3 メイとカイト、テオとレイヤ
部屋に入った瞬間、ヒリヒリとした空気に思わずレイヤは身構えた。
「……ッ!」
本能的に喉が鳴る。レイヤの直感が、最大級の警鐘を鳴らしていた。
視線を走らせれば、部屋の中央でメイとテオが至近距離で睨み合っている。
「メイさんと……テオ?」
想定外の光景に、レイヤの頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
あの二人がここまでやり合うなど、普通じゃない。
困惑して首を傾げたその時、視界の端に「金髪」が入り込んだ。
「わぁっ! 居たのかよ!」
思わず声を荒らげる。
そこには、この世のものとは思えないほど整った美貌の男、カイトが、まるで背景の一部になったかのように「無」の表情で立ち尽くしていた。
「カイトさん、あれ、何?」
レイヤが恐る恐る尋ねると、カイトはピクリとも動かず、口を真一文字に結んだまま虚空を見つめた。
「……俺には、何も聞こえない」
「え、何それ……」
レイヤが首をかしげた直後、メイの怒鳴り声が部屋を震わせた。
「カイトの方が良いに決まっている! あの包容力と指先の使い方が分からないお前は、一生情報の海に溺れてろ!!」
「はぁぁ!? メイさんは趣味がおかしいんですよ! 筋肉もねぇ、喧嘩も弱ぇ、ただの顔が良いだけの男に、みっともなく縋り付いて腰砕けになってるくせに!!」
間髪入れずにテオが噛み付く。
「テオ、お前こそすっかりあんな生意気なガキに骨抜きにされやがって! 年下の青臭い男のどこにそんな価値があるんだよ!」
「はぁぁ!? レイヤのあの食いつきの良さが分かんねぇなんて、可哀想だな!だいたい骨抜きなのはどっちですか!? 触られただけで立てなくなるほど溺れてるのは、メイさんだろうが!!」
レイヤの顔から、すとんと表情が抜け落ちた。
「……なにあれ」
「知らないよ。もう一時間くらい、ずっとこれだ」
カイトが死んだような目で淡々と答える。
「なんだよそれ!帰る。馬鹿馬鹿しい」
レイヤが踵を返そうとしたその時、罵り合う二人の目が同時に彼へ向けられた。
「待て、レイヤ! お前からも言ってやれ! 俺とテオ、どっちの方がまともな男と付き合ってるか!」
「レイヤ! お前、この俺が『年下の青臭い男』に骨抜きにされた無能扱いされてんだぞ!?メイさんに、一発かましてやれ!」
「っ……!!」
レイヤはカイトを振り返ったが、彼はすでに精神を宇宙へと飛ばしており、助けは期待できそうにない。
テオの赤い瞳とメイの鋭い眼光が、今度は獲物を追い詰めるようにレイヤを射抜く。
「……俺に振るなよ。どっちもどっちだろ」
レイヤは吐き捨てたが、テオの「レイヤの食い付きの良さ」という言葉が耳に残って離れない。顔に熱が集まる。
「テオ……。お前、人前で何言ってんだよ……」
「事実だろ? ほら、こいつのこういうウブなところが、カイトさんの『澄まし顔』より百倍マシだって言ってんだ!」
「はぁぁ!? カイトの澄まし顔から漏れ出る大人の色気をお前は――」
「あー! もういい! うるせぇ!!」
レイヤは耐えかねてテオの腕を掴み、強引に部屋の外へと引きずり出した。
「行くぞ、テオ! これ以上メイさんといると、俺まで頭がおかしくなる!」
「待てよレイヤ、俺はまだ言い足りないことが……」
「いいから来い!!」
背後でメイが「逃げるのかテオ!」と叫ぶ声と、カイトが「……やっと終わった?」と小さく呟く声が聞こえた。
外に出ると、夕方の風が、火照った頬にちょうどいい。
テオはレイヤに引かれるまま歩きながら、まだ不服そうに口を尖らせている。
「……何だよ。俺はレイヤの良さを分からせてやろうとしただけなのに」
「あの状況でそれを言うのは、ただの公開処刑なんだよ、このバカ!」
レイヤが足を止め、真っ赤な顔で睨みつける。
テオは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべる。
「……そんなに怒んなよ。メイさんへの嫌味は本当だけど、お前に惚れてるってのは、もっと本当なんだからさ」
レイヤの腰を引き寄せて耳元で囁いた。
「っ……、……死ね、テオ」
「はは、死なねーよ。お前を置いてくわけねぇだろ」
「……結局、勝てねぇし」
レイヤは諦め混じりの熱い溜息を吐いた。




