第47話-A 高校1年生 ~ずっと続けばいいのに~
昼食後、座敷で話していると、おばあさんが冷たい緑茶とお茶菓子を出してくれた。
「はい、どうぞ」
ガラスの湯のみの中で、淡い緑色が静かに揺れている。
一口飲むと、さっぱりとした苦みが口の中に広がった。
そして、お茶菓子は冷やしたわらびもち。
ガラスの器に入って、きなこがふんわりとかかっている。
横には小さな器に黒蜜。
「わぁ……」
桂花が少し嬉しそうに声を上げる。
「ありがとうございます」
おばあさんは二人を見て微笑んだ。
「いいわね、二人は学校が別々になっても、お話しすることがあるのね」
「うん。けど、おばあちゃんだって、友達とずっと話してるじゃん」
由奈は笑いながら言った。
「ふふ。そうね」
おばあさんは笑いながら台所へ戻っていった。
由奈はわらびもちを口に運びながら言った。
「ねぇ、異世界に行くと、訓練から始まるでしょ」
桂花は少し顔をしかめた。
「うん……。最近、運動なんてしてないからきっつそうだな……。もともと運動好きじゃないし」
由奈が苦笑した。
「まぁ、苦手なことをやれって言われたら、つらいよね」
「うんうん」
桂花が何回も首を縦に振った。
由奈が気を取り直したように言った。
「役割さ、希望制じゃなくて、適性で決まるんだよね」
「うん。みんな、何が向いてるんだろう?
……古山くんはなんでもできそうだよね。
運動神経を活かした方が良さそうかなって思うけど」
「そうだね。でも、由奈もそんな感じじゃん。勉強できるし、体育も苦手じゃないし」
「いやいや、私はなんでもそこそこだよ」
「そんなことないって。
私なんて運動は苦手だし勉強も好きじゃない。
……でも、黒魔術には興味あるな」
「あはは。桂花に黒魔術似合ってると思うよ。なんか、ミステリアスな感じで」
「そう?ありがとう。
私も古山も、イメージ、だいたい合ってると思わない?
……じゃあ、高野は?」
「高野くんか……」
「高野の特徴……。
性格が明るくて見た目がいいから女子に人気がある」
「……まぁ、そうだね」
「けど、古山ほど運動神経いいイメージないし、勉強は好きじゃないよね」
「……そうだね」
「適性って、どう決まるかわからないけど、得意か苦手かって関係ありそうだよね?」
それを聞いて、由奈は頷いた。
桂花はお茶を一口飲んで続けた。
「私も勉強は好きじゃないけど、魔術師って本は読まないといけないイメージあるじゃん?
だから、どうしても必要なら読むつもりはあるよ。
でも、高野は、私よりも本読むの苦手そうだもんなー」
「じゃ、高野くんは戦士とか武闘家とか……魔法使わない役割?」
「うーん、どっちかと言えばそっちの方がよさそう?
でも、それも、あんまりしっくりこないよね」
「はは、そうだよね。高野くん、何が合ってるんだろうね」
由奈はそう言ってから少し間を空けて言った。
「……まぁ、私だって何も合わない気がするけどね」
「いや、由奈はむしろ、いろんなことに向いてそうだよ」
「そうかな……。
何も向いてない可能性もあるよ。
桂花みたいに興味あることもないし」
「そんなの、なくてもいいじゃん。
どうせ、思うようにはいかないだろうしね」
桂花がちょっと肩をすくめた。
「うん、そうだね」
由奈も笑った。
桂花が斜め上を見て言った。
「今、話してて思ったけどさ」
「うん」
「高野って……、普通だよね」
「普通?」
由奈は少しだけ首をかしげた。
「うん。高野って普通なんだなって思った。
小学生の頃は目立ってて、みんなに囲まれてて。
クラスでの影響力大きくて、一軍て感じしたけどさ。
……こういうとき、そういうの、あんまり関係ないんじゃないかなって、ちょっと思った」
桂花は湯のみを両手で持って、由奈を見た。
由奈は視線を落として、ほんの少し考える。
「……うん、そう言われれば、そうかもね」
そう言いながらも、どこか引っかかっているような顔だった。
そのとき、二人同時にLINEの通知が入った。
晴基
「12日、集まれる?」
由奈が顔を上げながら言った。
「12日か。魔法陣の続きを描くためだよね?
