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PLAY.6 ザラ卿の娘を取り戻せ!!

(なんだか、あったかい……)



 それはそれは、甘い夢のようなものだった。


 肌と肌が重なるぬくもりに、

 あたしはひどく安堵した。


 やっと辿り着いたんだと、

 根拠もなく思ったら、

 無駄に目頭が熱くなって、

 呼吸が苦しかった。


(満たされるなぁ。

 なんで……?

 なんなの、この気持ちは)


 酸素を吸うことが、困難なほど

 胸が満たされていて、むせそうだ。




 それは、花の匂いに似ていた。




 目が覚めると、

 あたしは、屈強な両腕の中に包まれていた。



 あたしよりも、肌が太陽に近いせいだろう。

 腕の日に当たる部分は、日焼けをしている。


 筋肉質な二の腕が、あたしの後頭部に当たっている。


(…………)


 夢見心地で、

 つう、と肘を軽くなぞると、


 ぴくり、とそれは反応した。


 震えは、この腕の持ち主の腹筋に繋がった。


 連動するように、胴体が少し揺れた。

 夢でいい、このまま甘さに漂ってしまいたい。



 寝ぼけ眼のまま、あたしは視線を窓に移す。


 黒の窓枠から、朝日が入ってきている。


 サァ…………



 ふわりと薄いカーテンが風に舞う。


 ふう、と小さく息をついて、寝返りを打とうとした。




  とくん




「まだ寝ていろ」


 絶対服従のみを許す甘く低い声が降ってくるのと、

 あたしを抱く腕に、少し力が入るのは同時だ。


 触れあう素肌は、やたら感触がいい。


 肌が吸い付いてしまうようだった。


 あたしは、そのぬるま湯のような気だるい甘美な時間を恍惚と楽しもうと…………………、



 


 ーーんんん?


「!!!」




 かばっちょ!


 



 あたしは、抱く腕を振り払って起き上がった。


  「ぎゃぁあわぁああああああっっ!」



 異世界に飛ばされて、今日で5日目。


 あたしの朝は、このように始まる。




「……いい加減慣れたらどうなんだ?」


 あたしを抱いて寝ていたカインは、うるさそうに眉をしかめて、頭をばりばりと掻く。


 上半身は裸、下は黒のスラックス。

 これが彼のおやすみスタイルらしい。


 対するあたしは、パンツ一丁。


「もうッ、なんで毎朝毎朝こうなのよ!?

 もう絶対お嫁に行けないっっっ」

「行く気があるのか、図々しい」

「放っておいて!」


 申し訳程度の胸を隠しつつ、

 あたしはサイドテーブルに置いてある洋服に手を伸ばし、乱雑に被った。



「心配するな。

 貴様程度の裸で、カインのカインは起動しない」


 カインは、しれっと言うと窓まで移動して、カーテンを開けた。


「朝からダイレクト下品っ!

 なんか腹立つムカつく殴りたいっ!」


 どうせあたしなんて、こいつにとっては、人肌の抱き枕程度の存在なんだろうけども。

 こう寝起きが最悪だったら、幸先不安でならない。


「仕方ないだろうが。

 相棒は寝食を共にすると決まっている」

「何のために!?」

「経費削減」

「中佐のくせに貧乏!」

「それに、昨日は、貴様は『一緒に寝るのはいやだ』と散々駄々をこねて、そこのソファで寝ていた」



 ーーはた。



 あたしは記憶を巻き戻す。


 そう、たしかにあたしは昨日、


「そうよ! そのソファはッッ」

 あたしは部屋の扉の近くにある猫足のソファを見た。


 だらり、と毛布が床にずり落ちている。

 床には、脱ぎ散らかした白のネグリジェが潰れていた。


「貴様が勝手に移ってきたのだ」


 ふん、とカインは嫌味げに言い放つ。

 そういえば、扉からの隙間風が冷たくて夜中に一度起きたような……。

 心臓の奥あたりから、熱が込み上げて来た。

「ネグリジェを脱いだのも貴様だ」


 うっすらとした記憶が鮮明になると、今にも死にたい衝動にかられる。


「そもそも、うら若き乙女をソファで寝かせるあんたが悪いのよ!」


「どこがうら若きだ。夜中に脱ぎグセがある女は乙女とは言わん」


「正論言うなっ!」

「いつも正論を言えない中間管理職なんだ、言わせろ」

「同情の押し付け反対ッ」


 恥ずかしさをやり過ごすために、あたしはマッハで身支度を整える。


 アンミラワンピースのブラウスのボタンを止めて、髪をハーフアップにした。



 野郎に、しかも、軍の内部の女と根こそぎ関係があるようなスケコマシなんぞに夜這い(未遂)をかけてしまうだなんて、

 白咲 ニケ、一生の不覚だ。


「根こそぎでもない」

「いちいち心読まないでくれます!?」


 ワンピースのシワを伸ばし、パンパンと叩いてやると、あたしを凝視するカインと目があった。


「ーーなに見てんのよ」

「いや? 男と言われてもわからんなと」


 ごめすっ!


