表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/78

第31話-A  高校1年生 ~あの時みたいに~

濡れた服の不快感が、ようやく薄れてきた。


由奈は、本を読むふりをして視線を落としたまま、呼吸を整えていた。


胸の奥は落ち着いてきたが、右隣にいる健斗の気配がまだ大きいままだ。


すると――


「由奈」


小声で呼ばれて心臓が跳ねた。


由奈が顔を上げると、桂花が顔を覗き込んでくる。


「由奈、トイレ行こうよ」


「あ、うん」


由奈が頷くと、桂花は立ち上がり、由奈の手を引く。


書棚の奥にあるトイレに入り、洗面の鏡の前に二人で立つ。


桂花がニヤニヤしながら言った。

「ねぇ、あんたたち、なんなの? 面白すぎるよ」


由奈は鏡を見るふりをしながら答える。

「え、なんのこと?」


桂花は由奈をじっと見た。


「さっき、高野、由奈になんて言った?」


「別になにも……」


「二人でなんか、こそこそ言ってたじゃん」


「たいしたことじゃないよ。ただの雑談」


「それにしては、由奈、なんか様子おかしかったよ」


「気のせいだよ」


「うそ。高野、由奈に『かわいい』って言ってたし」


由奈の表情が固まった。


「……やっぱり聞こえてたんだ」


「ほら!」


桂花は楽しそうだ。


由奈は反対側に顔を向けた。


それを見て桂花は苦笑したような顔になる。


「高野ってさ、由奈と話したそうだよね」


「そう?」


「さっきカフェで由奈と言い合いしてるの、楽しそうだったし、今も話しかけてたしさ」


「まぁ……そういう子じゃん、もともと。昔からテキトーなこと言い合ってさ」


「渡瀬さんと話してた時と比べたら、高野、100倍楽しそうだけどね」


由奈は吹き出した。

「あはは。100倍って、そこまで?

莉乃ちゃんには、緊張してたんじゃない?」


「えー、あれ、緊張してたって言う?

高野、『困ってた』って言ってたし。

なのに、由奈にはかわいいって」


少しの沈黙。


由奈は、手を洗いながら言った。

「だから、なにも言われてないって」


「しかと聞いたよ、この耳で。

しかも高野、あれ、結構、真剣だったってば」


「……ああいうの、深い意味はないんじゃないかな」


桂花は少し呆れたような顔で由奈を見た。

「高野って、昔からモテてたけど、誰にでも『かわいい』とか言って回るタイプじゃなかったよね?」


「……きっと、そういうこと言うようになったんだよ。男子って、あんなもんでしょ。

ほら、戻ろう」


由奈はトイレの扉を開けた。


二人は席に向かって歩き始めた。


「もう、由奈、頑固だなぁ」


「別に私は……」


――そのときだった。


「……あれ?」


桂花が立ち止まり、書棚のある一角を見つめた。


「なにか……光ってる?」


由奈も目を向ける。


蛍光灯の反射とは違う、柔らかく揺れる光が、本棚の隙間から微かに漏れている。


「えっ?」


「……あそこって……」


「なんの本があるんだっけ?」


顔を見合わせる二人。


「こっちに来た時には気づかなかったな」


「ちょっと……見てみる?」


二人で光の方へ、そろそろと向かう。


すると――


一番奥の書棚、下段にある本が光を放っている。


「これが……」


――呼ばれているような、懐かしいような、気配。


胸の奥が、ふいにざわついた。


雨の匂い。


静かな部屋。


誰かと並んで、低い棚を覗き込んでいた視界。

(……この感じ)


自然と、小六の頃の図書室でのことを思い出した。


桂花が呟いた。

「これって……あの時みたい」


「……私も思ってた」


桂花がはっとして、小声なのに叫ぶように言った。

「ちょっと、あの二人も呼んでくる!

由奈は光が消えちゃわないかどうか見張ってて」


そう言って桂花が閲覧室の方へ足早に向かった。


残された由奈は本を見つめていた。


淡く優しい光。


(あの時は、すぐに光らなくなっちゃったけど……)


やがて、桂花が男子二人と戻ってきた。


「よかった、まだ光ってた」

桂花が深く息を吐きながら由奈の隣に並んだ。


男子二人も息を飲み、同じ方を見た。


「これって、あの時も見た……」

健斗の声に三人は頷いた。


――あの時も、この四人だった。


四人で覗き込むと、揺れるような柔らかい光が、いくぶんか強くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