を求めて城を彷徨った。すると、運命は彼を恋人の元へと誘なったのか、テラスに佇むフィラを見つけた。


「フィラ」


声をかけると、フィラは気だるげに顔を向けた。


「道に迷われましたか?カルタム王陛下」

「いいや」

「ここは私共の居住区です。お引き取り下さい」


冷たい声で拒絶されたが、カルタム王は意に介さない。


「明日、イヴィヤを出ます。私と一緒にカルタムへ参りましょう」

「何故?」

「二人の運命だからだ」

「貴方のそばに、私の運命はございません」

「愛してる」

「私は嫌いです」

「嘘だ」

「本当に嫌いなんです」

「貴女は正直になるべきだ」

「ナメクジの方がマシなくらいよ」


フィラは何故かカルタムを受け入れない。

間違ってる。正さねば。そう思ってフィラに近付こうとした時。


「カルタム王、貴方は振られたんです」


フィラの背後から現れたのは嫌らしいアザール・ヴィガだ。


「先ほども、お伝えしましたが。彼女は私の“フィラ”です」


その腕にカルタム王の恋人を抱きしめる。


「お帰り下さい。条約の話も無かったことに」


許せない。


何もよりも許せないのはフィラがアザールの腕の中で幸せそうに微笑んでいた事だ。お前のいる場所はそこでない。


必ず、アザールにも、フィラにも、分からせてやらねば。


こうして、愚かな男の身勝手な愛によりイヴィヤとカルタムは開戦となる。


そして、場所はカルタム国にある一軒の店に移る。


「いらっしゃいませ!」


今日も銀のランプ亭は賑わいを見せていた。腹を空かせた客が美味い食事と酒を求めてやってくる。


国王が帰国直後、イヴィヤとの戦争が始まるらしく、カルタム国内は物々しい空気が渦巻いている。イヴィヤとカルタムは海を挟んでいる。おそらくは海戦になるだろう。イヴィヤを破れば、その富を手中に収める事が出来る。欲に目が眩んだ貴族達はせっせと開戦準備に勤しんでいた。しかしエリーに関係のない事だ。


「おい!」


そこへ一目で食事客ではないと分かる男が怒鳴り込んできた。


「今すぐ冒険者を集めろ!国家の一大事だ!」


どうやら貴族に雇われてる兵士の1人のようだ。


「何をしている!イヴィヤが攻めてくるのだぞ!」


そう叫ぶが誰も返事をしない。


「あーお客さん」


兵士に近付いてきたのは、銀のランプ亭の跡取りのフリオだ。彼は腕の良い料理人で、大柄で逞しく、その太い腕で大きな鍋を豪快に振るうのだ。最近では愛妻のためにデザートのレシピも増やしているところだ。ちなみに今は巨大な出刃包丁を手にしている。


