出会いと別れ(中編)
まさに――男勝りだった。
アイーダが大盾を構え、グリーンスパイダーの前へ躍り出る。
「そこをどきな!」
大盾を思い切り振り抜く。
ドゴォッ!
グリーンスパイダーの身体が大きく弾き飛ばされた。
そこへアイーダが踏み込む。
「どうだい!」
手にした巨大なメイスを振り下ろした。
――ドゴンッ!
鈍い音が森に響く。
グリーンスパイダーが地面に叩き潰された。
「……すげぇ」
思わず声が漏れた。
俺も盾を使って戦う。
だが、アイーダの盾はまるで別物だ。
防ぐだけじゃない。
盾そのものが武器になっている。
そして――
「次!」
アイーダの横を、一人の女剣士が駆け抜けた。
ミランダ。
細身のレイピアを手にしている。
その姿はアイーダとは正反対だった。
小柄。
とても小さい。
俺よりも、アンよりも背が低い。
なのに――
「速い……!」
ミランダの姿が一瞬ぶれる。
グリーンスパイダーがこちらへ飛びかかろうとした、その瞬間。
シュッ!
レイピアが突き出された。
一突き。
狙いは正確にグリーンスパイダーの急所。
レイピアが深々と突き刺さる。
そして、すぐに引き抜く。
蜘蛛が地面へ落ちた。
「……」
俺は言葉を失った。
速い。
とにかく速い。
俺が剣を振るうよりも。
ニックやベンが槍を突き出すよりも。
そして――
誰よりも鋭い。
「小さいのに……」
思わず呟く。
ミランダがこちらを見る。
「小さいのに、何か?」
「いや……何でもない」
慌てて目を逸らした。
その横で、グリフが苦笑している。
「レオン、それ本人に言ったら怒られるぞ」
「……気をつける」
ミランダは何事もなかったようにレイピアを構え直した。
アイーダが豪快に笑う。
「どうだい? うちのミランダは!」
「速すぎるよ……」
ユナも笑いながら答える。
「ミランダは接近戦になると本当にすごいんだから」
俺は改めて、アイーダたちを見る。
これが――
熟練冒険者のパーティー。
俺たちが五人で苦戦したグリーンスパイダーを、まるで別次元の戦い方で次々と倒していく。
俺たちはまだまだ新人だ。
その現実を、俺は嫌というほど思い知らされた。
そして、もう一人。
木々の間を軽やかに駆け回っている少女がいた。
猫科の獣人族。
名前は――ミーシャ。
彼女も斥候だ。
グリフと同じように弓を使い、接近戦では短剣を扱うらしい。
だが――
俺たちが見てきたグリフの戦い方とは、明らかに違った。
「……すごい」
グリフが呟く。
ミーシャが弓を引く。
――ヒュッ!
一発目の矢がグリーンスパイダーに突き刺さる。
普通なら、ここで次の矢を準備するために一瞬の間ができる。
だが――
ミーシャは迷わなかった。
矢を放った直後には、すでに次の矢をつがえている。
――ヒュッ!
二発目。
さらに――
――ヒュッ!
三発目。
矢が次々と飛んでいく。
「……なんだ、あの速さ」
グリフが目を輝かせている。
「俺と同じ弓なのに……」
ミーシャは走りながら矢を放つ。
移動して、撃つ。
撃った瞬間には次の矢を準備する。
まるで弓を使うことそのものが、呼吸の一部になっているようだった。
「グリフ、見すぎじゃない?」
アンが少し笑う。
「いや……だって、すごいだろ!」
グリフは完全に見入っている。
俺は思わず笑ってしまった。
「参考になりそうか?」
「ああ!」
グリフは即答した。
「すごく参考になる!」
ミーシャが一瞬こちらを振り返る。
猫のような耳がぴくりと動いた。
「……あれ?」
グリフが固まる。
ミーシャは何も言わず、また前へ向き直った。
そして弓を引く。
――ヒュッ!
また一発。
間髪入れず、二発目。
――ヒュッ!
