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これは正しい婚約破棄  作者: 冬瀬
20/44

蓮丹 6



「じゃあ、いま言った通りで。私は仕事に戻るとするよ」


千影は純忠に説明を終えて立ち上がる。

強引だが、悪霊を引きつける自分の指を彼らに提供することにした。澄香の代わりにしてもらう。

純忠は化け物でも見たような顔で、千影を見ていたが、気にしないことにする。

小指はすでに生え治っていた。


「……感謝する」


瓶に入れられた指を持ちながら、純忠は言葉を絞り出した。


「礼はいらない。あなたも体は大事にしないと、娘さんが悲しむよ」


彼女はそれだけ言うと、闇に紛れていった。




「本当にクサい」


千影は独特な悪霊の匂いに、仕事をする気になれない。

それでも少なくとも悪霊が出てこなくなるか、日が昇るまでは戦わないと、サボりだと思われる。

屋根の上から、地面から湧いてくる悪霊の数を確認し、背負った刀をスラリと抜いた。

悪霊祓いに使う道具は、専門の職人が丹精込めて作っている。

彼女の使うこの刀は、その中でも一級品であった。

月光に照らされて、黒い刃が艶めく。


「やるしかないか」


腰を落としたかと思えば、一瞬で間合いを詰めて地上の獣を蹴散らしていた。





その頃、壱成は倒しても倒してもキリがない悪霊たちに、そろそろ嫌気がさしていた。


(燃やすか)


周囲の状況を確認する。

十時の方向に、榎本の姿を捉えた。

彼の血は悪霊には毒なので、それを塗りつけた暗器で闘っている。


「榎本! ここ一帯全部燃やす!」


壱成は副官であるならば、分かるよな? という意味を込めてそう叫んだ。


「ちょ、待って、くだっ!」


悪霊と戦闘中で制止を叫ぶ榎本を待たず、壱成は正眼の構えを取る。刀に灯る青い炎はボワっと燃え上がった。


「避けたいなら、避けろ」


言葉と一緒に放たれたのは、青炎の斬撃。

それに当たった悪霊は、唸り声をあげて燃えていく。


「うお!」


飛び上がった榎本の足にも斬撃は届くが、燃え移ったりはせず通り過ぎていく。


「大尉! その炎が人に害はないって分かっても、巻き込まないでくださいよ!!」


榎本は壱成に叫んだ。


「だから、避けたければ避けろって言っただろ?」

「……」


(言いながら刀振るってただろ? 全然気にしてなかっただろ?!)


榎本の文句は彼の心中でこだました。

ウォオーーンと、再び雄叫びが聞こえ、壱成はそちらを振り向く。


「まだ出るのか」


走り出すと、少し遅れて榎本もついてくる。


「絶対おかしいですよ、これ!」

「わかってる。だが、とりあえず全部消せ」

「そりゃ、分かってますけど」


うわぁ! と人の叫び声が聞こえて、壱成は自分の体に炎を纏わせ、悪霊を蹴散らしながら速度を上げた。

蓮丹の一員だと思われる男が襲われているのが見えたが、まだ距離がある。


「うああ!!」


(間に合わなッ——)


男の首元に悪霊が飛びかかるのが、ゆっくりに見えた。


ドサリ。


黒い獣が崩れ落ちた。


「はやく結界の中に戻れ」


助けた男にそう言うのは、鳥の面をつけた女。

いつのまにか、悪霊は祓われている。


(速すぎる)