「な、なんだ貴様」


自分よりも大柄な男がどでかい包丁を持って現れ、及び腰になる兵士だったが、横柄な態度は崩さない。


「場所を間違えてますよ。うちはただの飯屋だ」

「そ、そんな、はずはないだろう。ここで、冒険者と商人がやり取りをしてると聞いてるぞ」

「周りを見て下さい。皆、食事しかしてませんよ」


確かに周囲を見渡せば、旨そうな料理に舌鼓を打っている。


「だが、冒険者もいるだろう!今すぐ戦闘に参加する準備をしろ!国の防衛に協力するのはギルドの義務だろう!」

「ここは飯屋だ。美味いもん食って腹を満たす。そんな義務はない」


怒鳴る兵士にフリオは平然と答える。


「いいから、言う事をきけ!」


あまりに堂々している姿に余程腹が立ったのか、兵士は抜刀しようとした時。


「待て待てぇーい!」


大袈裟な台詞と共に躍り出て来たのは茶色の髪を束ねた、まだ幼さの残る青年だ。腰に剣を携えており、一目で剣士と分かる風貌ではある。


「善良な市民に暴力を振るうなんざ、この疾風しっぷうのトニーが許さん!」

「何ぃ、貴様、邪魔立てするなら容赦はせんぞ!」

「街の平和は俺が守る!」


大柄な筋肉コックではなく、まだ少年のような顔立ちの男が出てきた事で兵士は途端に強気になった。


「店の外でやってくれー」


それを見ていたフリオはトニーと名乗った青年に兵士を託すことにした。


15分ほどたった頃。


「勝った!俺、勝ったよ!皆んな、俺勝ったー!」


擦り傷だらけのトニーが息を切らせて戻ってきた。


「おーおー、よくやったよくやった」

「駆け出しトニーに負かされるなんざ、大したことねぇなぁ、あの兵士」

「駆け出しトニーじゃねぇよ、疾風(しっぷう)のトニーだ」

「やるじゃねぇか、尻尾(しっぽ)のトニー」

「“疾風”だっての!」

「ダセェからやめとけ、自分に二つ名付けんの」


先輩冒険者達に揶揄われつつも、偉そうな兵士を撃退したトニーに称賛が集まる。カウンターに座ったトニーの前に、エリーは湯気の立つチキンソテーの皿を置いた。


「はい、店からの奢りよ。乱暴者を追い払ってくれて、ありがとう、トニー」

「いやぁ、大した事ないって!」


トニーは嬉しそうに顔をクシャリとさせる。


「それより、エリーさん。この事は絶対にメリアに伝えてくれよ。この疾風のトニーが!銀のランプ亭を守ったって!」

「うんうん、分かった、言っておくね」


トニーは先輩の女冒険者から、恋人にしつこく自慢話をするとウザがられるとアドバイスを受け、共通の知り合いから間接的に武勇伝を語ってもらう方法に切り替えたようだ。


やれやれと思わなくもないが、初めての恋人をずっと大切にし続けている所は可愛らしいと思っているので、明日、ランチの時間に店の手伝いをしてくれているトニーの恋人にちゃんと教えてあげようと思う。


本来、確かにギルドは街や国の治安維持に協力する義務がある。しかし、相変わらずエルドラのギルドは再開されていない。エリーは国王がもっとギルド本部に強く掛け合ってくれればいいのにと思っていたが、今となっては幸運だった。


噂ではこの戦争、国王がイヴィヤの代表の妻に横恋慕した事が発端だという。イヴィヤと商売をしている、信頼のおける商人から聞いた話なので信憑性は高い。その噂を聞いた時、皆、数年前に姿を消したフィラという少女を思い出した。女好きの国王がまた、女性問題を引き起こした。


魔物討伐など、国民の安全を守るためなら冒険者とて体を張る事はいとわない。しかし……


「女欲しさに戦争起こす馬鹿のために、誰が命をかけられるかよ」


そう呟いたのはベテラン冒険者のガインだ。他の冒険者も同意見で、銀のランプ亭に出入りする大半の冒険者は戦争に参加しない。


そして、冒険者達が手を引いた理由はもう一つある。それはイヴィヤの代表の独特な考えだ。イヴィヤが望むのは支配ではなく商いだ。そのため彼らは略奪行為はしないと聞く。その土地の人間から反発され、商売が滞れば不利益でしかないのだ。