「……俺も、もっと練習しないとな」
グリフが小さく呟いた。
その横顔は、悔しそうというより――
嬉しそうだった。
自分と同じ道を歩む、もっと強い斥候を見つけた。
そんな感じだった。
俺はそんなグリフを見ながら思った。
俺たちはまだ新人だ。
けれど、この森で出会った冒険者たちは――
俺たちがこれから目指すべき場所にいる人たちなのかもしれない。
それほど時間は経っていない。
だというのに――
周囲には、すでに何体ものグリーンスパイダーが倒れていた。
圧倒的だった。
俺たち五人が一匹に苦戦していた相手を、アイーダたちは次々と仕留めている。
大盾で押し潰すアイーダ。
一瞬で急所を突くミランダ。
氷魔法で動きを奪うユナ。
そして、目にも止まらぬ速さで矢を放つミーシャ。
俺たちはただ、その戦いを見ているしかなかった。
やがて、周囲を警戒していたミーシャが戻ってくる。
「この辺りには、もう敵はいないみたい」
ミーシャがそう告げる。
その声を聞いたグリフが、勢いよく立ち上がった。
「ミーシャ!」
「……?」
ミーシャが振り向く。
グリフは一瞬だけ言葉に詰まった。
だが――
「惚れました!」
「え?」
「弟子にしてください!」
森が静まり返った。
「…………」
俺もアンも、ニックもベンも固まる。
ユナも目を丸くしている。
「グリフ……?」
俺が呟く。
ミーシャは少し驚いたように目を瞬かせていた。
だが、やがて――
「ふふっ」
小さく笑った。
そして、猫科の耳がぴくりと動く。
左右に揺れる尻尾も、どこか嬉しそうにユサユサと揺れていた。
「……弟子、かぁ」
ミーシャはグリフを見る。
「そんなに私の弓、気に入ったの?」
「ああ!」
グリフは即答した。
「俺もあんなふうに撃てるようになりたい!」
ミーシャは少し考えるように首を傾げる。
それから――
「じゃあ、少しだけなら教えてあげる」
「本当か!?」
グリフの顔が一気に明るくなった。
ミーシャの尻尾が、また左右に揺れる。
「……嫌じゃなさそうだな」
ニックが小声で言う。
「むしろ嬉しそう」
ベンも笑っている。
俺も思わず笑った。
ついさっきまで、俺たちは死ぬかもしれない状況にいた。
それなのに今は――
新しい出会いが、俺たちの目の前で生まれていた。
そして俺はまだ知らなかった。
この出会いが、グリフにとって――
とても大きな意味を持つことになるとは。
その一方で、ニックとベンはミランダの戦い方をじっと観察していた。
二人とも槍を手にしたまま、ミランダが見せた突きを何度も思い返しているようだ。
「こうか?」
ニックが一歩踏み込み、槍を突き出す。
「違うな……」
ベンも同じように槍を構える。
ミランダは二人をしばらく眺めていた。
「……筋は良いと思う」
「本当か?」
ニックの顔が明るくなる。
「ええ。ただ、私のレイピアとあなたたちの槍では、武器の扱い方そのものが違うから、そのまま真似するのは無理よ」
ミランダは自分のレイピアを軽く構える。
「でも、踏み込み方やタイミング。相手との距離の取り方は参考になる」
「なるほど……」
ニックとベンは真剣に聞いている。
そして、もう一度。
踏み込む。
槍を突く。
引く。
今度はさっきよりも速い。
「……おお」
俺は思わず声を漏らした。
最初はただ真似しているだけに見えた。
だが、何度か繰り返すうちに、少しずつ様になってきている。
踏み込む瞬間。
身体を前へ送り出すタイミング。
そして、突き出す槍へ体重を乗せる。
ミランダの動きを、そのままコピーするのではない。
二人なりに槍へ落とし込もうとしている。
「いいね」
ミランダが頷いた。
「特にベン。今の踏み込みは良かった」
「本当か!」
「ええ。でも、槍はレイピアより長い。距離感を間違えれば、自分のほうが隙を作るから気をつけて」
「分かった!」
二人ともすっかり夢中になっている。
俺はその様子を眺めながら思った。
強い冒険者を見れば、ただ驚くだけじゃない。
自分たちに取り入れられるものを探す。
そして、少しずつ自分の力に変えていく。
それが冒険者として強くなるということなのかもしれない。
グリフはミーシャの弓を。
ニックとベンはミランダの槍への応用を。
そして俺は――
アイーダの大盾を見つめた。
「……盾の使い方も、まだまだあるのかもしれないな」
アイーダが俺の視線に気づく。
「おや? どうだい? 私の盾、使ってみるかい?」
「……ぜひ」
俺は少しだけ笑った。
こうして俺たちは、強い冒険者たちの戦い方を間近で見ることになった。
俺はアイーダの大盾を手に取った。
「……重い」
想像していた以上だった。
両手で持っても、ずっしりと腕にのしかかってくる。
「これを……?」
「ああ。私がいつも使ってるやつさ」
アイーダは何でもないように答える。
俺はなんとか前へ構えてみる。
――無理だ。
盾を前に出しているだけなのに、腕が震える。
「……これ、戦いながら使うのか?」
「もちろん」
「無理だ。とてもじゃないが……」
俺はすぐに盾を下ろした。
これを構えたまま走る?
魔物の攻撃を受ける?
さらに反撃する?
