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PLAY.8 《運命の金の糸少女行方不明事件》を解決せよ!

 前回のあらすじっ!



 《叶え屋》に依頼された《少女行方不明事件》を解決する為、

 崖の上の白いアトリエに向かったニケとカイン。


 そこには、カインの馴染みらしき人物、錬金術師 レン=ブラックスターがいた。


 銀髪に白銀の瞳を持った、ファンタジー界代表のような彼は、

 カインが持ってきた金の糸を《運命の金の糸》だと言う。


 しかも、それにはやっかいな魔術がかかっているとか言い始めてーー?!



 ーー第八話っ!



 ダヴィ家にて開かれたネイキッド伯爵の夜会には、大勢の貴族や軍関係者が訪れていた。

 皆、片手にぶどう酒の入ったグラスを持ち、派手に着飾り、社交の場を楽しんでいる。


 その中で、一際目立った娘が居た。


「きゃあん、すっごい美人♥️」


「うんうん、あの人でしょ、キレー、目の保養ー、

 どこかの伯爵のご令嬢かしら?」


 真っ赤なカクテルドレスを着た女と、

 ライラックのアンティークドレスを着た女が黄色い声を出している。


「そうね。さっきはカイン中佐と親しげにお喋りしてらしたもの。

 きっとそうよ!

 なんて妬ましいのかしらっ」


 人だかりの正体は、鼻の下を伸ばした軍人や、したり顔をした正装に身を包んだ貴族だ。

 我先にと、その中心にいる娘にアプローチをしている。



「ーーネェ、カイン」

 その人だかりの少し離れたところで、

 あたしは、ひくひく、と拳を握りこむ。

「なんだ、崖っぷち」


 あたしの横には、ラヴェンダーのタキシードを決め込んだカインがいる。

 チーズをかじる様がなんだかフェロモンくさい。


「ッ余計なお世話よ!