エリーはカルタムの王様も貴族も嫌いだ。イヴィヤにその鼻っ柱をへし折られればいい。もし、イヴィヤが乱暴者であれば、街のみんなで戦うのみだ。


さて、エリーが胡椒をぶっかけるかタバスコをぶっかけるか、どちらが殺傷力が高いか考えていた頃よりも、少々時間は遡る。


大陸の中央に位置するルヴァラン皇国にて、とある男が一言。


「カルタム、滅びるぞ」


重厚感ある調度品に囲まれた執務室。40代半ばの男が突然、物騒な事を口にした。その男はフェルディナンドの父だ。


カルタムは大陸の端にある小国だ。海に面しているおかげで、小さいながらも海洋貿易で何とか経済を保てている。


「ああ、あの失礼な国、やっぱり滅びるんですか。思ってたより早かったですね」


父の言葉に反応したのは兄のジークフリード。あたかも予想はついていたかのような反応に、フェルディナンドの方が驚いてしまう。もちろん、顔には出さないが。


フェルディナンドが驚くには理由がある。彼は自国の外交官として、イヴィヤ訪問から帰国したばかりだ。影を放って集めた情報を報告する前に、皇帝である父はイヴィヤ、カルタムの開戦を吹っ飛ばして、カルタム敗戦からの滅亡まで予言した。


そして、皇太子である兄も納得するかのような反応。それぞれの方法で、イヴィヤ対カルタム戦の情報を素早く仕入れていたのだろう。


「カルタムは厚かましいですからね、協定も結んでないのに援軍要請がきそうですね」

「そうだな、要請がきたら、人の嫁に手を出そうとする輩は援軍出して(助けて)あーげぬーと返しておけ」


いや、だから。何で知ってるんだよ。フェルディナンドは、それ自分が報告予定だったんですけどと思いつつ、父と兄のやり取りを見つめる。


「しかし、カルタム王には歳の離れた若い王妃がいたはずでしょう。その上、人妻を欲して戦争を起こすなど、一昔前の蛮族のようではありませんか」


父同様、愛妻家の皇太子は不愉快そうに吐き捨てた。


「ふん、惜しくなったのだろうよ。愚かしい事だ」

「というと?」


長子の疑問に皇帝は愉快そうに口の端を釣り上げだ。


「アザール・ヴィガの妻はカルタム王の妃だ」


カルタム王は数年前、今は亡国となったシェル国から、まだ13歳の幼い姫を娶る。しかし、自らの希望で婚姻を結んだにも関わらず姫を冷遇。結婚式当日から、まともな侍女も付けず、後宮に放置。


幼いながらも賢い姫は、早々にカルタム王を見限る。祖国の伯父に連絡を取り、亡命の準備を開始。姫は祖国でも冷遇を受けており、帰国する事は選択肢になかった。伯父の公爵も亡き妹を踏み躙るような振る舞いをする、シェル王と民に見切りを付けており、祖国を捨て、他国で地盤固めを開始。それが商業国家イヴィヤであった。


「そして、婚姻から3年後、秘密裏に亡命が成功し、姫君も伯父の元へと海を渡ったという訳だ。カルタムは表向き王妃は病で伏せってる事にしてるがな」

「美しく成長した姫が惜しくなったという事ですか?父上」

「ああ。だが、アザール・ヴィガの妻が己の妃だと気付いてはいないようだ」

「確かに、同一人物だと分かっているなら、アザール・ヴィガに妃を誘拐されたと言うでしょうしね」


愚かな事にカルタム王は、かつて冷遇していた妻を求めて戦争を起こしたという事に気付いていない。


「……よくご存知ですね」


黙って聞いていたフェルディナンドは思わず口を開いた。自分はイヴィヤまで出向いたが、戦争の引き金が“アザールの妻”である事しか掴めていなかった。


「姫の伯父のカリム・レイという男が中々の切れ者でなルヴァラン(うち)に引き込みたくて何度か接触していたのだ」


断られてしまったのだがなと、さほど残念そうでもない風に皇帝は言う。


「もう貴族は懲り懲りだそうだ。まあ、いくつか貸しを作ってやったから、今後も良い付き合いが出来るだろう」

「何年か前に極秘でカルタムに神官を派遣しろと仰ってましたけど、それですか?」


海洋国家は“婚姻の絆”を結ぶ習慣がある。姫君とカルタム王の絆の解除のために優秀な神官を遣わしたのだろう。皇太子の質問に皇帝は再び口の端を釣り上げる。


「それだけではないがな」


ちくしょうめと、フェルディナンドは悔しさ噛み締める。この父と兄は自分より遥か先を歩んでいる。しかし第二皇子フェルディナンドは心の奥底では誇らしく思うのだ。


今回の訪問で、フェルディナンドはアザールと親交を深め、当初の予定通り東方貿易に強いイヴィヤとのコネクションをつくった。可愛い妹に珍しい土産物も大量に買い付けたし満足していたが、情報収集については今後の課題とする。この父と兄にいつか必ず追い付いてやるのだ。


