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11. 王子様退場



 そんなこんなで、あっという間に2年の月日が流れた。

 

 話は変わって、こちらは旅の王子。 

 彼は家来2人を供に、身分を伏せて見識を広める旅の途中であったが、ひょんなことから小人の森に迷い込んでいた。


 朝から口にした物といえば、水だけ。

 空腹を抱えたまま散々歩き回った挙句、やっとの思いで森を抜けたと思ったら、見つけたのは小さな赤い屋根の家だ。

 大きな町へ続く道ではなかったことにがっかりした王子だが、せめて道案内を請おうと、小人の家のドアを叩いた。


 だが返事がない。

 家主が帰るまで待つかと思いつつ、こんな森の奥に住んでいるのは一体どんな人だろうと、好奇心で家の裏手にまわる。


 そこで眠る少女を見つけた。

 飾り気のない、だがひと目で上質とわかる真珠色のドレスを身にまとい、繊細な指先を組んで腹の上に乗せている。

 艶やかな黒い髪、透き通るような白い肌の中、ふわりと赤く色づいた頬は可憐で、魅惑的な唇は柔らかく弧を描く――。


「なんて美しい人なんだ……!」


 王子はひと目で、彼女を気に入った。

 まるで生きているように見えるが、ガラスで覆われているところを見ると亡くなっているのかもしれない。

 それともまさか、精巧に作られた人形なのだろうか。

 王子はどうしても、直接その肌に触れたくなり、どうにかしてガラスのふたを開けようとした。


「どうなっているんだ? 開かないぞ」

「鍵が掛かっているようです」

「なんてことだ! どうにかならないか?」

「錠前部分を壊してみましょう」


 王子と家来たちは、鍵を差し込む部分へ、剣を突き入れたり石を叩きつけたりしたが、とても固い金属が使われているらしく、鍵はどうしても壊れない。


「いっそガラスを割れないだろうか」

「中のご婦人が危ないですよ」

「足元の方からやってみよう。それなら顔は傷つかぬ」


 今度はガラスを壊すべく、王子たちはあれこれやったが、これまたとても固いガラスが使われているらしく、ガラスはどうしても割れなかった。


「しょうがない。このまま国に持ち帰ろう」


 しかしガラスのベッドはとても重くて、家来2人でも持ち上がらない。

 どうしようかと悩んでいるところへ、7人の小人たちが帰ってきた。


「おや、お客様ですかな」


 王子と家来は事情を話し、この美しい人を持ち帰りたいと願い出た。


「いやいや、それはできかねますじゃ」

「しかし私は、この人なしでは生きていけない」

「だがこの方は、ワシらにとっても大切なご友人で」

「ならば神に誓って、私の元で大事にすると誓おう。実は私は、遠方の国の王子なのだ。美しい人に相応しい部屋を用意する」

 

 高貴な身分を持ち出されては、反対しにくい。

 7人の小人たちは、ちらりとベッドに視線を投げた。


「……じゃあ、まあ本人に聞いてみて下されや」


 え、と王子が振り返ると、ガラスの中の美しい人がゆっくりと目を覚ますところだった。

 人形でも亡くなっているのでもなく、生きていた!

 王子の身体は感激に震える。


 あれだけ突いても叩いても壊れなかったガラスのふたは、彼女がその華奢な腕を持ち上げてそっと押すと、いとも簡単に持ち上がった。

 起き上がろうとする彼女の元へ、颯爽と駆け寄る王子。

 

 王子はその人の腕を取り、力強く身体を引き起こながら反対側の手を背に差し入れ、その指先で艶やかな黒髪をひと撫でし、柔らかそうな唇へと吸い寄せられるように視線を落として――駆け付けた騎士団の者にぶっ飛ばされた。


「痛っ!」

「我が君!」

「ななななな何するんだ!」


 王子と家来が憤る。


「私を誰だと」

「存じません。彼らはただ、名乗りもせず許可も得ず、わたくしに触れた輩がこれ以上無礼な振舞いをする前に、それを制しただけのこと」

「な、なっ」


 白雪はガラスのベッドからすっと立ち上がり、冷たい一瞥を王子に投げる。

 それから、馬を降りてひざまずく騎士たちに向かい合った。


「皆、ごくろうさま。でもあと10秒早く来てくれていたら、もう少し穏便に静止できたわね」

「はい、姫様」

「でも新記録よ。よくやったわ!」

「はい、姫様!」


 その時、茫然自失となっていた王子が、はっとある事に気づいた。


「姫? すると貴女が、あの美姫と名高い白雪姫か。なんと、声まで星降る美しさよ……」


 王子はすっと居住まいを正し、改めて姫に手を差し出した。


「私はキラビの国の第一王子、ベルトランと申します。白雪姫、貴女をぜひ、我が后として迎えたい」

「お断りします」

「え」

「あなた、このガラスベッドを無断で壊そうとなさいましたね。しかもそれが無理だと知ると、次は無断で持ち去ろうと。わたくし、そんな粗野で傲慢な方はお断りです」

「し、しかしあの時は、他に方法が」

「なかったはずがございませんわ。あなたは、この家の主の帰りを待つべきでした。さあ、お引き取り下さいませ」

「なっ、ちょっ」

「お帰りはあちらです。わたくしの護衛達が、あなた方を隣国との国境までお送りいたしましょう」

「く、触るな、無礼者っ!」

「あら? お帰りにならない? ならば国境侵犯、不法侵入者として、この場でこの国の法に乗っ取って処罰いたしましょうか?」

「なっ、なっ」

「多くの国の王子殿下が、見識を広げるための旅をされます。けれどもそれはあくまで、名もなき1人の旅人として許されること。国を名乗り王族だと明かした瞬間から、あなたは国を背負うのです。あなたが身分を持ち出すならば、わたくしもこの国の王女として、それ相応の対応をさせて頂きますわ」

