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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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035:神聖宮

 ユニスが世界の迷図に入っていた間、晶斗はプリンスと二人きりの、嫌な空気の中で待っていたという。


「さて、貴方にはこれを渡しておきます」

 ユニスを待っている間に、プリンスは黒い塊を晶斗に投げ渡した。

 晶斗は黒い鞘からガードナイフを引き抜いて刃を(あらた)めた。掌より少し長い、白い光沢の(はがね)だ。

神の骨の武器(ディバインボーンズ)です。それでユニスを護ってください」

「これを売れば一生遊んで暮らせる金が手に入るぞ。俺が持ち逃げするとは思わないのか」

 晶斗は刃を鞘に収め、プリンスの方へ突き返そうとしたが、

「それは売れないでしょう。では、ユニスのガード料金とでも思ってください」

 プリンスは薄く笑って受け取らず、ご神体に顔を向けた。

 どうして売れないのか――――その理由を訊こうとして、晶斗は胸の奥がゾクリとした。

 晶斗は後に、あの時は本能が疑問を止めたんだ、と回想した。それは、プリンスがこのガードナイフを所持していた経緯には、聞いた者の命に関わるような恐ろしい理由が秘められているような気がしたのだという。

 晶斗は、ガードベストの左胸前に、ガードナイフの鞘の金具を留め付けた。

「気前が良すぎら。仕事の報酬の先払いとも思えんしな。本当の目的は何だ?」


「私の目的は二つ。コルセニーの墓、そして、失われた記憶と『セリオン』の正体です」


「いったい、俺たちに何をさせたい……?」

 晶斗は言葉を切った。プリンスの雰囲気が突然、変わった気がしたのだ。じろじろと不躾に眺めてから、答を言ってみた。

「あんた、着替えたのか。――――いつの間に?」

 プリンスは、さっきまでの見慣れた華麗な略礼装ではなく、装飾のない実戦用の軍服――――色は白だが、戦闘服になっていた。腰の剣は宝石飾りも無い、実戦向きの大振りな太刀(たち)になった。まぎれもない軍刀(ぐんとう)だ。

 大公殿下は、肩を揺らして笑った。

「もうしばらくお待ちください」


 その頃のユニスは、外の出来事などまったく知らずに、どこまでも広い空間の、やわやわとした薄紫の光の中に浮かんでいた。

「これって、さっきのテキストとほとんど同じ作りじゃないの。これが世界の迷図の正体なのかしら?」

 とはいえ、世界の迷図の内側は、広大な、本物の迷宮だった。もっとも、構造はいたってシンプルで、観光遺跡(サイト)にあるような何重もの階層は無く、まともに歩いて踏破するなら一日くらいで出来そうだ。

 そして建物に安置できるほど安定しているのに、世界の迷図は『未固定遺跡(ノンフィクトサイト)』だった。


 遺跡とは、固定されるまで、見えない別の次元と空間を放浪する。内部の空間は常に不安定だ。通路は休む間もなく変化し、空間は歪み、混沌としている。

 なのに世界の迷図は、風変わりにも神聖宮という定位置で、安定した形として存在している。安全な固定遺跡となんら変わりない状態で。


 通路らしいルートは見えない。ただ一点に、まばゆい光が灯っている。

「あれがラディウスね。つまり、ここは遺跡と迷宮のカラに包まれていない、内側の迷図という異次元が剥き出しになっている状態なのね」

 目を凝らすと、まばゆい光が一瞬で目前に引き寄せられてきた。ユニスは手を伸ばして、ためらって、手を胸の前に引き戻した。

 大きく息を吸って、吐いた。

 そして、輝くラディウスを掴んだ。


 光が消えた。


「あれ?」

 珠を摑み直した手が(くう)を切る。

 ラディウスが、消えた。

 ユニスが触れた瞬間に、ユニスに吸収されたのだ。

 その事実に気づいたときだった。


 珠のあった空間の一点から、蜘蛛の巣のような細い亀裂が生まれ出て、世界を疾走し始めたのだ。

 空間が薄紫の破片と砕け散る。

 飛び交う破片は加速してぶつかり合い、千千(ちぢ)に砕けた、そこかしこでまばゆい閃きが生まれて消える。


 世界の迷図は崩壊した。

 

 ユニスは外に吐き出され、壇上から舞い降りた。

 薄紫の塵が、後から後から降ってくる。それを呆然と眺めるうちに、ユニスはホールの冷たい床に、ぺたんとお尻をついていた。

 警報がうるさく鳴っている。

 細かな薄紫の塵がユニスに降り注いで、跡形無く消えていく。


 ふと、我に返れば、プリンスの白い姿が目に入った。その横に晶斗がいる。晶斗は、開けた口が塞がらないといった態で、棒立ちになっていた。


 ユニスは、ゆっくりと首を動かし、プリンスを上目遣いに見やった。苦笑いというより、泣きそうな半べそ顔で、事実を報告する。

「あは、は。あのー、壊れちゃいましたけど……」

「破壊しましたね」

 震えるユニスとは真逆に、プリンスは穏やかで(さと)すような口調だった。

「は?」

 ユニスは、ぱくっと口を開けた。

 プリンスの微笑はあくまで優しく、美しかった。


「これは国家への大逆罪です」


「「ええッ!?」」

 ユニスと晶斗の声が重なった。

 プリンスは厳かに宣告した。

「あなた方は極刑に値する犯罪者となった。逃げた方がいい」

 その右手が優美とさえいえる動きで、すいと上がって指差したのは、大きく外へと開かれた窓。

 警報に交じり、大勢の足音が聞こえてくる。こちらへ来る軍靴の響きだ。

「くそっ!」

 晶斗は、のろのろと立ち上がったユニスに突進し、左腕をユニスの胸に回して持ち上げた。いきなり強く胸部を圧迫されたユニスは、声もなく気絶した。


 晶斗はぐったりしたユニスを抱え、窓へ飛んだ、と後でユニスは聞かされた。

 せいぜい十段の高さなら、ユニスの体重を支えても支障なく着地できる計算があったからだ。


 地面はなかった。


「どおおおおッ、わああああああッッ!!!」

 晶斗は全身に風を受け、夜の空をまっさかさまに落ちていったそうだ。

 耳元でゴウゴウと唸る風は、冷たく、鋭く全身の肌を刺す。

 はるか眼下に、街の明かりが星屑(ほしくず)のように見えたという。


「なんでだあああああああああああーッッ!」


 神聖宮。それは守護聖都フェルゴモールの、成層圏(せいそうけん)にある神殿である。


 ユニスは晶斗に言うのを忘れていたが、神聖宮は、シャールーン帝国の人間ならば知らぬものはない、七大観光名所の一つだ。常識の無さで知られる聖都の名所のなかでも、もっとも人知を越えた、高度一万二千メートルに浮かぶ聖地である。

 落下の最中、ユニス自身は覚えていないが、一度だけパチッと目を開けて、すぐに閉じたと晶斗は教えてくれた。ほぼ同時に真下の空中に黒い(ホール)が出現し、晶斗はユニスを抱えたまま、否応なく穴に吸い込まれたらしい。

 晶斗が気付くと、街灯の明かりから外れた路地裏にいた。腕の中には気絶したユニスがいて、シェインの穴はどこにも無かった。

 古めかしい石造りの壁。伝統的な建築様式の館が、美しい石畳の広い道路に沿って立ち並ぶ。

 さっきまで見下ろしていた守護聖都フェルゴモールの、街のどこか。


 鳥肌が立つようなサイレンの音が高く低く、晴れた夜空に響き渡る。


 街には戒厳令(かいげんれい)が敷かれていた。


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