そして、イヴィヤとカルタムが開戦した。


が……


「嘘だろう」


船上でアザール・ヴィガは呟いた。


「弱過ぎですねー」


乾いた笑いを浮かべつつ、そう答えたのは乳兄弟の男だ。


確かにフィラから聞いていた。カルタムの貴族は戦いを知らない。魔物討伐でも冒険者のパーティーのリーダー同士が集まり作戦を立て、実際に動くのも冒険者達だった。カルタム警備隊は後ろの方で見学しているだけだと。見てるだけなのに、何故か国の守護者ヅラしていて滑稽だと。


それにしても、ここまで戦術なしで向かってくるとは思わなかった。ただ、闇雲に突っ込んでくるので、とんでもない隠し玉でもあるのかと勘繰っていた自分が愚かしい。


アザールの視線の先には、カルタムの国旗を掲げたマストが沈んでゆくのが見える。船はバラバラになり、船員達は皆、海に投げ出された。


「卑怯だぞ!」


海の中からカルタム王が叫んでいる。


「どこがだ?」


こちらとしては、真っ直ぐに進んでくるので、魔術師にマストを攻撃するよう言っただけだ。「うそ、防御魔術とか展開してなかったの?」と逆にウチの魔術師が驚いてたぞ。


「側近の男がいたら、少しは違ったのかもしれませんね」


乳兄弟の言葉にアザールは、条約の話し合いの際、カルタム王ではなく、側近の男が殆ど話していた事を思い出す。あの時は、カルタムにもまともに交渉の出来る人材がいたのかと少し感心した。


あの側近の男は開戦に反対したため、暇を出されてしまったらしい。常識人を切り捨てるとは愚かな事だ。


カルタムの船はもう全て再起不能だ。この海域に取り残さられれば、陸に戻るには奇跡を願うしかない。


カルタム港へと船を進ませようとした時、敗戦国の王が何やら叫んでいる。


「私のフィラを渡せ!」

「ああ?テメェのフィラじゃねぇ!」


アザールがその辺にある酒瓶などを投げ始めたので、乳兄弟はそっと肩に手を置いた。嫁の事になると、途端に気が短くなるのだ、我が国の代表は。


「ぶち殺すぞ!」

「アザール様、素が出てますよー。柄悪いのバレますよー」


イヴィヤは超特急で勝利を納め、カルタムを手に入れた。妻の元夫を鮫の出る海域に置き去りにし、アザール達はカルタム港へと向かう。


カルタム港へ到着すると、街の住民が集まっている様子が見てとれた。


「平民ばかりのようだな」


貴族どころか、兵士の姿も見えない。いるのは非戦闘員と分かる住民と冒険者風の集団だ。


「この国の代表者はいるか?」


港に降り立ちアザールは尋ねると、住民達は少々ざわついた。


「え、代表?誰?」

「ガインさんは?」

「俺は、事務的なことヘッポコだぞ」

「だよな」

「オイ、コラ。ハッキリ言うな」

「こういうの得意な人っている?」

「ちゃんとしてる人じゃないとね」


しばらく待つと、腹の突き出た若い女が前に進み出た。どう見ても妊婦である。そして、そのすぐ後ろに料理人の格好をした大柄な男が続く。きっと、この女の夫なのであろう。手には巨大なフライパンを持ち、俺の嫁に何かしたらコレでぶん殴るぞという気迫が感じられる。