 なんかすごい事になって来てるけど、コレ、大丈夫なの?」

 あたしは目の前の人だかりに向かって指をさした。


 すっかり男の群れが出来上がってしまったその中心部に、レン=ブラックスターは居た。


 マリーアントワネットばりのボリューミーなエーゲブルーのドレスを着て、銀の髪に同じ色のバラを飾って上品に微笑んでいる。


 きゅっと締まったウエストは、あたしより全然細い。あの人、肋骨あんのかよ。



「ああ、嫌がってはいたが、悪くねぇな」


 しれっと答えるカイン。

 あたしは壁の花よろしくカインと二人で突っ立っている。


 言いたくはないが、ご令嬢たちが騒ぎたてているのは、あたしのことではない。けして。


 あたしはため息をついて、フォークにさした生ハムを口に入れた。

 もちろん、手元の皿には、これでもかというくらい料理が盛ってある。


「にしてもさ、よく昨日の今日で、夜会があったわね」


「俺の馴染みでな、金持ちのボンボンがいるんだ。

 熟女好きの独身貴族がな。

 ちょうどいいから夜会を開かせた」

 腕を組んだカインの頰に、漆黒の前髪が影を落とす。


「えっと、主催は、ネイキッド・ダヴィ伯爵とか言ったっけ?」


「ああ、そいつだ。

 客が女ばかりだろうが」


 確かに見渡すと、男性の姿はあまりいない。レンのところに一点集中していると言っても過言ではない。


「で、そのネイキッドさんはどこに?」

「あ? もうベッドインしてるだろ」


「主役の引きが早すぎるよ!?」


「莫迦言え。夜会は始まって30分が勝負だ。

 それ以降は売れ残りのバイキングパーティだろ。豚増殖イベントだ」


 言って、カインはあたしの皿からセロリ(っぽい味のするスティック野菜)を取ってかじった。


「あんた、もうちょっと歯に衣着せなさいよ」

「ふん、事実だろうが」


 異世界でも現代世界でも、立食合コンというものは、そんな感じなんだなと一人納得する。


 それはそうと、この世界の料理はなかなか美味しい。

 一つ難点を言うならば、野菜が青臭いところだ。


「ニケよ、完全に引き立て役だな」


 二ヤァ、と嫌味1000%の笑みでカインは毒づく。


「うっさいわ!」


 値踏みするようにあたしのカッコを上から下まで見てくるのに赤面してしまう。

 カインに用意されたドレスは、エメラルドグリーンのミニドレスだった。

「足がスウスウしてイライラするわ」

「お子様にロングは早い」

 耳たぶにつけた大振りのパールのイヤリングが食い込んで痛いのも、あたしを少し苛立たせていた。



「それにさ、アレと肩を並べられるとは思えないわ」


 あたしは肩を落としてごちる。


 相手は、見た目がデ○ズニー映画のプリンセスみたいな男だ。

 男の理性をいとも簡単に破壊できそうなビジュアルに、

 レンの柔らかな物腰がプラスされたら、

 どんな殿方だって声をかけたくなる。


 太刀打ちできるとは思えない。


 やはり、この世界は異世界のくせにあたしへの扱いがずさんすぎる。

 はるばる来たんだから、もう少しもてなして欲しいもんである。


「そうかぁ?