もう、ほんとに直前だねー」
「そりゃ、集まれるけど。考えると落ち着かないね」
それぞれ、OKの返事を書いて送った。
「やばいね。ほんと迫ってきた感じする」
「うん」
「今みたいに過ごしてると、行きたくなくなるね」
「うん。あんまり考えないようにしてたけど、今日は特にそう思っちゃう。
……このままでいたいなって」
「私も。自分の家にいたくないって思っちゃうときあるけど、異世界に行くのも怖いなって思っちゃう。
……由奈がいなかったら無理かも」
「私もそう。桂花がいるから、“行かない”って言わずにいられるだけかも」
沈黙。
「……とにかくさ、行くしかないから。あんまり考えすぎないようにしよ」
「うん。
……男子は今頃何してるんだろうねぇ」
「うーん、昼寝とかじゃない?」
「えー、そんなに余裕なの?」
少し遅れて、二人は顔を見合わせて笑った。
そのとき、襖が開いた。
「ねぇ、桂花ちゃん」
由奈の弟が顔を覗かせた。
「ゲームやらない?」
「あっ、葉太くん、こんにちは。
ゲーム?いいよ」
桂花が小さく微笑んだ。
「やった。あっちでやり方教えてあげる」
「うん、わかった」
三人で居間に移動すると、テレビにはゲーム画面が映っていた。
「これね、こうやってジャンプして――」
葉太がコントローラーを握りながら説明する。
「え、ちょっと待って、早い」
「だいじょうぶだよ、すぐ慣れるって」
桂花は最初こそ戸惑っていたが、すぐにコツをつかんで操作し始めた。
「うまいじゃん、桂花ちゃん」
「でしょ?」
少し得意そうに笑う。
「え、今のずるくない?」
「ずるくないって!」
そんなやりとりが続いて、自然と笑い声が増えていく。
由奈はその様子を見ながら、ソファにもたれて少しだけ目を細めた。
気づけば、窓の外の光がやわらいでいた。
さっきまで白く眩しかった庭が、少しずつ影を帯びていく。
「もうこんな時間?
葉太くんと遊んでると、あっという間」
桂花が画面から目を離して言った。
そのとき、勝手口の方で音がした。
「ただいまー」
母親の声が聞こえる。
「桂花ちゃん、いらっしゃい。
あ、葉太、遊んでもらってるのね」
「おかえりなさい」
「お邪魔してます。今日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ、ありがとう。
晩御飯もおばあちゃんのところで食べてね。お風呂はこっちで入ってね」
「はーい」
しばらくゲームを続けていると、また母親から声がかかる。
「晩御飯、できたみたいよ」
「はーい」
「じゃ、ごはんに行くね」
桂花は葉太に手を振った。
二人は立ち上がり、祖父母の家の座敷へ戻った。
座敷に入ると、食卓には夕飯が並んでいた。
揚げたての唐揚げの香りがふわっと広がる。
「うわ、いい匂い」
桂花が思わず声を漏らした。
ポテトサラダに、味噌汁、夏野菜の浅漬け。
「いつもと同じようなものだけどね」
おばあさんが穏やかな笑顔で言った。
「おばあちゃん、ありがとう。美味しそう」
由奈は嬉しそうにテーブルを見回した。
「いただきます」
二人で手を合わせて、箸を取る。
「この唐揚げ、おいしい」
「うん」
「ポテサラもいい感じ」
さっきの重たい空気はなく、また自然に笑い合う。
食後、食器を下げに行くと、祖父母の家の台所では由奈の父親と祖父が晩酌をしていた。
母親も葉太もいる。
今夜は、みんなここで晩御飯をもらっているようだ。
「こんばんは」
桂花が軽く頭を下げた。
「おう、いらっしゃい」
やわらかく返される声。
母親が立ち上がってアイスもなかを差し出した。
「はい、デザート」
「ありがとう」
おばあさんが温かいお茶を用意してくれた。
由奈と桂花は座敷に戻り、また向かい合って座った。
台所の賑やかさがここまで伝わってくる。
湯のみから立ち上る湯気が、ゆっくりと揺れている。
由奈はアイスもなかを頬張って満足そうにしている。
桂花は半分に割ったアイスもなかを見つめた。
(……こんな時間、ずっと続けばいいのに)
そう思ったけれど、口には出さなかった。




