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PLAY.9 この異世界はあたしに全然優しくない

 前回のあらすじっ!


 ーー《運命の金の糸》は夜会で売られているーー


 そんな噂を頼りに、ニケとカインはレンを連れてネイキッド=ダヴィ伯爵主催の夜会に出かける。


 そこで、レンは或る女から《運命の金の糸》を渡された。


「貴様が生贄だ」


 すこぶる嬉しそうな表情を浮かべるカイン。



 予定調和って知ってマスカ?


 ーー異世界が現代人をチート扱いするなんて、大嘘だ。ラノベの嘘つき!だいきらいっ!





 ーー第九話!


 銀髪のウィッグをつけたあたしは、窓を開けて、窓辺に《運命の金の糸》とやらを置いた。


 月の光の下でそれを眺める。


 蝋燭の光を受けて、金の糸はキラキラと光る。


 糸が重なっているところが少し鈍い光を放っている。


 前下がりの銀髪のボブのウィッグは、つけごこちが悪い。


 コスプレでもしているようだった。

 凡庸な自分の顔立ちが際立って悲しいんですけど、なんかの拷問なんだろーか。


「にしても、こんな糸で、運命なんてわかるんだったら苦労しないわよ」


 つい、と糸を手繰る。



「運命の、人、か……」



 ぴかぁっ!




「っ!? な、なに?!」


 まばゆい光が部屋を満たす。


「前がっ、見えない!」


 カインとレンは別の部屋で待機している。

 何かあったら、ベルを鳴らせと言われていた。


「ベルっ!」


 あたしは手探りでベッドのサイドテーブルに置かれた錫製のそれを探す。




 かっ、こん………コロコロコロコロ




(しまった、床にっ!)



 ベルは床に落ちると、ベッドの下に転がって行ったようだ。



(ついてないっ!

 けど、ここでカインを呼ぶわけにもいかないっ!

 ーーどーする!?)


