第29話-C 高校1年生 ~こぼれた本音~
莉乃が去ったあと、カフェのテーブルには、ふっと静けさが戻った。
今度は由奈が窓際で健斗と向かい合う形になった。
さっきまで小さな嵐みたいだった空気が、静かに落ち着いていく。
氷の当たる音だけが、やけに大きく聞こえた。
そんな中、晴基が大きく息を吐き出した。
「あー、なんか疲れたなぁ。
莉乃って、あんなマイペースでテンション高かったっけ?」
桂花が苦笑する。
「わりと、ああいう印象だね。やっぱり、あんまり得意じゃないな……」
由奈も小さく息を吐いた。
「パワーアップしてる気がする……。懐かしかったけど、ちょっと疲れたかなぁ」
晴基はからかうような目で健斗を見る。
「まぁ、あいつ、健斗の話ばっかでこっちはどうでも良さそうだったけど。
健斗、見てて大変そうだった」
桂花もうなずく。
「そうだね、ほとんど高野にしか話してなかったね」
健斗は苦笑した。
「なんだったんだろうなぁ、あれ……。これまで全然話してなかったのに」
思わず、由奈と桂花と晴基は顔を見合わせた。
「由奈が場を回してくれたから、少しはみんなで話せたけどな」
「ほんと、あれがなかったら何しに来たのかわからなかったよね」
「まぁ、なんとかみんなで話せてよかったよ」
由奈は笑いながら頷いた。
――春日の話題が出ないまま終わればいい、とどこかで思っていた。
少し間があいて、健斗が口を開く。
「ていうかさ、由奈。なんで俺と莉乃がお似合いとか言ったんだよ?」
「えっ?」
(あ……)
あの時、健斗が不機嫌そうな声を出したのを思い出す。
健斗は由奈をじっと見た。
「俺、莉乃に困ってたんだけど」
沈黙が落ちる。
由奈は少し首を傾げた。
「え、そんなに嫌だった?」
健斗が目を丸くする。
「えっ、俺、困ってたの、わからなかった?」
「んー、まぁ、なんとなくわかってたけど。
でも、いいじゃん。あんな綺麗な子と似合ってるって思われるの、悪くないでしょ?」
「はぁ?良くねーし!
しかも、やっぱ俺が困ってるってわかってたよな?」
「まぁね」
桂花は二人を交互に見る。
(え、なんか始まった?)
「由奈、あいつには“嬉しいよね”とか言っといて、俺の方は全然見なかったよな?」
由奈は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐ笑った。
「えー、そうだった?」
「そうだったし!」
桂花は思わず小さく息をついた。
(ああ……、なんか懐かしいな、これ)
「でもさ……」
由奈は力の抜けた笑顔を見せる。
「高野くん、ちょっと大人っぽくなったし、雰囲気、ますます良くなったと思うよ。それは莉乃ちゃんが言った通りだと思う」
「え?」
健斗が少し驚いた顔になる。
晴基も笑う。
「確かに、俺も久しぶりに会って、またかっこよくなったって思った」
「でしょ。そりゃ、莉乃ちゃん喜んだよね。ほんとはきっと、ずっと高野くんと話したかったんじゃないかな」
健斗はむっとした。
「そんなん知らんし。とにかく、俺と莉乃を勝手にくっつけるなよ」
「えー、ほんとは嬉しいんじゃないの?」
由奈は冗談のつもりで言う。
「ぜってぇちげーし!」
「ほら、顔、嬉しそうだよ」
「だから違うって!」
健斗は言い返しながらも、由奈の方を見て、少しだけ笑っていた。
やがてふと静かになる。
由奈は首を傾げて健斗を見る。
健斗は何か言いかけて視線を逸らし、それからもう一度由奈を見た。
「雰囲気といえば……由奈も、雰囲気変わったよな」
「え……そう?」
「真面目そうなとこは相変わらずだけど、前より表情が明るくなったっていうか。元気そうに見える」
由奈は少し照れて笑った。
「……そうかな。ありがとう。自分じゃわからないけど……学校が楽しいからかな」
健斗は一度口を閉じたが、思い直したように言った。
「……制服、似合ってる」
「えっ……あ、ありがとう。
高野くんも、その制服かっこいいし似合ってるよ」
由奈は桂花を見る。
「桂花の制服、可愛いよね」
「そう?ありがと」
「高野くんも、着こなし入ってていい感じだよね。莉乃ちゃんもそうだったけど」
「別に意識してるわけじゃないけど……」
晴基が肩をすくめる。
「うちの学校の制服、つまんないデザインだもんなー」
「うん、地味だよね」
由奈が笑うと、健斗もつられて笑った。
「莉乃ちゃんは、この制服もよく着こなしてるよね。私とは全然違って見えるでしょ」
晴基が言う。
「まぁ、あいつはそういうやつだ」
健斗は真顔で言った。
「俺は、由奈は似合ってると思うよ」
「あー、私、地味だからねー」
「いや、そういうことじゃなくて……」
場に小さな笑いが起こる。
話題は自然に思い出話へ移っていった。
小学校の頃のこと。中学の同級生のこと。
笑える話ばかりが選ばれ、触れにくい話題は誰も口にしなかった。
そして――
健斗がふいに言いかける。
「由奈はさ……」
由奈が顔を上げる。
「え?」
しかし健斗は、照れくさそうに笑った。
「いや、なんでもない」
晴基と桂花の視線が合う。
健斗は小さく息をついた。
「なんかさ、俺だけ変わってない気がする」
「莉乃ちゃん、高野くんのことベタ褒めだったじゃん」
「いや……あれ、全然こっち見てない感じがしてさ」
健斗は俯く。
「あんまり嬉しくなかったんだよな、ああいうの」
由奈は一瞬、返す言葉を失った。
それから少しだけからかう口調で言う。
「そっか。意外だね。あんなにかわいい子に褒められてたのに。
とにかく、嬉しかったってことにしときなよ」
健斗は曖昧な表情のままだった。
グラスの氷が、かちゃりと鳴った。
外の陽射しはまだ強い。
店の中の時間はゆっくり流れていた。




