PLAY.5 イイハナシには、必ず裏がある。
前回のあらすじ!
主人公の白咲 ニケは24歳の派遣社員。
風呂場で転倒して気がつくと、そこは異世界だった!
ディグニティエ皇国のキャロライナ大佐と契約してしまい、《叶え屋》になったニケ。
相棒 カイン中佐とともに、夜の街を暴れまわることに!
なんとか初仕事を終えると、カインは報酬の首飾りをニケにプレゼントした。
これって気まぐれ?
それとも・・・・・・?
-―――第五話!
あたしは、兵舎の食堂で支給されたソーセージを受け取り、ひとり席についた。
広い食堂には、エプロンをつけた女性や、軍服を着た兵士、祭祀服を着た神官など、
様々な職業の人たちが食事をとっている。
500人くらいは収容できる、レンガ造りの食堂だ。
異世界に来て今日で二日目。
昨日は馬小屋の片付けで徹夜だったので、眠くて仕方ない。
今にも寝落ちしそうになりながら、フォークをなんとか持って、食事を口に運ぶ。
寝不足の時でも、食欲は衰えない。
我ながら図太い神経だと思う。
つい先ほど、あたしは馬小屋の片付けから戻り、カインの執務室に行った。
カインの執務室は、大佐の隣の部屋にある。
執務机にカインの姿はなかった。
その代わり、着替えのアンミラワンピと赤スグリの実が入った小瓶が置いてあった。
瓶を手に取ると、その下にカードがあった。
それには達筆な字で、
「着替えだ。次の依頼が来ている。13時にここに居ろ」
と書いてあった。
「マメなんだよね、ちゃんと面倒みてくれてはいるし・・・」
あの乱暴な性格さえなければなぁと思う。顔は好みなのだ。
ぶすり、とソーセージにフォークを立てて、もそもそとほおばった。
コショウ以外にも、いくつかのハーブが入っている。味付けのスパイスも、肉の味を引き立てていた。
「おいし……」
付け合わせのスープをすする。
芋がトロトロになるまで煮込まれたクリームスープにバケットが浮かんでいる。
これも、びっくりするほど美味しい。
「そんなに嫌なやつじゃないかも」
はたりと動きがとまる。
「いやいや、そもそも昨日の馬小屋掃除だってあいつがいなきゃダメでしょ!」
ほだされないように、パンっと一度両頬を叩いた。
いかん、お人好しすぎる。
はあ、とため息をついて、ぶどう酒を注いだグラスを眺めた。
《叶え屋》の仕事は、結構来ているようだ。
私書箱5963号に届く皇国民の願い叶えるという。
依頼内容は様々。
宝石泥棒退治や、馬小屋の掃除、ベビーシッターに店番、ストーカーつぶしなどなど、多岐に渡るらしい。
皇国が建国して以来ずっと続いている伝統ある【裏稼業】だという。
「裏稼業・・・・・・っていうほどおどろおどろしい感じじゃないのよね。
なんていうか、むしろ便利屋みたいな?」
「そりゃあ、表向きは、ね」
目の前にいきなりピンクのストレートボブのネエちゃんが現れた。
「ファン!!」
筋肉ムキムキのオカマ医師、クリット=ファンだ。
白衣の下は、蛍光グリーンのタイトワンピースを来ている。その趣味、どうかと思う。
「ファンちゃんって呼べっつったろうが、このチンチクリン」
みしっ!
テーブルを挟んで、ファンはあたしの頭をゴツゴツした掌で掴んで力を込める。
「痛い痛い痛い!」
「全く、カインもどこの馬の骨ともわからないあんたみたいなのをよく相棒に認めたもんだわぁ」
「ファン・・・・・・じゃなくて、ファンちゃん?
表向きって、どーゆー意味?」
「そのままの意味よ。
今では、国民と軍の橋渡し、みたいなことを親善大使のごとくやってるけど、
もとは軍内部の監査や、不正を働く貴族の取締、裏切り者の暗殺とか、
汚い仕事をやっていたのよ」
「なるほど、だから、裏稼業」
「ま、今もあるけどね」
ファンちゃんはそう言ってから、フルーツパフェのてっぺんに乗っていた苺を口に運んだ。
「今も?」
一抹の不安がよぎる。
「必要になれば、カインから話が来るでしょう。
どのみちアンタは関係ないわ」
一本線を引かれたような気がして、少し淋しい。
「カインってすごい人なの?
あたしから見たら、ただのドS悪趣味野郎なんだけど」
フォークを置いて、あたしはファンちゃんを見つめた。
「はぁん??
すごい人に決まってんでしょ?
カイン中佐と言えば、軍で知らない人間はいないわよぉ?
