PLAY.7 キタァ! 絶世の美青年、錬金術師 レン=ブラックスター
前回のあらすじ!
食と宿欲しさで皇国つきの《叶え屋》をすることになった白咲 ニケ。
その仕事内容は、私書箱5963号に届く手紙に書かれた皇国民の願いを叶えること。
ある日、ニケは、相棒のカイン中佐と依頼人に直接会いにいく。
依頼人のカサドニフ=ザラ卿の願いは、
「行方不明のシルビアを探して欲しい」だという。
手がかりはシルビアの部屋に残された一本の金の糸。
ニケとカインは、無事娘を見つけることができるのか?!
ーー第六話ッ
あたしとカインは、炎天下の中、セレーネ海の海岸沿いにある崖を歩いている。
目的地は、崖のてっぺんにある小さな白い箱のような一軒家だ。
崖のてっぺんまではかなり距離があった。
馬を使おうにも、道が悪すぎて無理だ。
あたしたちは、かれこれ三十分程、えっちらおっちらと断崖絶壁を歩いている。
「あ、暑い、日焼けする……」
弱音が出た。
ワンピの下は蒸れて汗でベトベトして気持ち悪い。
「うう、カイン、なんであんた、そんなに涼しい顔してんのよぉ!」
あたしの前を飄々と歩くカインの背中をぺしりとはたく。
カインは、漆黒の長袖の軍服に、裏地がワインレッドのマントを羽織っている。
後ろから見ている限り、全く汗をかいていない。どこぞのビジュアル系バンドのボーカルか?
「ぴいぴい喚くな、ド絶壁女が。落とされたいのか?」
暑いのは暑いらしく、機嫌が悪いカインは、鋭い眼光であたしを睨みつけた。
「ふん、もう少しすれば、涼しくなる」
じゃり
カインが黒革のロングブーツのかかとを鳴らした。
「へ? それってどーゆー意味?」
と、あたしが顔を上げた時だった。
ばっしゃあっ!
あたしの頭上から突如、大量の水が降ってきた。
「な!?」
べちゃりと前髪が顔にはりついて前が見えなくなる。
「ちぇ、避けちゃダメじゃないか」
夕凪の中を駆ける一陣の風のような声が聞こえる。
「水……?」
思いっきり被った水が、ぱたぱた、と滴り落ちる。
下着まで濡れてる、なんなの、異世界ってなんなの。暴力的にもほどがある。あたしの知ってる異世界ってもっとあたしのことチート扱いしてくれるはずだよ?ハーレムどこだよ?出せよ!
怒りに任せて、ぐい、と前髪をあげて、あたしは目の前の様子をうかがう。斜め前あたりにカインが居た。飛んで水を避けたのだろう。まったく濡れている気配はない。
目の前には、深い群青色のビロードのローブを纏った銀髪の美青年が居た。なんと太陽光を吸収しそうなブツであろうか、見ているだけで暑い。
手には木製の手桶をぶらさげていた。
「冗談みたいなイケメン来た……」
美青年といったら美青年だったもんだから、あたしは自分にされた愚行をすっかり忘れてて見惚れてしまう。
年の頃ならば、カインより少し上だろう。
三十路前の大人の色気が漂う、細身の長身の男だった。
カインよりは背が低い。
その四肢は骨ばっていて、まるで脂肪がついていない。
筋肉もさほどついていないようで、ファンちゃんあたりに小突かせたら一発でノックアウトできそうなほど華奢な男だ。
銀髪を前下がりのボブにカットしている髪型が特徴的だなと思った。
「あちゃ、連れにぶっかけちゃったか、ごめんね?」
と覗き込んできた白銀の瞳に、あたしは完全に魂を鷲掴みにされてしまった。
さすが異世界。こういう人もいるよね、そりゃあ。と、一人で納得する。
銀髪前下がりの男は、右手のひらを立てて、詫びのポーズを決め込むと、
「それにしても、びしょ濡れだね?
こちらにおいで。着替えを貸すよ」
と、あたしの手を取ろうと右手を差し伸べる。
ばりっ
「?!」
もう少しで、線の細いビスクドールのような繊細な手に触れそうだ、というところで、あたしの体は宙に浮いた。
「カイン!? 離してよっ!高いこわいっ!」
カインがあたしの腰を掴んで空高く持ち上げたのだ。
「この女は、ニケだ」
それだけ言うと、あたしをずさんに地上に落とす。
だすっ!
「いったい! 足首くじいたらどうすんのよ!」
「ゾウ足に足首なんぞ無い」
「全くもって失敬な!」
ぎゃいぎゃいと喚いていると、
「ふふ、なるほどね。これが、噂の彼女か」
と、銀髪前下がり男は細かく肩を震わせて苦笑した。
「カイン、君のおもちゃを取ったりしないよ。
今日は何用だい?
まさか、涼みに来たんじゃないんだろ?」
銀髪男がふわり、と微笑むと空気が華やいだ。今、人のことなんて言った?
