第二章 97 未来は有明と共に 1
小さくなっていく爆煙を眺めるステンレスの横にシェネントハープが立つ。もう一つ石を握りしめたまま爆発が弱まっていく光景を見ている祖の神に静かに問う。
「あれで殺せたと思うか?無事、四股散散ってさ」
「ほぼ間違いなく死んでいないな。奴は祖の神で最も生存に長けているという事実だけ知ってはいる…そんな奴がどう考えてもあの爆発程度で命を散らす訳がない。正直あの男がどんな能力を扱うのか詳しく知らないが…これからの戦闘光景を何度思い浮かべても勝てる未来が見えない。」
「でも戦わなきゃいけないんだよな?」
「当たり前だろう、お前の頭に脳味噌は詰まっているのか?お前のその問いはどう考えても不必要だろう。そんな下らない問答を広げていくより有意義に打開策を黙々と練っている方が数倍利口だぞ。」
「…お前きっついな。」
そんなやり取りをしていると案の定爆煙から人影がゆっくりと現れる。遠くから見る限りでは目立ったケガは一切ない。
「ようは近づけさせなければいいんだ。また距離を詰めてこようとしてきたら迎撃すればいい。アラドールにさえ辿り着ければなんとでもなる。」
「…それはそうだが、追いかけてくる処か向かってくる気配すらないぞ。立ち尽くしている。」
「…」
ステンレスと共にシェネントハープは目を細くして小さくなっていくボルボロスの動きを凝視する。煙幕にうまく隠れて動きがとびとびになってはいるが奴が何かをしようとしていることは分かった。
「…いや…向かってくるんじゃない…何かをしている!!迎撃に対する何かを!しようとしているんだ!くるぞ!あいつの未知の能力による攻撃がッ!」
「馬鹿野郎!!よく見ろ、あいつ思いっきり腕を振り被ってんじゃねーか!!投擲してんだ!ステンレスーー撃ち落とせェーーーーーッ!!」
月明かりすら雲に隠れて真っ暗闇の中、炎上する線路に照らされたボルボロスの姿はどうにか視認することはできたとしても、投げられた土塊が今、どの辺を飛んでいるかなんて分かりようがないのだ。だがしかし投げない訳にもいかない。
「耳を塞げ!!」
ステンレスがそう叫ぶとすぐさまハープは耳を塞ぎ、世界は歪み、捻じ曲がる。広い荒野では然程意味を為さない音爆弾による探知能力だが、こちらに向けて放たれた剛速球の速度を図るのにはそれで十分だった。巧くタイミングを完璧に合わせて投石し、見事に土塊を撃墜する。
「遠退いていない…」
「…?」
「列車は依然変わりなく走り続けているというのに距離が離れていない。それどころか近づいている…」
「まじかよ…?」
ステンレスの指摘通り線路をなぞって遠くを見るともう最初に車を大破させた場所からかなり遠ざかった筈なのに、しっかりと確認できる。雲が流れ、夜を埋め尽くす淡い星々と月の光に照らされているボルボロスの姿が。しかも今度は完璧にどういう動きをしているのか把握できるほど近くにいるのだ。
大きな鉄球に鎖をつけ、その場で回り、ハンマー投げの如く、こちらへ向けて飛ばすのだ。その間にも列車は進み続ける。撃ち落とさずとも届くわけがなかった。だが、撃ち落とさなかったという選択肢は結果的に最悪だったのかもしれない。
列車に届かなかったが相当近くまで投げられ地面へと激突した鉄球型の土塊が崩れ、そこから人型が形成された。そしてそれ以前にいたボルボロスは姿を消し、人型は骨格やら筋肉量やら容姿を含めボルボロスとまったくの同一人物へと変貌する。
そして奴は同じことを繰り返す。今度はハッキリと、地面の土を抉ってバレーボールサイズの土塊と土を変形させて鎖を作り、それを合わせ、ハンマー投げのフォームで列車へ向けて投げるのだ。
ここまでで言うのならばもはや手遅れでステンレスはボルボロスへの攻撃の手を緩めてはならなかったのだ。奴に攻撃の時間が与えられた瞬間、戦況は幾らでもひっくり返される。仕組みは分からない、だが、これがボルボロスの能力なのだ。
もう2度、それが繰り返されるとボルボロスは列車に辿り着いた。列車の壁に当たった土が崩れてそれが人の手首の形に変化し、そこからボルボロスの全身が形成されたのだ。
「能力者の相手は何時の時代も手を焼いたものだ、如何なる能力も初見で対するのは厄介なモノだ、侮るとすぐ足元を掬われるからな。」
「まぁ、どのみちこう…相対するとは思ってはいたがな…ボルボロス。」
最後尾の車両の中にはシェネントハープの姿はなく、ステンレスのみだった。もう一人の小僧はどこにいるかと問う前に列車はスピードを緩め、やがて止まる準備を始める。
「ほう、なるほどな。お前を残し、列車を切り離すとはな…あぁ、お前が生け贄となるのか。ははは、祖の神なのに哀れなり、だな。我輩に跪き、忠誠を誓うというのなら味方に加えてやっても構わんぞ。同じ祖の神のよしみだ。この世界を気に入っているんだろう?」
「悪いが、こんな世界を一度たりとも想ったことはない。むしろ滅べばよろしいと思ってる位だ。当然貴様などの下につくつもりなぞない。天秤にすら乗る資格もない。」
「はぁ。随分くだらないことにねっちょになってんのかい」
「お互い様だね、貴様こそ自己肯定感に浸る為に虐殺行為を繰り返すのをやめた方がいい。ハッキリ言って気色が悪いんだよ、臆病者のボルボロ――――――――――」
名を言い切る前に腹を貫かれる。よほど臆病者と呼ばれるのが気に入らないのか顔面額の近くに血管が浮き出るほど強い怒りを露わにした。
「本祖ごときが舐めた口を利きやがって。底辺のゴミ程度が偉そうに」
「…お前だって本祖なんだろ…だからこんな所にいるのさ…違うか…?」
「貴様と同列に並べるな。貴様は他人から半ば強制的に、我輩は自ら本祖となったのだ。」
「…そうかい、そういうことか。『臆病者』って意味を…ようやく理解したよ…それは…ご苦労なことだ」
ステンレスが最大限の皮肉を言うとボルボロスはそれ以上何も言わず、ステンレスの腹から手を抜いた。そうして棒状の土で四股を切り飛ばし、残り滓を風穴の空いた腹に捨てるとステンレスは急に苦しみ、悶え始めて暴れだす。
「死ねぬのならそうやって悶え、罪の分だけ苦痛を伴うといい。」
そう言い残して止まった車両から出て、まだ進み続ける列車を見つめ、再び土を両手一杯に掬い上げた。