 瞼が開けられないまま、あたしはあたりの気配を伺う。


 もしかしたら、窓から侵入者があるかもしれない。


 この光だって、どんな仕掛けがあるかわからない。


 頬に汗が垂れるのを感じた。






『さあ、おいで。僕の運命の人』


「!?」


 あたしの頭の中に、男の声が響いた。

 あたしのよく知っている声が。


 響く。



「誰、なの?」



 あたしは光の中で問う。



『君が一番探していた人だよ』



 ああ、なんて甘い声が。


 鼓動がじんわりと熱を持つ。


 その名前はすっかり分かっているのに、

 なかなか声にできない。



『君がずっと求めていた人』



 ……鼓膜が満たされて息が苦しい。


「まさか」

『探してくれてたんだろ?』


 ずっと、ずっと好きだった、彼の、





「総司、くん?」







 それな。



『さあ、おいで。僕の元へ』


 まさか、ありえない、そう思っている、頭では。

 けれど。



「総司くん、どこなの?」


 足は勝手に動いた。


 窓から飛び降りる。

 二階の高さの衝撃に腰が少しいたんだ。


 裸足の足の裏に、土の感覚が感じられた。


 痛みが、快感にさえなりそうだ。


 脳髄が痺れている。


 ああ、このまま、甘さに酔ってしまいたい。







 闇の中に、あたしは進む。



「今、行くわ」


『会いたかったよ』


 夢でもいい、欲しい言葉をもらえた気持ちに、嘘などない。


 こんな感情が生成される自分に、胸が小さく痛んだ。

 自衛と自虐がないまぜになって、

 いやだ、分析したくない、生々しい欲だった。







 あたしの一番欲しい物はーー。




 光の道が見えていた。

 暗闇に浮かぶ、光の道だった。


『欲しかったんだろう?』


 悪魔の囁きに似た、総司の声。


「あたしは…………」


 ざり、と石が土踏まずをえぐる。


 ばちゃり、と水たまりを跳ねた。



 世界がよく見えない。


 総司の声だけが脳の中でリフレインする。


 なんて甘い世界なんだろうか。






『僕は、君の運命の人なんだ』





 言葉の組み合わせが、呪文のようにあたしを絡め取って、動けなくしてゆくのがわかる。


 その呪文は優しすぎて、心地よくて、落ちてしまいそうになる。


 理性をギリギリで保っていた。







 ★ ☆



 どかっ



 突然の膝蹴りがあたしの脇腹を襲う。


「いた、い」


 あたしが目を覚ましたのは、牢の中だった。

 すぐそばに、あたしに膝蹴りをした女性が倒れている。

「なによ、ココ」



 冊越しに、壁につけられた燭台の蝋燭が小さく明かりを灯している。



「……なるほどね」

 囮作戦は成功したようだった。


 手で床をまさぐると、闇色をした石の煉瓦が敷き詰められているのがわかった。


 肌触りが悪すぎる。

 見張りはいない。



 あたしに膝蹴りを見舞った女以外に、部屋の奥で、何人かが固まって横たわっているのに気付く。


「ひっ?!」


 あたしは一度身を引いたが、彼女たちが息をしていることを確認すると安堵のため息をついた。


「すでに行方不明の少女たちがコレってことね、悪趣味」



 辺りの気配を伺うが、誰もいないようだ。

 カインとレンが付いてきているかはわからない。



 少女たちが、目覚める様子はなかった。

 スウスウと規則正しい寝息を立てている。


「ピンクのドレスで、13歳の少女だっけ、シルビアは……」


 あたしは依頼人の娘、シルビアを探した。

 幸い、シルビアらしき少女は比較的すぐ近くに丸くなっていた。っていうか、多分あたしに膝蹴りしたのこいつだわ。


 ザラ卿いわく、シルビアは栗色のロングヘアであたしくらいの背の高さだという。


 暗くてわかんないけど、とりあえず、こいつでいいかということにした。


 少女は小ぶりの唇に、そばかすのある小鳥のような顔立ちだった。

 少し痩せているが、

 傷をつけられている様子もない。

 部屋に血の匂いもしない。


「ますます分からないわね、何が目的なの?」


 ぴちゃん



 地下牢の床に、水滴が落ちる音がした。


 どのみち、この少女たちを保護し、ここから解放しないと拉致があかない。


 にしても、幻影見せて少女をおびき出すなんて、なまぐさもいいところである。

 誘拐犯なら誘拐犯らしく誘拐しろ下さい。



「起きたのね」


 いきなり女の声が聞こえた。


 あたしは思い切りよく振り返る。


 逆光でよく顔は見えないが、ヒステリックな声色には覚えがあった。頭上に長い耳が生えている。



 ぱらん



「? あなた、誰?夜会で見た人じゃない」

 女の訝しげな声に、

 あたしは前下がりのボブの“下がり部分”が、自分の唇にかかっていることに気付く。


「はっ、ズラがっ!?」


 慌てて直すが、後の祭りである。



「別人ですって?!」


 きいっと甲高い悲鳴を上げて、女はあたしを睨みつけた。


 女は、ウサギのお面をつけていた。


 そのウサギの目は赤く燃えている。その表情は気持ち悪いくらいリアルでグロい。


 やたらボディラインを強調する服に、まちがったゴスロリ厚底ヒール、

 ーーまちがいない、昨日、レンに《運命の金の糸》を渡した女だ。



 あたしは覚悟を決めた。


「バレちゃあしょーがないわねぇ」


 ええい、ままよっ!


 立ち上がり、ばさりとウィッグをズラした。

 色素の薄い髪がばさりと重力に従って落ちる。



「あ、あなた、どなた?」

 あからさまに動揺した声を出す女。


「名前を名乗らぬ女に、教える名前はないわ」


「無礼者め、自分の立場を分かっているの!?」


「わかってーー、ないかな」


 緊張感を丸ごと殺して、あたしは、アハハと笑う。


 確かにあたしは牢の中にいる。

 戦勢は圧倒的に不利だ。


「生意気をっ!」

「あんたの目的は知らないけど、あんたのやってることはムカつくわ。あの魔術はどんな仕掛け?

 すっかり陶酔しちゃったわ」


「ふふふ、中々でしょう?