「エリーと言います。この街のリーダーというわけではありませんが、私がまとめ役としてお話を聞きます」

「念のため確認するが、貴族連中はどうした?」

「カルタム軍敗れたりとの知らせを聞いて、さっさと逃げ出しましたよ。今、この国に残っているのは平民だけです」

「そうか」


国を捨て、民を捨て、誇りも捨て逃亡したか。馬鹿な貴族連中よりも、ここにいる平民達の方が余程愛国心があるのだろうとアザールは考える。


「我々、イヴィヤは無用な争いをするつもりはない」

「はい、こちらも私達に危害を加えないと約束してくれるなら、攻撃はしません」

「話しが早くて助かる」

「税率はイヴィヤの基準に合わせて納めれば良いでしょうか」

「ああ」

「それから、バザールが中央広場で休息日以外は開催されるのですが、引き続き行っても?」

「構わない」

「漁港の使用については後ほど、網元の代表を紹介しますので、改めて話し合いをしてもらえると助かります。それから警備隊の詰め所と寮は今無人なので、そのまま使用できると思いますので使ってください。城の方の中は、清掃や庭の整備を行っていた人間がいるので案内させます。この街のギルドは閉鎖されたままなので、依頼が必要な場合、ウチの店、銀のランプ亭という料理屋で仲介を行っているので冒険者を斡旋出来ます」


恐ろしい程、話し合いがスムーズに進む。そして、エリーの後ろに立つ大柄なコックは、嫁の仕事ぶりを自慢するように、得意げな顔を向けている。


こんなに楽で良いのかと少々驚きつつ、ふと、アザールは気が付いた。


カルタム国の受け渡しの話し合いも終わり、夕暮れも近付いてきた。


「では、これで話しは一旦、終了という事でよろしいでしょうか?」

「ああ、何かあれば銀のランプ亭に遣いを出す」

「お願いします」

「一つ確認するが、君は“ギルド職員のエリー”か?」


アザールは気になっていた事を女に尋ねた。エリーはイヴィヤの代表が自分の経歴を知ってる事を訝しむが正直に答える。


「以前はギルドで勤めていましたが……」

「そうか」


アザールは嫌味な程整った顔を崩すと言った。


「ギルド職員のエリーに会えたら、“フィラ”がよろしく伝えてくれと言っていた」

「フィラが!?」


軍隊を引き連れた男に物怖じしない剛胆な妊婦の顔が、驚愕に溢れた様子を愉快そうに見返すアザールは「フィラ」が自分の妻だと教えたら、どんな反応をするかと想像しつつ、楽しみは後に取っておこうと船に戻る事にした。


「え?フィラ?」

「何でイヴィヤのお偉いさんが知ってるの?」

「もしかして、あの無茶苦茶女泣かしてそうな色男に攫われた?」

「最低!」

「何ぃ?フィラがあの“女は1000人抱きました”みたいなツラした男に誘拐されただとう!」

「許せねぇ!」


イヴィヤ代表の言葉にざわめく住民を見て、アザールの乳兄弟は気が遠くなるような気分になった。中途半端な事言うから街の人に嫌われましたよ。奥方はカルタムの住民に随分と可愛がられていたようだ。


「むしろ、嫁にくびったけなんだけどなぁ」


尻にも敷かれてますよと伝えるべきか迷ってやめた。嫁が好きで好きでたまらない代表が、すぐにフィラをこの街に呼び寄せるのだろうから。


街の住民達がフィラに再会する日はすぐにくるのだ。


こうしてカルタム国という国家は地図から消え、イヴィヤ国の港町の一つとなる。


その港町は「フィラの港」と呼ばれ、イヴィヤの代表と住民達から愛され続ける事となる。

これにて終了です!


乳兄弟「顔が悪いんですよ、顔が」

アザール「このツラで死ぬほどモテてきたわ!」

乳兄弟「そういうとこですってー」

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フィラとエリーが幸せなら問題無し! ところでアザールさん?  「このツラで死ぬほどモテてきたわ!」って、 誰に?
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