第6話 クラスでの立場
このクラスが始まった頃、みんなの目には、松原華恵は明るく話し好きな子に見えていた。
他人をよく褒めるし、話を聞くのもうまい。
莉乃も話すうちに仲良くなり、気付けば休み時間にはくだらないやりとりをして一緒に大笑いしていた。
莉乃は由奈と華恵が話しているのも見たことがあった。
華恵が、
「佐山さんて、勉強できるよね。いつもどんなふうに勉強しているの?」
そう言って由奈のことを褒めているのを聞いた。
(松原さんも、由奈のこと、すごいって思ってるんだ)
少し苛立ちを感じながら、そんなふうに思ったことを記憶している。
そして、いつのまにか、華恵の周りには明るい女子、華恵がよく声をかけていた女子、少し大人っぽい女子、などが集まるようになった。
――そこがクラスの女子の中心となった。
莉乃もそこに入っていた。
しかし、しばらくすると、華恵は少しずつ違う顔を見せ始めた。
華恵は先生とよく話している女子の文句を言うようになった。
もちろん、本人に面と向かってではなく自分の周りにいる女子たちと陰口を言った。
華恵は何でも自分が一番になれないと気に入らない子だというのがだんだんとわかってきた。
自分以外の子が先生に褒められて、みんながそれに感心するのも気に入らない。
華恵は負けず嫌いで努力家だが、すべてが一番というわけにはいかなかった。
だから、教室の勉強でも体育でも常に他人のことを気にしていた。
誰かに負けるとおどけてみせたが、本心では本気で悔しがっていることが表に出ていた。
由奈はテストの点数で褒められることがよくあった。
それに、由奈はよく周りを見ている子だったので、授業以外の時間にも先生はクラスのことについて由奈の考えを聞いていた。
先生が朝の会などで由奈を褒めながら、由奈の意見や気づきを提案したりすることもあった。
そのとき、莉乃が華恵を見ると少し悔しそうな顔をしていた。
(そのうち、由奈も危ないかも……)
そして、華恵がどんなふうに由奈を攻撃するのか、少し興味が湧いた。
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五年生の二学期に入った頃には、莉乃は健斗のことが気になるようになっていた。
明るくてかっこよくて優しい。
そして、目を奪われる笑顔。
クラスのみんなを笑わせたりして明るくするムードメーカー。
この頃には、他の女子も健斗に興味を持っていることがわかった。
――けど、
莉乃がふとした時に目にする──由奈と話すときの健斗の笑顔。
莉乃がどれだけ面白い話をしても見せてもらえなかった、あの柔らかくて興味津々な表情。
からかうような冗談の応酬、くすぐったそうな笑い声。
他の女子と話しているときも、健斗はそんな表情を見せない気がした。
(なんで由奈なんかと、そんなに楽しそうに話すの?)
莉乃は由奈と話す健斗を見るたびそう思って苛立ちを覚えた。
***
莉乃が思っていたとおり、華恵は由奈を攻撃するようになった。
「いい子ぶってる」
「先生に気に入られている」
「男子とばっかり話す」
「私のことを無視した」
――華恵に目を付けられると、自分が標的になる。
その頃には、華恵の周りにいた女子たちはそういうふうに考えるようになっていた。
だから、華恵の周りはみんなで由奈を攻撃するようになった。
そうすると、華恵の言葉はだんだんエスカレートしていき、周りもそれに乗るようになった。
莉乃も一緒に攻撃した。
莉乃が子どもの頃から知っていた由奈の話をすると、みんなが興味を持って聞いた。
莉乃が由奈との気に入らなかったできごとを話すと、みんなも一緒に由奈の悪口を言った。
その場の雰囲気で、本当は由奈が言っていないことまで盛って言ってしまったこともあった。
由奈が華恵たちに攻撃されるようになってからのある日の帰り道、偶然、由奈が莉乃の前を歩いていた。
莉乃も一緒になって由奈の悪口を言っていたから少し気まずかった。
けれど、何でもないふりをすれば普通に話せる気がした。。