 俺からしてみりゃ、ただの女装したキモいおっさんだぜ?」


「自分から頼んどいて何を言うかぁ!?」


「俺から見りゃ、貴様の方がよほどーー」

 ぽそりとカインが言う言葉に耳を疑って、あたしは横に立つカインを見上げた。


「え?」


 その瞬間、彼のペリドットの双眸がギラリと光る。

「ーー来た」



「来たって、」



 ばさ




 カインはマントに風を含ませると大股で歩き始めた。

 あたしは料理の皿をテーブルに預けて追った。


「もう、なんなのよ!?」






 ★ ★



 夜会の喧騒から離れた、ひと気のないバルコニーに佇む二つの影。


 一つはレン=ブラックスター(絶賛女装中)。


 もう一つの影は、


「女?」


 ばぐっ



「ふぐっふぐはぁっぐ」

「クソが、黙れ」


 あたしは、カインに黒い革手袋で口を塞がれる。

 あたしとカインはバルコニーの扉の影に潜んで聞き耳を立てる。



 月明かりのない闇の中、女の顔は見えない。


 闇に目が慣れてきた頃、彼女がやたら高いヒールを履いていることが分かった。


 そのヒールは15cmは軽くあった。

 厚底だ。ゴスロリか。


 中肉中背のレン(ヒール5cm)より背が低い。

 あれだけヒールで盛ってもまだ低いということは、背丈は150くらいだ。


 体の線をやたらと強調させたドレスを着ている。

 頭にはヴェールをかぶっていた。



「お話ってなんですの?」


 レン=ブラックスターの女装はなかなかの完成度である。


 しゃなりと肩を揺らして、レンは女に尋ねた。


「あまりにお綺麗だから、声をかけましたのよ」


 やたら高い、ヒステリックそうな声を出して、女はウフフと笑った。


「それはどうも。

 それにしても、ダヴィ伯爵をほったらかしにしてこんなところに居ては、後で怒られてしまいましてよ?」


「あのお方は、あたしがどこにいようと何も感じられはしませんわ」


「あなたは?」


「名乗るほどのものではないですわ」

 あからさまな不機嫌な声を出す謎の女。

「そうですか」

 レンは全く気にしないそぶりでニッコリ笑う。


 謎の女は、こぶりの手をレンに差し出した。

「この糸をご存知でして?」


「それは、《運命の金の糸》?」


 その手には、噂の糸が乗っかっているようだ。


「ご名答。よろしければ、この糸を差し上げてよ。

 あなたの思い人とのエニシを繋げてくれるアミュレットになることでしょう」


「ご好意、ありがたくいただきますわ」


 影から伺うに、その手は肉付きのよいもみじのような手だった。



「今夜は冷えますわ。

 お早めのご帰宅をーー。


 あ、そうそう。

 その糸は、窓を開け放ち、月の明かりを与えることであなたに力を与えますわ」


「ご親切にどうも」



 レンに背中を向けると、その女は早足で歩き出した。


「やっば、こっち来るっ」


 ごそっ


 あたしとカインは手近にあったカーテンの中に隠れて、なんとかやり過ごした。


 ハイヒールの音がだんだん小さくなっていくのを聞き届けて、あたしは安堵した。





「ニケよ、俺の胸の中はそれほどに居心地がいいか?」




 はたり。




 あたしは、カインと密着していたことに気づき、そろりと上を見上げた。


「さっさと離れろ」


 無表情で言われて、背筋が凍る。





 ーーられる。



 あたしの第六感はそう告げていた。

「不可抗力でしょ!?」

 うまく足に力が入らない。





「やあ、お二人さん。

 そろそろ、コルセット外したいんだけど、いいかな?」


 カーテンを捲ったのは、レンだった。


 助かった、と心の底から思った。



「レンよ、よくやったな」

「まあ、僕も興味あるからね。

 でも、女装は勘弁だよ」


 そう言ったレンの、キメの細かい皮膚に覆われた細い指からは、

 《運命の金の糸》が垂れている。


「それでさ、カイン、あの人なのだけど」


 レンは言いながら女が去って行った方角を見やる。

 その声はあっけらかんとして明るい。


「まったく、素人の魔術ほどリスクの高いもんはねぇよ」


 カインはそう言ってから、


「こっからは、ニケよ。

 貴様のターンだぞ」


 と、あたしの肩を叩いた。


「へ?」


 きょとんとするあたし。


「この《運命の金の糸》とやらにかかっている呪術に、

 貴様自らかかってもらおう」


 あたしのすぐ横で、心底嬉しそうな顔をして微笑むカイン。

 こいつをサディストと言わずして、誰がサディストなのだろうか。ドSの権化だ。


「大丈夫だよ、ニケちゃん。

 死ぬ直前でなんとかしてあげる」


 レンは、あたしの手をそっと持ち上げて、手のひらを上にさせると《運命の金の糸》をスルスルと落とした。


 氷みたいに冷たいと思ったのは現実か幻か。


 ようは囮になれと言うことなんだろう。


 あたしがモノも言えずにいると、

 レンはおもむろにあたしの手のひらを裏返し、



 ちゅ



 と、キスをした。


「ぎょへぃッ?!」



「あはは、コレはお守りね」

「?! なんか魔法かけたの!? 今ので?!」


「うん、かけたかけた」

「ファッ!」

「よく言うでしょ? 嘘も方便ってね」

 口の前に人差し指を持っていって、レンはもう一度、ちゅ、と音をさせた。これどっかで見たよーな。


「……って、それ、今言ったらあかんやつや!!」


 キスをされた手の甲がやたら熱くて戸惑いが隠せない。







 それから。


 上機嫌なレンは鼻歌を歌いながら、


「じゃあ、また明日」


 と言って、馬車に乗り込んで帰っていった。


 あたしは、手元に残された糸をピロピロと目の前で弄び、

 お腹が空いた、と呟いた。

 星が見えたけど、オリオン座は見当たらない。そういや異世界だった。



「帰るぞ」


 カインは、次に来た馬車の入り口であたしを呼んだ。


「あ、うんーーッあ!」


 馬車に乗り込もうとしたら、足掛けにヒールがハマった。


「チッ」




 ふわっ



 頭上でまるで地獄の獄卒が亡者に吐くような舌打ちが聞こえた。



「?!」


 一度、からだが馬車から離れると、両足が宙に浮いた。


 両膝に手を回されたかと思うと、

 馬車の中にすい、と移動する、

 あたしは、ストンと座席に座らされた。


「え……?」



 何が起こったのか分からなかったが、

 どうやらあたしはカインに姫抱きにされて転倒をまぬがれたようだ。


 カインは向かいの席に座っている。


 大股を開いてからネクタイを緩めると、がしがしと頭をかいた。


「ああいう社交界ってのは胸糞悪ィ」


 悪態をつくと、そのまま俯き、寝てしまった。

 ーー疲れていたんだろうか。


 外であんなに気取っている彼を思うと、なんだかおかしかった。





 馬車の窓から景色を覗いた。


 闇の中には何も見えない。


 たまに通り過ぎるガス灯が、なんだか瞼にやきついてたまらなかった。



 手の甲よりも熱い、膝の裏が憎い。






「今夜はちゃんとソファで寝よう」


 あたしは固く決意をして、まどろんだのだった。

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