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第0話 「校正眼」を身につけよう!

「ああああああああ尊い!!!!!!!!!」


「書斎」と呼ばれている作業部屋から,虎の咆哮が聞こえてくる。そういえば最近,あまりあそこから叫び声がが聞こえてくることはなかった。久しぶりに,いい作品をみつけたのかもしれない。


「どうしたの,綾部(あやべ)さん。そんなに大声出しちゃって」

水無川(みながわ)ぁ……。やっと見つけたぜ,未来のスター作家……!」


 部屋に入った僕を両手でつかむとそのまま本棚に叩きつけ,綾部さんが鼻息を鳴らしながら身体をぷるぷる震わせていた。興奮のあまり目が血走っている。


「いたい,いたいから!腕折れる!」

「あ,すまん!あまりに嬉しかったから,つい」


 綾部さんはあわてて僕から手を離すと,つかんでいた二の腕のあたりをさすってくれる。


「で?そんなにいい作品だったの?」

「おう!こないだ持ち込みがあった小説なんだけどな,キャラの描き分けもはっきりしてるし,ストーリー構成も伏線の張り方・回収の仕方も完璧でな。これなら自信持って編集長に持っていけそうだぜ」


 自分で書いたわけでもないのに,なぜか綾部さんはとても自慢げだ。手に持った原稿を見返してはうんうんとうなずき,にまにまと笑みを浮かべている。ちょっと気持ち悪い。


「ただ」


 と思ったら,今度は綾部さんの表情が少し曇った。困ったように頭をかいて,原稿を見つめている。


「ただ?」

「この原稿,誤字・脱字が結構あるんだよなあ」


 そう言って,綾部さんは僕に原稿の束を渡す。確かに流し読みをした原稿には,1枚につき2〜3箇所は赤ペンでちょこちょこと修正が入っていた。


「なるほどねえ。でも,そういうのをみつけるのって編集者の仕事でしょ?」

「まあなあ。小説を評価するうえでまず大事なのは『ストーリーや登場人物が魅力的かどうか』だが,小説を書く全員に最初から編集者がついているわけじゃねえ。同人誌を出したり,文学賞に応募したり,原稿の持ち込みをするときだって,自分の原稿の確認はほとんど自分でする必要がある。水無川だって,『読んで,感想を教えて!』って渡された小説がのっけから誤字だらけだったら,だんだん読む気をなくしていくだろ?」

「まあ……たしかに,そうかも」


 ああ,ここもかと言いながら,綾部さんは赤ペンで原稿に修正を書き足していく。


「誤字・脱字が多少あっても,ちゃんと面白ければ評価はされるが……そんなものは()()()()()()()()()()。『誤字・脱字や表現の齟齬なく作品を書ける』ってのは,評価される以前に,まず作品を読んでもらうためには大事な観点なんだよ」

「ふうん。そういうもんなのかあ」


 自分も綾部さんに半ば強制的に勧められて,大学生になってから少しずつ本を読むようになった。読むといっても大抵はライトノベルで,小難しそうな昔の小説はほとんど読んだことはない。長い文章を読むのがそもそも苦手な自分だから,文章自体が読みづらかったり,文字が間違っていたら,きっと読み終わる前に苦しくなって読むのを諦めてしまうかもしれないなあ,と思った。


「そうだ。水無川,いまバイトって何もしてなかったよな?」

「うん?まあ,特にしてないけど……それが?」


 綾部さんはにっと笑うと,その手で直していた原稿をこちらに突き出してくる。


「校正のバイト,やってみねえか」

「えっ」


 いやいやいや。なんでそうなるの。


「だって僕,そんな文を書く才能とかないし」

「校正ってのは文章をチェックする仕事だから,小説家みたいな才能は要らねえの。ルールに沿っているかだけチェックすりゃあいい」


 僕はふたたび本棚の方に追い詰められていく。

 一歩,また一歩。そんなに広くない部屋だから,二歩後ずさってしまえばもう後ろは本の壁だ。


「そんなっ,いきなりやれって言われたってできないよ!」

「やり方とかコツは俺が教えてやっから!あ,それに」


 僕を追い詰めた綾部さんは,僕の肩を抱えると目の前でにやりと笑う。


「代わりに買ってやった新しいゲーム機の代金,まだ払ってもらってねえよな?」

「……よろこんでお仕事させていただきます…………」


 そんなこんなで僕,水無川(みながわ) (よい)は,ひよっこ校正者として修行を始めるハメになるのでした。

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