 魔法堂で見つけた古文書にあったのよ。

 《望みが具現化し、まやかしとなる魔法》」


 怒りがふつふつと湧き上がる。

 人の本心を覗き込んで、利用し、笑ったのだーーこの女は。


「おかげ様で、ただでさえすっぱい思い出が酸化しすぎて救えないレベルよ」


 言って、あたしは女を睨みつけた。

「気持ち悪いウサギさん、目的は何?」

「あなたに教える義理ないでしょ? このまま、ココで飢えて死になさい」


「地味にキツイな、おい!!」


 ジワジワ空腹で死ぬのを想像して吐き気がした。


「オホホホホ、ごめんあそばせ?」

 高笑いをする女。

「あたしはココで骨埋める気ないわっ」


「道連れもいるでしょ。

 楽しく死ねるわよ、ここは私有地、誰も来ないわ」


 がしゃがしゃ


 牢の冊を揺らすが、びくともしない。女は去るべく踵を返す。


 最悪、自分の命はなんとかするしかなさそうだ。


「おかしいわね、あなた。

 他人にたやすく捕まり、その人生をあっさり終える。

 あなたの人生に価値なんて、ないわ」


 ペラペラと気分良さげに言い切り、女は高笑いをする。


 高笑いのハイトーンが上がり切ってなくて聞くにたえない。


 カインやレンが助けに来てくれる、なんてのはおとぎ話だ。


 何が異世界だ、糞食らえだ。

 あたしが生きてるのはリアル。

 ハナから誰の助けも信じていない。






 ーーそう、誰も信じない。






 ぱきんっ






 その時、


 あたしの中で、何かが音を立てた。






「ーー出しなさい、下衆女」



 めきょ


 あたしは静かに命令した。


 握った鉄格子を手前に60度の角度で曲げて。


「な、そんなバカなコト」


 リアルなウサギの面をした女は後ずさり、




「ぼめぐっ!?」


 あたしの右手方向に盛大に飛んで行った。角度にして45度。

 女が天井にぶちあたり、直角に落下する。

 あたしは何が起きたのか分からず呆然とするしかない。



 べちゃ、


 無様に灰色の煉瓦畳に潰れる女。

 女の上に、天井から煉瓦がぼたぼたと落ちた。あ、死んだかも。





 あたしは、目線を自分の正面に戻す。


 磨き抜かれたトンがった革靴に、足首まであるマント、その裏地はワインレッド。





 ーーなぜだろう、なんだか泣きそうになった。


「カイン!」


 カイン=リーアガイツは、不敵な笑みをたたえて、あたしを見下ろしていた。すっかりデフォルメだ。


「ネイキッドに悪い虫をつかせないためだ」


「は?」

 あたしは意味が分からず聞き返す。


「やあ、ニケちゃん。

 このコはね、

 ネイキッドの妹君のリンダさ」


 声は、女が潰れた場所から聞こえた。


 ガラガラ、と煉瓦を退ける音に視線をやると、群青のローブを来た銀髪の男が女を縛っている。


「レンっ!」

「ごめんね、どーしても現場をおさえる必要があったんだ」


 そう言って、レンはグロいウサギのお面を取った。


 お面の下には、絵に描いたような美少女が眠っている。



「ネイキッドさんの妹?」


 あたしは、伸びてる女を見た。


「見た目は派手だけど、これで15才なんだ」

 と、レンが苦笑する。

「全く、無い胸を盛大に盛りやがって。

 何が入ってんだ、こりゃあ」

 カインは、汚物でも見るような目で彼女を見た。


「あ、だからあの激盛りヒールか」


 あたしは一人で納得する。


「リンダは相当なブラコンでね。

 度々、ネイキッドに近づく女たちに嫌がらせをしているんだ」


「異世界の嫌がらせは呪術使うの?!」

「こんなの可愛いもんだ、ニケよ」


 そう言ってカインは、リンダの首に下がっている紐を引っ張った。


 ドレスの下から鍵が出てきた。おそらく牢屋の鍵だろう。




 がちゃ



 カインが牢屋の扉を開けてくれた。


「ありがとう、カイン」

 あたしは礼を言う。


「《叶え屋》のミッション、完了ね」

「ああ」


 カインがあたしを見る顔が、なんだか晴れなかったが、あたしは眠気に押されてそれどころではなかった。




 


 ☆ ☆ ☆ ☆


「ーーねぇ、カイン。

 僕は知っているよ」

「何がだ、デバガメ野郎」

「君、今、ものすごく興奮してるね」


「……貴様、ぶっ殺す」

「あはは、面白いね、エトランジェって」

「ただの、暇つぶしだ」



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