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PLAY.10 黄色い薔薇、ペリドットの首飾り、男の無意識

 

「いらっしゃい、カイン中佐。

 そして異邦人エトランジェのニケ」



 あたしとカインは夕餉の後にキャロライナ=ヒール大佐の執務室を訪ねていた。


 豪華な細工の施された観音扉の先で、

 あたしを出迎えてくれたのは、月光に輝く夜のセレーネ海だった。


 思わず足を止めて、その美しさにため息を漏らした。


「さっさと入れ、ノロマ女」


 どん


 背中を押されてたたらを踏む。

「暴力反対ッッ」

 振り返ったら奴がいる。

 そう、あたしの相棒、《叶え屋》のカイン=リーアガイツ。


 けして美男、というわけではないが、

 鼻筋の通った顔に少し日焼けした肌は男らしいと思う。


 何より、彼のヴィジュアルで主張が一等激しいのは

 ペリドットを埋め込んだような美しい瞳である。

 漆黒の濡れたような艶めく短髪に長いまつげがその凛々しい顔に細い影を落とす。


 鍛えぬかれた広い肩幅から、色気さえ感じるラインで落ちる逞しい四肢。

 それを包み込む上質な漆黒の軍服は、カリスマ性を放つのに申し分ない。


「貴様は本当にボケているな。

 まだ夢の中にいるんじゃないのか、夜だぞ、起きろ」

「起きとるわっ!」


 あたしは腰をさすり態勢を立て直しながら不平を垂れる。

 踏ん反り返って舌打ちをしているカインを見上げた。


 こんなんでも、軍内部と皇国民からの女性人気が掃いて捨てるほどあるっていうのだから、

 女ってほとほと外見至上主義だなと思う。


 しゃらん


 カインが執務机に向かって歩み出すと、

 燻し金のショルダーとベルトの装飾具がランプの光を受けて鈍く光る。

 繊細なベルのような音を奏でるそれは、彼の影を追っているようだ。


「ヒール大佐、このような時間にすみません」


 磨かれた革靴が、きゅ、と床をならす。


 ばさっ


 足首まであるマントの裏地は熟成した赤ワインよりも濃いブラッディレッド。


 あたしは映画のワンシーンでも見ているような気持ちでカインの行動を目で追った。

 中佐スイッチがオンになってるときはいいんだけどな。

 顔が総司そうじなんだもんなぁ。

 あー、あの性格でなければ。


「あ?」

 鬼のような形相のカインが振り向いて睨みつける。

「いえ、なんでも!」

 慌てて誤魔化してあたしは彼の後をついていく。

 カインは読心術があるのか、あたしの口が心の声をダダ漏れにしているのか……最近わからなくなってきた。



 かつん



 執務机から二メートルほどの所まで行くと、

 カインは敬礼をしてずい、と距離を詰めた。


 あたしたちはヒール大佐の前に並ぶ。


 二人が揃ったのを見計らって、

 執務机に腰掛けていたヒール大佐はブロンドの髪を柔らかく踊らせた。

 妖艶な赤い唇をぷるりと揺らす。


「だいぶ頑張ってくれているようね」


 にっこりと微笑むと、黒紫の毒々しい色をしたボンテージの下で豊満な胸の下で腕を組む。




「戦争のない平和ボケしている奴らではつまらん」

 と、いけしゃあしゃあと言い放つカイン。

「報告書だ」

 と、今回の《連続少女行方不明事件》の報告書類を手渡した。

 羊皮紙に黒インクで書かれた達筆な文字を一目いちもくし、大佐は満足そうに右の眉毛だけあげた。


「どこかの一番槍男が敵国を瞬殺しちゃってくれたもんでねぇ?