今でこそ、ディグニティエ皇国は周りの諸外国から侵略されない平和な国だけど、
5年前までは戦争をしていたのよ。
セレーネ海戦争っていってね。
その時、カインは少佐として参戦したわ。
一騎当千とはまさしく彼のこと。
伝説になるほどの戦いっぷりでね。
敵国の軍を、一夜で壊滅に追い込んだのよ」
「へぇ・・・・・・」
漫画とかゲームの中のような話を展開するファンちゃんに、正直食われ気味になるあたし。
「その時、彼は、敵国からこう呼ばれたの、橄欖殺人鬼と」
「なんという厨二!」
「懐かしい呼び名だな、ファンよ」
「カイン!」
いつから居たのか、あたしの横にカインが腕組みをして立っていた。
がたん
偉そうに椅子を引くとどっかりと座る。
「ひどい顔だな、ニケ。
昨夜は激しかったのか?」
「は?」
カインは、目を細める。
「じゃじゃ馬にはじゃじゃ馬を、と思って、とっておきの仕事を振ったのだが。
貴様にぴったりの“運命の相手”はいなかったか?」
「馬が相手になるかっ!!」
「元気がいいな、そうでなくてはつまらん」
ふふん、と、どこか優しさを孕んで笑うカイン。
こいつのこういう優しい表情は、けしからんと思う。天然タラシめが。
あたしは、ぶどう酒を煽ると、チラリとカインを見た。
短髪にした黒髪の下から、橄欖石を閉じ込めた双眸が朝日を受けていて眩しい。
「なんだ?」
上から目線であたしを見ると、厚めの唇をくい、と上げた。
起き抜けなのか、どこか気だるそうな感じだ。
クラバットは結ばれないまま、首から垂れ下がっている。チラリと見える鎖骨がなんだか色っぽい。
「それはこっちのセリフでしょ!
何の用よ、すけこまし!」
つい、物言いがキツくなる。
「随分イキがいいじゃねぇか。
貴様の部屋の用意ができたので、案内にきてやったんだ」
「あ、・・・そういえば、昨日は馬小屋で仕事してたから」
「さっさとその肉棒を口中に収めろ、あまり歯を立てるなよ」
ソーセージを指差すカイン。
「あんたそれ、わざとだろ!?」
あからさまに下ネタに持っていこうとするカインに、思わず赤面する。
「ホント、ウブだな」
呆れた声がした。くっそ! くっそ!
「ほっといてよ!
あたしが来た世界にはあんたみたいな男はいなかったの!」
「そうか、処女か」
ふむ、と頷き、ポンと手の平にグーにした拳を置くカイン。
「処女じゃぁなァァいっ!!!!」
ばぁん!
あたしは思いっきり叫ぶと、立ち上がってテーブルを叩く。
しぃ・・・・・・ん・・・・・・・
食堂にいた人たち全員の視線を一身に浴びた。
「・・・・・・っ!」
あたしは絶句して席につく。恥ずかしさで頭に血が上る。
ファンちゃんとカインが、爆笑するのを必死でこらえてプルプル震えているのが腹立つ。
なんであたしがこんな目にあわなきゃならんのだ。
ざわざわざわ
しばらくして、
沈黙していた人たちが小さくしゃべりはじめる。
「カイン中佐の新しい連れか?」
「なんだ、あのチビ女。
前の女のが色っぽかったよな?
そそらねぇぇ」
「つーか、朝からお盛んだよな」
「サイテー、なんであんな男か女かわかんないようなのがいいの~?」
「仕事のしすぎで女のよしあし分かんなくなったんじゃね?」
「やぁだ~」
ーーーーいっらぁ!!
がたん!
あたしは堪らず立ち上がる。
「ちょっとニケ!?」
ファンが止めるが、知ったことか!
「そこのモブ!!黙って聞いてりゃ何なのよ!
一度だけ言うから耳の穴かっぽじって聞きな!
いい!?
あたしの名前は白咲 ニケ!
神に誓って、カインの連れなんてもんじゃないっ!
文句があるなら直接言いに来な!
腰抜けどもがっ」
キっと睨みつけると、陰口を言っていた奴らはびくりと怯えた。
あたしは、「ふん」と息巻いた後で、力任せに着席する。
と、同時に「ぶっは!」と、カインが吹き出した。
「何笑ってんのよ!」
「ハハっ、クククっ、
ハッ・・・・・・ニケ、貴様は面白いな」
「な」
少年のような笑顔に、あたしはあっけにとられてしまう。
腹を抱えてカインは笑っている。
長身の四肢をくの字に曲げて。
ファンちゃんも、ごつい顔をぐちゃぐちゃと崩して爆笑していた。
「誰のせいだと思ってんのよ!ばか!」
あたしは、恥ずかしさがドッと押し寄せてきて、へにゃりと突っ伏した。元の世界に帰りたい。
「からかいすぎたか」
と、カインは笑うと、あたしの頭の上に、ぽん、と大きな掌を乗せた。
「今までにないタイプだな」
満足そうに微笑む。
「それくらいの勢いがないと、俺の相棒は務まらんからな」
「理不尽に悪口言う奴が許せないのよ!