「ぐ……」

「……我が君、いささかこちらの分が悪いかと」

「しかし!」

「退きましょう。さあ、お早く」

「くっ……はは。そう、そうだな。見目だけでは我が妃は務まらん。失礼する!」

「……ごきげんよう」


 騎士たちに両側を挟まれて連行される王子一行を、白雪はこれ以上ないとびきりの笑みと礼で見送って――その姿が見えなくなるや否や、本音をぶちまける。


「なんて失礼な方! 見目だけなのは自分の方じゃないのっ」


 小人たちはそんな白雪をなだめながらも、毅然とした対応をほめてくれる。


「でもまあ、何事もなくてよかった」

「谷までガンガン響いてきたから」

「急いで帰ってきてみれば」

「あんな高飛車乱暴王子」

「ベッドが丈夫で何よりじゃった」

「姫は本当によくやった」

「ところで姫、姿見が呼んどるようじゃよ」


 白雪が窓の方を振り返ると、部屋の中で姿見がぴかぴか光っていた。

 この姿見は、王妃の持つ魔法の鏡と繋がっている。

 ガラスベッドに眠る姫は、どこよりも安心な鏡セキュリティによる監視がなされているのだ。

 万が一、姫に何か起こった場合は、直ちにフルカライネ湖で訓練中の騎士にその旨を伝達、今回のように馬を飛ばして馳せ参じる手筈である。

 王妃はあれから、魔法の鏡の存在を王と白雪にも打ち明け、今や鏡は、王族皆の万能アシスタントとして活用中なのだ。


 白雪はコンコンと窓をノックし、窓越しの鏡に答える。


「はい、こちら白雪。今回もまた、騎士たちに助けられたわ。お母様にはご心配なくとお伝えして?」

『姫様、ご無事で何よりです。顔認証の結果、今回の王子はキラビ国のベルトラン様と判明しております――』

「ええ、本人もそう名乗っていたわ。結婚を申し込まれたけれど断ったわよ」

『かしこまりました。陛下にご報告すると共に、今後のキラビ国の動向に注意しておきます。なお、姫様の本日のご予定は、午後から森番ケイン氏と打ち合わせ、夕食は小人邸で、お帰りは明朝と伺っておりますが――』

「ええ、その通りよ。何か問題があって?」

『先程より、王妃様の初期陣痛が始まっております。本日夜半~明け方にかけて出産される確率は83.7%、姫様には、予定を繰り上げて本日中のご帰城をお勧め致します――』

「まあ! ついに! ついに生まれるのね!」

 

 白雪は両手を握りしめて感動に震え、小人たちは肩を組んで抱き合いながら、一刻も早く帰ってやれと姫へと身振り手振りする。


「どうしましょう! 夕刻で間に合うのかしら?」

『お答えします。陽が沈む前に出産される確率は、0.052%――ほぼない、と言って差し支えないでしょう――」

「ならば打ち合わせ後に急ぎ帰宅するわ! 護衛はこのまま、騎士たちをお借りすると、湖の訓練管轄者に伝えてちょうだい!」

『かしこまりました。乗馬上級者の暗示をご利用になりますか――?』

「そうね、お願い! それから、ああっ、なんだか楽しみ過ぎて、胸がいっぱいで何も手に付かないわ! ちょっと落ち着かせてもらえる?」

『かしこまりました。では――貴女はだんだん冷静にな~る……打ち合わせは閃きが冴えてスムーズに終わ~り……安心安全な乗馬技術で無事に王城に戻りなさ~る……ハイッ!』

「……うん、やればできる気しかしない。いつもありがとう、ではまた後ほど」

『お帰りをお待ち申し上げております――』


 鏡との通信を切った白雪は、くるりと振り返って告げた。


「そういう訳だから、今のうちに打ち合わせの資料を見直しするわ。小人さんたち、久々の夕食の約束だったのに、ごめんなさいね」

「何をおっしゃる!」

「めでたいことじゃで♪」

「姫が気にする必要ないわい!」

「今宵はわしらもっ」

「お祝いモードで!」

「飲んで歌って祝うでなっ♪」

「さあ杖のクラッカーを鳴らせっ!」


 大盛り上がりの小人たちに、白雪は冷静な一瞥を投げかけた。


「小人さんたち、落ち着いて。谷へ戻ってもうひと稼ぎしてくるくらいの時間は十分にあるわよ」

「え」

「いやいや」

「めでたいことじゃで」

「あら、でもあなた方が早めに浮かれたからとて、お母様の出産に影響する訳ではないし」

「そりゃあそうだが」

「冷静すぎるわ」

「今から仕事て」

「そんな殺生な……」



 小人たちは眉を下げて嘆いたが、白雪はすでに自分の仕事に没頭しており、もはや聞いていない。

 魔法の鏡の暗示効果は抜群なのである。

 それに王族とは、そもそもわがままな人種なのだ。


 小人たちはすごすごと職場へ戻り、きっちりその日の仕事を果たした。

 そしていつも通りに帰宅し、城へ戻る白雪を見送り、森番ケインと共に男だらけのささやかな前祝いを楽しんだのだった。




馬鹿王子退場~からの新しい展開、の巻。

次回で完結となります。次回、「エピローグ」

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