かろうじて、屋根の上から飛び降りてきたのは分かったが、その後の太刀筋は目で追えない速さだった。

彼女は手に黒刀を持ち、襲ってくる敵を淡々と切り裂いている。


「影風……」


彼女に違いなかった。

動きを見れば分かる。本物だ。


面をつけたその女は、壱成の呟きに応じるようにこちらを振り返る。

彼女はぺこりと頭を下げ、次の戦場に向かう。

真香のことで気を遣われたのだと分かった。

壱成はその後を追った。


「緒方かげ、でいいんだよな?」

「ハイ。徳永殿には、真香さまがお世話になっているようで」


落ち着いた声だった。真香の言う通り、声も体も女性にしか見えない。


「……この悪霊たちを、あんたはどう見る?」


襲いかかってくる獣を千影は祓いながら、壱成をちらりと見た。


「あなたはどう考えていらっしゃる?」


逆に質問を返されてしまったが、壱成は素直に答える。


「何かに引き寄せられるようにして、湧いてると思っている」

「強ち間違いではないですね」


千影の言葉に壱成は目を見開く。

彼女はこの事態を理解している、そんな口ぶりだ。


「これはあなたを信頼して言うが、この悪霊は人為的に放たれたものだ」

「……人為的、だと?」


そんなことはあり得ない。

人が悪霊を操るなど前例がないし、あってはならないことだ。

だが、壱成はハッとした。


「まさか」


心当たりが大いにある。


「そのまさか。おかしいと思って、第三支部に邪魔して来たら、こんなものを握ってる女性がいたよ」


千影が取り出したのは、一枚のブロマイドカード。

差し出され、壱成はそれを受け取った。

そこには艶めかしい男——鈴村喜助が。

サインまで入っている。


「なんでも、鈴村喜助にそそのかされて偽の情報を本部に流したそうだ。彼女は変装の名人みたいだからね、案外簡単にいったらしい」


千影はまた一匹、悪霊を祓う。

壱成には寝耳に水の話だ。

いったい、いつこの情報を手に入れたのだろう? 仕事が早いし、行動が的確だ。


ブロマイドを返そうとすると、彼女に首を横に振られる。


「それはあなたが持っていてくれ。それとこれも。たぶん、鈴村喜助が使った憑代だから」


小さな熊のマスコットを、千影は渡す。


「……なぜ?」


彼女が自分にこれらの品を渡すのか、壱成には分かりかねた。


「鈴村喜助を追っていると思っていたんだが、違いましたか?」


面の下の瞳と、目が合った気がした。

図星だったからか、鼓動がひとつ大きく跳ねる。


「ハァ。流石だな。俺の部隊に欲しいくらいだ」


壱成は感嘆のため息と共に、本音も漏らす。


「それは光栄です。塚田を首になったら、是非拾っていただきたい」


(それはないだろうな)


彼女を塚田が手放す訳がないと、壱成はこの数分で理解した。

そして、俄然彼女に興味が湧いたのだった。





長い夜が明けた。

前代未聞の悪霊との戦闘が行われ、事件の究明が急がれた。

純忠たちの証言には、黄権寺にある秘蔵の「神の指」とやらを謎の人物に狙われて、武装して戦いに備えていたらしい。

所持していた武器からして、それは事実だと認められ、祓い人同士の戦闘は免れたわけだが、黒幕の存在がいるのは確か。


壱成は千影からの情報で、第三支部の女に話を聞き出そうとした。

が。

変装の能力者、小島 華梨沙 は行方をくらましていた。

小島は指名手配され、この事件の重要参考人になった。軍は捜査能力が高い祓い人たちを集めて彼女の行方を捜したが、なかなか尻尾を掴めない。

その裏には喜助がいると壱成は睨んでいるが、証拠がないため、千影からもらったブロマイドと熊は彼のデスクにしまわれたまま。


「本当に、“神の指” が目的だったのか?」


報告書を眺めながら、壱成は頭を悩ませていた。

あの指は薬物に浸されており、誰のものか分からない。ただ、塚田のものではないか、というところまでは明らかになっている。

喜助が狙っていたとなれば、それ相応の価値を持つものかと思われたが、指ごときに奴が手を出すのか?そんなものを狙うなら、塚田家の人間を攫うだろう。

塚田真香を見て、喜助は含みのある言葉を壱成に残していった。

嫌な予感がして塚田家に連絡を入れたが、真香は無事だと言われ杞憂に終わった。


(……まだ、何かあるのか?)


自分の知らないことが、まだある。

そこで頭に浮かんだのは面をつけた彼女。

任務が終わって、彼女と話をしたいと姿を探したが、すでに塚田に戻ってしまっていた。

真香の安否確認とともに、彼女と話ができないかと正太郎に申し出たが、遠征に行かせたのでそれは難しいと断られている。


フゥーと、長い息を吐いた。

吾妻の言う通り、彼女にはこちらについて欲しいものだ。まさか、喜助のことを把握しているとは。もっと早くに、接触したかった。


(いくつなんだろうな)


背はちょうど真香と同じくらいだったが、彼女より大人びていた。影風の名前は、六年くらい前にはすでに広まっていたので、ああ見えて同じ歳くらいなのかもしれない。


秘密が多い人物だ。

隠されれば、気になるのが人の心。


あの面の下は、どんな顔をしているのか。

そもそもなぜ、面をつけているのか。

あの身体能力の高さは如何にして身につけられたものなのか。


気になることをあげれば、キリがない。


「——……い、たいい、大尉?」


物思いにふけっていたところ、榎本に呼ばれていることに気がつかなかった。

壱成はハッと、顔を上げる。


「どうした」

「お疲れのようですね。お茶を淹れたのですが。いりませんか?」


部下に心配されるほど、考え込んでいたらしい。喜助が関わっている事件ともあり、根を詰めていたところはあった。

相手は鈴村財閥の息子。

確実な証拠を用意しなければ、揉み消される。

それが、悪霊を使って犯罪を犯しているともなれば、証明が難しい。


小島華梨沙を見つけて、関係を自供させることができれば、事態は進展する。


壱成はどうしても、彼女を見つけたかった。


「もらう。ありがとう」


吾妻にも「息抜きは大事だ」とよく言われる壱成。榎本からカップを受け取る。


明後日には、塚田真香も戻ってくる。

正太郎の目もあるので、何か動かないと不味いかもしれない。


(代わりに影風を寄越してくれればな……)


真香が千影で、千影が影風だと知らない彼は、すでに叶っている願いを心の中で呟くのであった。





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