あと、あたしは、別になりたくてあんたの相棒になったわけじゃないから!」
カインはそんなあたしを嘲笑する。
立ち上がると、バサリとマントを翻すとさっさと食堂を出て行ってしまう。
「な、ちょっと、待ってよ」
あたしは慌てて皿を片付けてカインを追った。
かつかつかつかつかつ
カインについて、あたしとファンちゃんは廊下を歩く。
すれ違う軍人や、メイド、ドレスや正装をした男性たちは、
カインを見るやいなや、敬礼をしたり、したり顔で寄って行っては挨拶をしている。
「カインって、有名なのね」
あたしはファンちゃんに問いかけた。
「さっき言ったでしょうが、有名も有名よ」
ファンちゃんはごつい人差指を口元に持って行って、チュっと鳴らす。
その行動になんの意味があるのか、あたしにはわからん。
「軍師としての実力は、現存する幹部の中で、キャロライナ大佐に次ぐわ。
先の戦争で、彼が、彼率いる精鋭班とともに、敵軍に忍び込んで内から陥落させたのは有名な話ね」
「さっきの、セレーネ海戦争ってやつ?」
「そう。
軍の中でも、策士としてかなり買われていてね。
外交は、彼のおかげでかなりスムーズにいくようになったのよ」
「ふぅん?」
窓から見るセレーネ海は、今日も穏やかだ。海岸線には、白壁の建物が立ち並んでいる。
美しい街だと思う。
「ディグニティエ皇国は、もともと食物とか薬の研究が盛んだったの。
その研究に力を入れ、開発したものをメインに貿易を始めようと動いたのも、カインが最初だそうよ」
「食物の、研究」
あたしは廊下を歩きながら、逡巡する。
いまいち、ぴんと来ない。
「赤スグリの実を食べたでしょう?あれとかね」
「ああ、あれか!」
あのレモン500個分のすっぱい木の実を思い出すと、唾が出てきた。
赤スグリの実は、食べると異種族の言葉が理解できるようになるのだ。
「獣人とのコミュニケーションをすることで、
無駄な殺しや諍いをなくし、
さらに、彼らを軍に引き入れることで、国力はより大きくなったの」
「たしかに、それはすごいかも」
「ほかにもいろいろよ、薬品とかね、これはあたしの専門♥」
ウインクをかます、白衣の天使。
「なるほどね」
「ついたぞ」
カインが足を止めたのは、食堂から2棟先の2回建ての建物の2階、一番奥の部屋だった。
ーーんんん?
この部屋にあたしは見覚えがあった。
「この部屋、知ってるわ」
あたしのセリフ、言葉尻が震えている。
「そうか、思い出してくれたなら話が早い」
怖くてカインの顔が見れない。
「まるで昨日のことのように思い出せるわ」
「昨日のことだからな」
嫌な予感しかしない。
がちゃり
カインが観音扉をあけると、20畳はある広い部屋が出迎えた。
モノクロなロココ調のインテリアに、宝石で飾られたシャンデリア。
あたしが、この異世界で目覚めた場所。
「・・・・・・ここ、カインの部屋じゃない」
「ご名答だ。
ニケよ、今晩からここで寝起きしろ」
「そんな馬鹿な!!!!」
あたしは思い切り声を上げて抗議する。
あたしの背後では、「じーざすぅぅ!!」とファンちゃんは両膝をついて祈りのポーズをしている。
あたしだって祈れるものなら祈りた
いわ!
「無理無理無理無理! あんたと一緒とか!! 嫁入り前なのに!」
「歴代の相棒はそうしてきた」
「嘘ばっか!」
「嘘だ」
「嘘なんかい!!!」
「まあ、信じるかどうかは貴様次第だ」
カインはいけしゃあしゃあと言い放つと、キセルに火をつけて細い煙をはいた。
「いやなら、契約違反だ」
ふぅ、とはいた煙は天井に伸びていく。
「な?!」
「契約違反をすれば、生涯、貴様は俺の奴隷だ」
「んな契約あるか!!!」
「楽しいなぁ、ニケよ。
さぁ、俺をもっともっと楽しませろ」
そういって唇を釣り上げるカインに、あたしはそれ以上なにも言うことができず、その場にへたりこんでしまった。
・・・・・・異世界転生って、もっと夢があるんじゃないん?
→次回へ続く!