カインは、大きく舌打ちをし、
「ニケよ、こいつが錬金術師のレンだ」
腕を組んで、苦虫を噛み潰したような顔で告げた。
「はじめまして。
僕はレン=ブラックスター。
お噂はかねがねだよ。
《叶え屋》の相棒、ニケちゃん」
作り物みたいな顔で、レンは上品に微笑んだ。
☆ ☆
「へっきしっ!」
抜けるような青空の下、あたしがワンピースの裾を絞っていると、
「本当に着替えなくていいの?」
と、レンはあたしにマグカップを差し出してくれた。
あたしは、首を振る。着替えるのが面倒だったというのは秘密だ。
「楓の香りがするお茶だよ。
好みに合えばいいんだけど」
甘いこっくりとした香りに、鼻腔がくすぐられる。
「レンさん、ありがとう。いただきます」
「レン、でいいよ」
シワもシミもない陶器のような肌だと思った。永遠に見ていられそうな危うさがある。
「ありがとう、レン」
なんだか少しむず痒いが、目の前の美青年が笑うのでよしとした。
崖の上の白い箱は、レンのアトリエ兼自宅なのだそうだ。
小さな庭に、1メートル四方の真っ白なテーブルと椅子が2つある。
あたしは、そこに座るよう促される。
カインは、あたしのすぐ横で、フラワーゲート用のアイアンにもたれている。
レンは椅子にかけると、
「金の糸とやらを見せてよ」
と、カインに視線を流す。
カインは、懐からブリキ缶を、出すとポイとレンに投げた。
レンは、クリスマスプレゼントを貰った子供のように嬉しそうな顔をして、その蓋を開ける。
「ふうん、なるほどね」
ぴろ
目の高さまで糸をつまみ上げて、俯瞰するレン。
セレーネ海の波の音が耳に心地よいなと思う。
服が中々乾かないのが、気に入らないけど。
「どうだ、レン?」
レンは、表情を変えないまま、
「……そういえば、富裕層の貴族の娘たちの間で流行しているモノに、こんな類のものがあったな」
ごちり、ぴろぴろ、と金の糸をいじって弄ぶレン。
「どんなシロモノなの?」
「夜会で、バイヤーが売って歩いているそうなんだ。《運命の金の糸》」
「《運命の金の糸》??」
あたしがオウム返しにする。
「赤い糸じゃなくて?」
「赤い? 運命の糸は、金色だよ」
レンに、『お前、頭おかしいのか?』ばりに言ってのけられてしまい、あたしは面食らった。
「貴様の世界では、赤なんだな」
カインが、ふん、と鼻であしらう。
「なるほど? ニケちゃんは、“マミヤ”と同じなんだね」
ふむ、と頷いて、レンはニッコリ笑った。
「マミヤ?」
「今、それはいい」
あたしがオウム返しすると、カインが遮った。
「ニケちゃん、運命の金の糸は、生まれて来た時に運命の神が決めた相手の小指と、自分の小指を繋ぐ糸だよ。
強靭で、どんな筋骨粒々なドワーフが引きちぎろうとしても消して切れやしないものなんだ」
レンは、人差し指を立てて、優雅に話すと、グラスに入ったお茶を口に含んだ。
「これが、それだと言うのか? レンよ」
けっ、と忌ま忌ましそうにカインは吐き捨てる。
確かに、ロマンチックとか乙女チックなんて言葉を彼の前での吐くこと自体が愚かだ。
人を虐めることが趣味みたいなカインのことだ。
その類への理解は皆無なんだろう。
「でもね、これは」
レンの白銀の瞳が大きく開かれる。
「とても悪趣味な魔術がかけられているよ」
「魔法ってこと?」
あたしは聞き返す。
レンは、糸を、人差し指で器用にくるくると回しながら、
「魔法ってのはね、ニケちゃん。
結果論だよ」
と言った。
「う?」
レンは金の糸をテーブルの上に置く。そして、その流れで両肘をついて、口元の前で両手を組んだ。
「僕ら錬金術師は、
《人間の強い意志》と《自然の力》を、
《依り代》に宿らせ、
共存させることを生業にしている。
《依り代》に宿った力が作動すれば、
術は完成する。
魔法は人工的に起こすことができるんだよ」
「う、ん、わかるよーな、わからんよーな」
「あはは、いいんだよ、それで」
「うだうだ言ってないで、結論を言え。レン」
カインが急かした。
「この金の糸は、《依り代》ってこと。
《人間の強い意志》と《自然の力》については、詳しく調べないと分からないけど。
街の噂を加味するに、サブリミナル的な術の類の色が濃いな。
精神錯乱を招くような」
「つまり、その金の糸に、なんかヘンテコなサブリミナルトリックが仕掛けられてるんだな」
カインはガリガリと頭を掻く。
「うん。どうやってそれを発動するかは分からないけど」
あっけらかんと答えるレン。
「ザラ卿以外に、今年に入ってすでに5件ほど、行方不明者が出ているんだが」
と言いよどんだカインは、そこで大きく舌打ちをする。
「どうも気になって調べたんだが、
その娘たちには共通点があった。
それは、部屋に残されたのは、金の糸のみ、ということだった」
「なに、それ」
あたしは、背中にゾクゾクしたものを感じる。
「でもな、カイン。
この金の糸がどう使われるのか、僕にはわからないよ」
「ふん、役立たずが」
「はは、すまないね」
この二人のやりとりを聞いていると、随分昔からの馴染みのようにうかがえる。
あたしは、ちょっとだけ総司を思い出して胸が苦しくなった。
「蛇の道は蛇、糸には糸 大作戦だな」
ニタァ
不気味に唇を釣り上げるカインは、あたしを見やると、さらにその顔を凶悪にさせた。