それに、今は自分の方が強い立場にいる気がして気軽に話しかけてみた。
「由奈!」
由奈は振り返って、少し驚いた顔をしたが、莉乃が駆け寄ったら由奈が笑ったので普通に並んで歩けた。
話題は華恵のとりまきの一人、麻帆子がクラスの男子、川田と喧嘩してお互いに泣く展開になったときのことだった。
華恵やその周りは川田が悪いことにして、麻帆子を庇っていた。
けれど、多くの子は本当は麻帆子の方が川田のことを怒らせたとわかっていた。
莉乃は華恵たちと話す調子で由奈に言った。
「あれは、川田くんが悪かったよね。麻帆子ちゃんに向かってあんな言い方しなくてもさ」
「うん。あの言い方は、ちょっときつかったね。
でも、あのとき、今安さんが言ったことって、ずっと川田くんが気にしてたことだったんじゃないかな。
だから、川田くんもあんなに怒っちゃったんだと思いながら見てたよ」
由奈はどちらを責める言い方をしたわけではなかった。
由奈はそれ以上、このことについて何も言わなかった。
(そんなふうに言われたら……つまんない。
由奈と話しても、やっぱり盛り上がらない)
そして、莉乃は一言だけ返した。
「……そうかなぁ」
華恵たちとなら、ひとしきり標的の悪口で盛り上がる。
それが普通になっていた莉乃には、由奈との会話に違和感があった。
その後もテストのことや給食のことなど、何でもないことを二人で話した。
由奈は前と変わらない感じで話してくれたので、莉乃は少し安心した。
次の日も、華恵たちは麻帆子と揉めた川田の陰口を言っていた。
莉乃はそれを聞きながら頷いていた。
(これ、川田くんにも聞こえてそうだな)
莉乃がちらっと標的の男子の方を見ると、少し顔色が悪そうに席に座っているのが見えた。
(由奈が昨日、言ってたこと、麻帆子ちゃんが聞いたら怒るだろうな)
今、教室の中に由奈はいない。
(これ話したら、みんな食いつきそう。
でも、わたしから由奈に話しかけたって思われるのはヤバいな)
「あのさ、昨日、帰り道、由奈の近くを歩いてたら話しかけられて、ちょっと困ったんだけど無視もできなくて……」
そんなふうに莉乃は華恵たちに話し始めた。
自分たちの標的の話題となると、華恵たちも食いついてくる。
莉乃もつい、その期待の眼差しに応えたくなった。
「由奈は、麻帆子ちゃんも悪かったんじゃないかって言ってた」
華恵がわざとらしく大きな声で言った。
「え?あいつ、そんなこと言ったの?」
華恵の言い方が麻帆子を刺激した。
麻帆子は顔を赤くして感情をむき出しにしていた。
「なにそれ、ムカつく!」
そこからは、華恵の周りは由奈を攻撃することに夢中になった。
莉乃は少し罪悪感に駆られて慌てて補足した。
「でもね、わたし、麻帆子ちゃんは悪くないって言ったよ。そしたら、由奈も“わかった”って言ってた」
「莉乃ちゃん、ありがとう。
でも、佐山さんはわたしが悪いって言ってたんでしょ?やっぱりムカつく」
そう言って、麻帆子は顔を赤くしながら少し涙ぐんだ。
それを見て華恵たちがますますエスカレートする。
莉乃は、今、麻帆子を泣かせたのは自分のような気がして、その考えを打ち消すために由奈のことを悪く言うしかなかった。
「そうだよね、わたしも、由奈はひどいって思った」
莉乃は、自分が言ったことで由奈が悪者になることに少し心が痛んだこともあったけど、いつしか平気になっていった。
――みんなも由奈のことが嫌だと思っているんだから、由奈が悪いんだ。
そう思うようになった。
でも、帰り道、由奈の家の前を通ると、由奈の家族の顔が浮かんで罪悪感が湧き上がることもあった。
前は由奈の家に上がって、遊んだこともあった。
そのときにはおやつをもらって、由奈の家族と話をしたことがあった。
雨がひどい日に、由奈の家族に大きな傘に入れてもらい、家まで送ってもらったこともあった。
そういうことを思い出すと、少し胸が苦しくなったが――
(けど、悪いのは由奈だし)
そう思って通り過ぎた。