今の俺には、とてもできそうにない。
「レオンにはまだ早いね」
アイーダが豪快に笑う。
「でも、悪くない目をしてるよ。盾は重ければいいってもんじゃない」
「そうなのか?」
「ああ。自分に合った盾を使うことさ」
俺は自分の盾を見る。
訓練所でレインさんに教えてもらった盾。
俺にとっては、今のところこれが一番扱いやすい。
それでも――
ふと、訓練所にいた一人の男を思い出した。
ライール。
大柄な身体。
俺よりもはるかに太い腕。
あいつなら、この大盾だって軽々と扱えるのかもしれない。
「……ライールなら、これも使えるんだろうな」
「誰だい?」
「訓練所で一緒だった奴だ。ものすごく力が強くて……」
俺は苦笑する。
「俺も、あいつみたいに大きくて力があればな」
アイーダは少し考えるように俺を見る。
「大きさや力だけが強さじゃないよ」
「……」
「アンタにはアンタの戦い方がある」
そう言って、アイーダは大盾を軽々と持ち上げた。
「どうだい? まずは今の盾を極めてみるってのは」
俺は自分の盾を見つめる。
確かにそうだ。
俺にはライールのような力はない。
アイーダのような巨大な盾も扱えない。
なら――
今の自分にできることを伸ばすしかない。
「……そうだな」
俺は自分の盾を握り直した。
俺は自分の盾を見つめた。
盾は、攻撃を受けるためだけのものじゃない。
攻撃を弾く。
敵を押し返す。
時には盾そのものをぶつけて攻撃する。
そして――
ふと思った。
この盾は、敵にとって「壁」なんじゃないか?
目の前に突然壁が現れれば、その向こう側は見えなくなる。
なら、その死角を利用できないだろうか。
俺は盾を構える。
目の前に敵がいると想像する。
盾で相手の視界を遮る。
そのまま一歩踏み込み――
盾の陰から剣を突き出す。
「……!」
自分でも、少し驚いた。
今まで盾で攻撃を防いでから、剣で反撃することしか考えていなかった。
でも、盾そのものを使って相手の視界を奪えばいい。
俺はもう一度繰り返す。
盾を前へ。
相手の視界を遮る。
一歩。
そして――
盾の陰から剣を突き出す。
「おお!」
突然、アイーダの声が響いた。
「いいじゃないか!」
俺は振り返る。
「本当に?」
「ああ! 今の流れ、かなりいいよ!」
アイーダが嬉しそうに笑っている。
「盾をただの防具として考えてない。盾で相手の視界を奪って、その隙を剣で突く。アンタの体格にも合ってる」
「……なるほど」
俺はもう一度盾を構えた。
アイーダの大盾を使う必要はない。
ライールのような怪力も必要ない。
俺には俺の盾がある。
「どうだい? もう一度やってみようか」
「ああ!」
俺は再び構える。
今までとは少し違う。
盾を持つ意味が、ほんの少しだけ分かった気がした。
盾は、ただ攻撃を防ぐものじゃない。
相手の前に立ちはだかる「壁」だ。
そして、その壁の向こうから――
剣を突き出す。
アイーダは満足そうに頷いていた。
その一方で、アンはいつでもマイペースだった。
周囲を警戒しながら、倒されたグリーンスパイダーの死体を一体ずつ解体している。
脚。
牙。
毒袋。
そして、素材として使えそうな部分を手際よく切り分け、鞄へとしまっていく。
「……虫」
それを眺めていたルーシーが、小さく呟いた。
ユナと同じ魔法使いであるルーシーは、少し嫌そうな顔をしている。
「虫……?」
アンも手を止め、ルーシーを見る。
「怖くないの?」
ルーシーが尋ねる。
アンは一瞬きょとんとした顔をした。
そして――
「ふふっ」
笑いながら、手にしていたグリーンスパイダーの牙を見せる。
「これ、お金だから!」
「…………」
ルーシーが固まる。
「毒も素材になるし、牙も使える。脚だって売れるものがあるし……」
アンは楽しそうに素材を仕分けしていく。
「怖がってたら、もったいないよ」
「……」
ルーシーはしばらくアンを見つめる。
そして、ぽつり。
「……強い」
「え?」
「アンって……強いね」
戦闘能力の話ではない。
たぶん。
俺は思わず笑ってしまった。
確かにアンは、こういうところが強い。
魔物を倒すだけが冒険者の強さじゃない。
倒した魔物から何を得るか。
どうやって金に変えるか。
俺たち三人の中で、それを一番理解しているのはアンなのかもしれない。
アンはそんな俺たちの視線など気にすることなく、今日もせっせと素材を鞄へ詰め込んでいた。
負けじと、ミーシャもグリーンスパイダーの解体を始めていた。
「私もこれくらいなら……」
猫科の獣人らしく手先は器用だ。
だが――
「アン、これどうやるの?」
「そこを先に切ると、毒袋を傷つけちゃうよ」
「あ……」