 この平和ボケも、あなたの功績の一つなのだけれど?」


「ちっ」


 そういえば、先の戦争で大活躍した英雄、とか言われてたっけ、カインってば。


「《叶え屋》はどう? ニケ」

「は、はいっ! なんとかやってます!」

 いきなりお鉢を回されて、ついどもってしまう。


「ネイキッド伯爵の愛妹、リンダの捕獲についてはお手柄だったわ」

「あ、ありがとうございますっ!」


オトリだなんて、随分ムチャなことをさせたわね」

「いえ」

 ーー久々に総司の声が聞けて嬉しかったし、なんて事は言えないんだけど。

 我ながら不謹慎さに呆れてしまう。


「レンが女装してたってのも大笑いしたけれど」

 ヒール大佐は、カラカラと笑う。

 ライトブルーの瞳はどこか意地悪そうだ。さすがカインの上官。


「そんな面白そうなイベント、あたしが行ってもよかったのになぁ」


「貴女の前では、貴族娘の下衆なサブリミナルトリックなんて効かないでしょう」

 カインは眉を顰めて返す。

「ちぇー」


 赤いマニキュアが白い肌によく映えて綺麗だ。フェロモンむんむんすぎて当てられそうである。


「そうそう、預かり物があるのよ」



 ぱちん



 ヒール大佐が指を鳴らすと、執務室の横にある扉が開いた。


 一人と軍服の男がキビキビと行進してくる。

 驚くべきは彼が抱えている巨大な花束である。


 どさっ



 あたしたちの前に大量の黄色いバラが置かれた。

 本数にして200はある。

 軍服の男はバラを置くと敬礼をし、無言のまま部屋を出て行った。


「ヒール大佐、こ、これは?」


 あたしが質問するより前に、カインが派手な舌打ちをかます。


「ネイキッドか」

「ご名答〜。ニケに、ですって。このモテ女!」


「あたしにっ?!」


 現代世界で、こんな花束もらったことがない。

 思わず口がにやけた。

 ああ、そうよ。ここは異世界だもん。

 馬糞処理や生贄やらをさせられて忘れてたけど、やっと現代人のあたしが優遇される瞬間が来たってことかぁ!


「ありがとうございますっ!」


 満面の笑みで答える。

「喜んでもらってよかったわ。

 リンダは謹慎処分になったそうね。

 また何かやらかすでしょうけど。

 あ、行方不明になった少女たちのご家族からも感謝状が届いていたわ」

 言って、大佐は手紙を四通と金貨袋をひとつ、机に並べた。

「報酬金は、あなたたちで好きにしなさい」

「本当ですか!? やったぁ!」

 あたしは執務机に駆け寄ると、飛び上がって喜んだ。



「ニケよ」


 背後から、絶対零度の声が響く。

 臓物の底からひっくり返されたような気持ち悪さと寒気があたしを襲う。


「な、なによ、カイン」


 振り向けない。

 なんか選択を間違ったんだろうか。


「嬉しいのか?」

「そりゃあ、嬉しいでしょう!お金よ!? お花もたくさん!」

「花束が、嬉しいのか?」

「は?」

 振り向く。

 予想通りな鬼の形相がいた。


「胸糞悪ィ。俺は仕事に戻る」


 踵を返すカインに、


「あーん、カイン、コレ持って行ってよ」

 と、ハスキーな甘い声で強請ねだるヒール大佐。


「何故?」

 苛立った声でカインは返す。


「何故って、ニケはあなたの部屋にいるんでしょう?

 こんな大きな花束、このチビちゃんが持ったらお花に惨敗するわ」

 と、大佐は掌を天井に向けて肩を竦める。


「ヒール大佐! 悪気なく暴言です!」

「あらぁ、ごめんなさい」



 あたしは大佐とカインを交互に見た。

 カインは、眉間にシワを寄せてだんまりを決め込んでいる。


「ほら、持ってかえって頂戴!

 ネイキッドからニケへの愛のプレゼント!」

 大佐は、指差して最後の一押しをした。

 その眉は歪んでいる。

 大佐は怒っているのではない、

 ーー爆笑を耐えているのだ。

 カインの反応を見て、心の底から楽しんでいる。


 あたしも、黄色い薔薇を持ったカインを想像してなんだかおかしくて笑そうになる。


「クソ」


 悪態をつくと、カインは渋々薔薇を背負って部屋を後にした。

 去り際に一際大きな舌打ちをして。



 ばたんっ!


