第42話-C 高校1年生 ~とりあえず、そんな感じで~
健斗は足早に帰宅した。
夜の空気は少しひんやりしていたのに、歩いているうちに体が熱を持っていくのが分かった。
背中にじわっと汗がにじむ。
呼吸が少し荒い。
玄関を開けた瞬間、こもった空気に包まれて、余計に体の熱さを感じた。
挨拶もそこそこにシャワーを浴びて部屋へ入り、ベッドに腰を下ろす。
次々と、モヤモヤした考えが浮かんできた。
(やっぱ、行かなきゃよかった)
時間の無駄だった。
あいつらが楽しそうにしてただけだ。
ため息をつく。
(四人で行けなくなった時点でやめればよかったのに)
小藤さんが春日を見たいって言ったから付き合っただけだし。
それに、由奈も――
なんか、別人みたいだった。
関わりづらかった。
普段なら、ああいう場でも話に入れる。
でも今日は、その気になれなかった。
(それに……感じ悪かった)
由奈が俺の顔見て、謝ったみたいになって。
それを、春日がフォローしたみたいになって。
(……なんであんなことしたんだよ)
健斗は顔をしかめる。
(春日も、あの場であんなこと言うか、普通)
言い慣れてるんだろうな。
女子はああいうの好きだろうし。
みんな、春日を褒めてて。
あのときの空気を思い出して、さらに眉をひそめた。
(由奈も――)
俺のときはああだこうだ言って聞こうとしないくせに、
春日に「かわいい」って言われたときは、黙って聞いてた。
……ほんと、感じ悪い。
友達の陰に隠れるようにした由奈の姿が浮かぶ。
胸の奥が、じわっとムカついた。
(……別に、どうでもいいし)
――そこで一度、思考が途切れた。
水を飲む。
喉の奥に、何か引っかかる。
(……俺だって、思ってたのに)
浴衣、似合うって。
かわいいって。
言いたかったのに。
春日があんなにはっきり言ったから、何も言えなかったんだ。
――中二のとき。
『由奈も似合いそうだけどなぁ』
ふと思い出す。
(……覚えてないよな、あんなの)
由奈は、ガラじゃないって言ってた。
(……別にいいけど)
春日と付き合えばいい。
春日、変な趣味してるよな。
あいつと付き合いたい女子なんて、いっぱいいるはずなのに、わざわざ由奈を選ぶなんて。
由奈、からかわれてるんじゃねーの?
……いや――
そんなこと、ないか。
あいつら、そういうこと適当にするタイプじゃないんだろ。
そこで、ふっと考えが止まる。
(……じゃあ、普通にあり得るのか)
窓の外に目をやる。
外はもうすっかり暗くなっていた。
街灯の明かりが、ぼんやりと道路を照らしている。
春日は由奈を送る気がする。
あの人の多さと、あの暗さだ。
一人で帰らせるはずがない。
そのまま――
二人きりになったら――
(……付き合わない?とか言うのかよ)
小さく舌打ちしそうになる。
(……別に、どうでもいいし)
俺には関係ない。
――そのとき、スマホが震えた。
反射的に画面を見る。
一瞬、期待する。
でも、
晴基だった。
『なんか、元気なかったけどだいじょうぶか?』
(……別に)
由奈から来るわけない。
今頃、楽しんでる。
わかってる。
わかってるのに、
なんで、期待したんだよ。
スマホをベッドに放り投げる。
……すぐに、手を伸ばして返信した。
その晩、健斗はあまりよく眠れなかった。
同じ考えが頭を巡っては、それを打ち消した。
でも、また揺り返して、戻ってくる。
――翌日。
一日中、モヤモヤしていた。
テレビを見ても、ゲームをしても、落ち着かない。
スマホを何度か見たが、通知はなかった。
――その夜。
ベッドの上で、明日のことを考える。
……どうせ、いつも通りだろ。
由奈は、普通に話してくる。
何もなかったみたいに。
どうせ、俺が気にしてるだけだ。
……それでいいし。
目を閉じかけて、ふと浮かぶ。
春日、すげぇもんな。
ああいうやつなら、
由奈が好きになってもおかしくない。
……別に。
俺には関係ないし。
高校も違うし。
ぼんやり天井を見る。
由奈が春日と並んでたのを思い出す。
――そのうち、付き合うのかもな。
そのとき、
ふっと別の考えが浮かんだ。
……俺も、誰かと付き合えばいいか。
そう思った瞬間、
少しだけ、気が楽になった。
夏休み前、告白してきた子たち――
顔も名前もちゃんと覚えてない。
(……ろくに話したこともないのに告白してくるとか、意味わかんねーって思ってたのに。
その子たちでいいやって思ってるなんて……)
自分で思って、少し眉をひそめる。
(……でも、今よりはマシかもな)
誰かと適当に付き合って、
どっか行って、
それなりに楽しく過ごせば――
このモヤモヤも、なくなるかもしれない。
そしたら、
由奈のことも、どうでもよくなるだろ。
……いや。
異世界行ったら、結局会うのか。
(……じゃあ意味ねーか)
小さく息を吐く。
(……はぁ)
それなら――
どうせなら、
由奈に聞いてみるか。
付き合う?って。
冗談っぽくなら、
いける気もする。
……いや。
そんなことして、
変な空気になったら終わりだ。
でも――
うまくいったら、
普通に楽しいよな。
異世界行ったら、
春日いねーし。
今みたいに二人で話して、一緒に過ごして。
……それだけでもいい。
由奈に聞いて、
ダメそうなら「冗談だ」って言って、
それで他の子と付き合えばいい。
……それでいいや。
明日になれば、わかる。
由奈が――どうするか。
もし何かあったなら、
別に――
俺も、適当にやればいい。
(……まぁ)
(……そんな感じでいいだろ)
そこまで考えて、
ようやく、肩の力が抜けた感じがした。
まだ少し引っかかるものはあるけど、
さっきまでよりは、ずっと楽だった。
健斗はそのままゆっくりと目を閉じた。
さっきまでのざわつきが、少しずつ遠のいていく。
そのまま眠っていた。