 あたしの右ストレートは、カインの懐にめり込んだ。






 * *




 ディグニティエ皇国

 黒水竜ノワールドラゴン教会 聖堂



「行方不明の娘を探して欲しいーー?」


 漆黒に黄金で刺繍を施してあるマスクをつけた軍服男、カインは、そう言って水竜像に背中を預けた。


 あたしも白のマスクをつけて、カインの隣で立っている。


 あたしたちの前には、聖堂の長椅子に腰掛けた男が一人、

 小さく呻き、頭を抱えている。


 彼が今回の依頼人、カサドニフ=ザラ卿である。




 ディグニティエ皇国は、ドラゴン信仰が盛んらしい。

 というのも、この国が海に囲まれているので、水竜は国を外敵から守る守り神として崇拝されているからなんだとか。


 黒水竜ノワールドラゴンを崇める教会の聖堂は、ステンドグラスが壁の大半を占めている、幻想的な教会だ。



 正体不明の皇国軍つき《叶え屋》は、ここで取引をするのが伝統らしい。



 昨日、私書箱5963号に、一通の手紙が届いた。


 手紙には、町の警護にはすでに依頼済みだと書かれていた。

 一度は様子見にしようとなったのだが、

 カインがどうも気になると言って、依頼人と直接会うことになったのだ。


 依頼人は、貴族の正装を着た中年の男性だ。

 神経質そうな線の細い面構えをしていて、白髪の進行がかなり進んでいる。

 長く伸ばした白髪を後ろで黒いベルベットのリボンで結んでいた。


 ザラ一族は、代々貴族で、膨大な財を持っている。

 ディグニティエ皇国の中でも屈指の金持ちだそうだ。


 ディグニティエ城の東に、ザラ卿の城はある。

 あたしは、ディグニティエ城からでも見えるド派手な城を見て、某リゾートパークのシンボルを思い出した。




「娘のシルビアが、昨日から行方不明なんです。

 城の警護の強化もしてますし、使用人は、今も周辺の森を探しています。

 けれど、一向に足取りが掴めずで」


 そこまで一息で言うと、ザラ卿は、はぁ、とため息をついた。顔の血色が悪い。


「手掛かりは、この糸だけで」


 そっと、ザラ卿が差し出したのは、一本の金糸だった。

 50センチほどの長さだ。


「これは?」


 カインは、革手袋でそれを手にとると両手で端と端を持って、天井にかざした。


「ふむ、なかなかいい糸だな。

 普通の糸ではない。

 シルビアは、裁縫を好んでいたのか?」


「人並み程度には。

 ですが、部屋にはたったこれだけしか残っていなかったんです。

 金を持ち出してもいませんでした」


 ザラ卿は、ぎゅっと拳を握り込んだ。


「シルビアを最後に見た時の服装は?」

 とカイン。


「ピンクのドレスを着ていました。

 シルビアは、今年13になるんです。嫁入り前の大事な時期に、こんなことになるなんてっっ」


 どん、とザラ卿は机を叩いた。


 長机に置かれた茶器が、カタカタと音を立てる。


 ザラ卿は、「失礼しました」と詫びると、痩せこけた頬を撫でて、大きなため息をつく。目の下にはクマができていた。


「ふん。娘の特徴を話せ」


「栗色のロングヘアで、背はそこの白いマスクの娘ほどです。


 青い瞳は、セレーネ海を映しこんだように美しく、華奢で虫も殺さないような大人しい娘です」


 言いながら、う、と泣き咽ぶザラ卿。


「同じ娘でも、えらい違いだな」


 カインは明らかにあたしの方を見て悪態をついた。


「今度相棒にするならああいうタイプにすれば?」


 あたしはこめかみをひくつかせながら、言い返す。


「あの?ーー《叶え屋》?」


「失礼、

 では、ザラ卿。この依頼、確かに《叶え屋》が引き受けた。

 娘は必ず、あなたの元へお返ししましょう」


 ばさり、と黒のマントに空気を含ませ、カインは大仰にこうべを垂れた。




 * *


「そうは言っても、手掛かりなんであるの?」


 教会からの帰り道、あたしはカインに話しかけた。

 マスクを取ったカインは、鼻頭をポリ、と搔きながら、


「金糸が気になる」



 とだけ告げた。


「この糸を、錬金術師のレンのところに持っていくぞ」


 カインは、そう言うと、ブリキ缶に金糸を丁寧に収めて、あたしに振り向きもせずにスピードを早めた。


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