 

 まだ黄色い薔薇の香り部屋に充満している。

 カインが乱暴に担いで行ったせいもある。


「ふふふ、あー、おかしかったワァ。

 見たぁ? カインのあの顔!」


 言い切って、ぷ、と吹き出したヒール大佐はお腹を抱えて大笑いを始めた。

 廊下まで響きそうなほどのボリュームである。


 あたしは、つられて笑そうになるが、

 上官の前で笑うのもどうかと片手で口を抑えた。


 しかし、朗らかというか、大雑把な大佐だ。

 あのカインが彼女の前だとまるで少年のようなのだから。



「で? どーなの? カインとは?」


 あたしの前にひらりと舞うように詰め寄ると、

 ヒール大佐の白く長い指はあたしの丸っこい顎を捉えた。

 きつめのルータスの香水が鼻腔をくすぐる。


「え? ど!どうとは?」


 あたしは訳も分からずに戸惑う。


 カインの瞳が橄欖石ペリドットならば、この大佐の瞳はブルーダイヤモンドである。

 一点の曇りもない宝石のような瞳は、

 ひたりとあたしを捉えて逃してはくれない。



「え? だって、ニケ、カインと同衾してるのよね?」

「ど、どうきん!!」


 言葉の力の恐ろしさにあたしは赤面する。


 確かに、流れでいつのまにか朝は一緒の布団の中にいるが、しかし、あれは、


「なぁに? まだ手ェ出されてないの?」


 あっけらかんと言われて、あたしは目が点になる。


「だ、出されてませんっ!」

「ウッソでしょ!」

「明け透けすぎます!大佐っ!」


 アハハハハハ、とヒール大佐は陽気に笑い飛ばす。


 この大佐、大物だと思う。ここまで豪快だと呆気にとられる。

 同時になんともいえない情けなさに襲われた。


「あたし、女として魅力ないんですよ」


 ぼそりと零してしまった。


「弱気ねェ、それも面白い♥️」

「大佐ァ……」

 がくりと肩を落とすあたし。

 なんか、もう色々先が思いやられる。


「ふふふ、初めて、なのよ」

 ヒール大佐はにっこりと微笑んだ。

「は?」

「手ェ出してない相棒」

 ドヤァ顔で言われても。


「あの、それもどーかと」

 大佐は、あたしから離れると、髪をかきあげて執務机に腰掛けた。


「まあ、男は元気でなんぼでしょ。

 任務遂行してくれるなら手段は問わないわ」

「はあ」

「ねぇニケ、あなたが相棒になってから、《叶え屋》の解決件数は増えていってるのよ」


「そうなんですか?」

 驚いた。

「ええ、それに元々、彼は《叶え屋》の現場に女は連れて行かなかったの」

「え?」

 あたしは目をぱちくりさせた。

「相棒は、ただのカインの恋人の座だったってワケ」

「なんという公私混同ッッ!」


「だから、仕事の処理速度も遅いし仕事も選んでいたのよ。

 彼、暴力にモノ言わせる仕事は好きなんだけど、対人任務には不器用なところがあってね」

「なるほど」


 宝石泥棒の時もあたしは一切乱闘には加わってない。

 リンダを吹っ飛ばしたのもカインだ。

 あたしがやった任務と言えば、馬糞処理に、図書館の天井のランプの付け替え、貴族で老婆のおしゃべり相手……、地味なもんである。

「女と仕事なんて真っ平とか言ってね。

 《叶え屋》襲名当時は苦労したわ」


 なんか嬉しくないけど。

 それに、地味な仕事はあたしだけで行ってるし。


「あの、言いにくいんですけど、

 それって今まで相棒に押し付けてなかった地味な仕事をあたしが消化してるだけの話では?」

「ま、それもあるわね。

 けど、現場に連れて行ってるって聞いて、驚いたわよ?」

「はぁ……」


「まあ、」

 言って、ヒール大佐は、執務机の上に残った黄色い薔薇の花粉を指で拭う。


「あのスケコマシが、あなたのことをどう扱うか、見せていただくわね」

 大佐のウインクは、それはそれは綺麗に決まった。


「はあ、どうも……」


 悪趣味なんだか、あたしたちのことはさして興味がないのか、不明なところだ。


「あら、私書箱5963号、そろそろ書簡が届く頃じゃない?」


 大佐の声に、執務机の上に置かれた女神像の掲げるアンティーク時計を見やる。


「あ!もう21時! 失礼します!」


 バタン



 ニケが去った後で、ヒール大佐はニィと唇を吊り上げた。


「あの男が女に装飾品を、しかも、

 《自分の瞳と同じ色をした宝石ペリドット》なんてもんをあげたのも、初めてだったわね」


 立ち上がり、燭台にタバコを近づけて火を灯す。


「女を掃いて捨てるほどにしか思ってなかったカインが、ねぇ……」


 ふぅ、と細い煙を吐いて、女大佐は心の底から愉快そうに顔を綻ばせた。

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