ミーシャも頑張っているが、アンには到底及ばない。
アンは慣れた手つきで、グリーンスパイダーの脚を一本ずつ処理していく。
余計な部分を残さず、それでいて素材を傷つけない。
まるで最初からどこを切ればいいのか、全部分かっているようだ。
もちろん、アイーダたちが倒したグリーンスパイダーもアンが解体している。
「はい、これ」
アンが綺麗に切り分けた脚をユナへ手渡す。
その見事な断面を見て、ユナが感心したように言った。
「やっぱりすごいね」
「そう?」
「うん。アンの解体術は、解体屋のマールさんのお墨付きだよ」
「マールさんが?」
俺も思わず反応した。
訓練所でアンの指導をしていたマールさん。
普段はギルドの解体屋として働いている。
そんな人から認められているのなら、アンの腕は本物なのだろう。
「マールさんが言ってたよ」
ユナが笑う。
「アンは新人の中でも、解体だけならかなり上手いって」
「解体だけなら、ってところが余計だよ」
アンが少し頬を膨らませる。
「でも、これも立派な冒険者の仕事でしょ?」
「ああ」
俺は頷いた。
魔物を倒す。
素材を回収する。
そして、それを金に変える。
俺たちが冒険者として生きていくためには、どれも欠かせない。
アンは再び解体作業へ戻っていった。
「……やっぱり強い」
ルーシーが、もう一度呟いた。
今度は俺も否定できなかった。
ひと通り周囲のグリーンスパイダーを片付け、俺たちは一息ついていた。
その時、アイーダが依頼書を取り出した。
「そういえば、今回の依頼にはもう一つ情報があったんだ」
「もう一つ?」
俺が尋ねる。
「ああ。どうやら、この先に洞窟があるらしい」
アイーダが森の奥を指差した。
「その洞窟に――女王がいる」
「女王……?」
俺は思わず聞き返した。
アイーダは依頼書に目を落としながら続ける。
「通常のグリーンスパイダーよりも、かなり大型の個体らしい。特に顎が異常に発達しているそうだ」
アンの手が止まった。
「……大きな顎?」
「そう。噛みつかれたら鎧ごと砕かれる可能性もあるって書いてある」
「怖いね……」
ユナが呟く。
俺は森の奥を見る。
薄暗い木々。
その向こうに、まだ俺たちの知らない場所が広がっている。
さっき戦ったグリーンスパイダーでさえ、俺たちは五人がかりで苦戦した。
それよりも大きく、強い個体。
しかも――女王。
「……それを倒すのが、今回の依頼?」
俺が聞くと、アイーダはニヤリと笑った。
「そういうこと」
そして、いつものように言った。
「どうだい? 私たちと一緒に行ってみるかい?」
俺は森の奥を見つめる。
正直、怖い。
だが――
今の俺たちだけでは到底見ることのできない世界が、そこにはあるような気がした。
まだ昼時だった。
俺たちは、すぐに野営を始めるには早すぎる時間だった。
アイーダたちも、今のところ大きな消耗はないらしい。
「まだ動けるね」
アイーダが周囲を見回す。
「なら、もう少し進もうか」
俺たちも頷いた。
熟練冒険者たちと行動を共にする。
それだけで、勉強になることが多かった。
グリフはミーシャの斥候としての動きを見ている。
ニックとベンはミランダの戦い方を参考にしている。
俺もアイーダの盾の使い方を見ながら、自分なりの戦い方を考えている。
アンは――
「この素材、まだ使えるよ」
魔物を見つけるたびに嬉しそうにしている。
俺たちは、この数週間ずっと三人で簡単な依頼をこなしてきた。
薬草を採る。
木の実を集める。
弱い魔物を倒す。
それでも少しずつ経験は積んできたつもりだった。
だが――
今日一日だけで、それ以上のものを得ている気がする。
魔物との戦い方。
周囲の警戒。
仲間との連携。
そして、強い冒険者がどうやって危険を避けているのか。
「……やっぱり、すごいな」
俺が呟くと、グリフも頷いた。
「俺たち、まだまだだな」
悔しい。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
強い人たちを知ったことで、目指す場所が見えた気がする。
まだ昼。
今日という日は、まだ終わっていない。
そして俺たちは――
この先にある洞窟と、そこにいるという蜘蛛の女王へ向かって歩き始めた。
森の中を進んでいると、少し開けた場所に出た。
そこには、一匹のグリーンスパイダーがいた。
「俺がやる!」
ベンが槍を構える。
そして――
「必殺……!」
大きく踏み込んだ。
「稲妻突き!」
シュッ!
槍が一直線に伸びる。
グリーンスパイダーの急所を正確に捉え、そのまま地面へと倒した。
「……い、稲妻突き?」
ミランダが聞き返す。
「そう!」
ベンは満面の笑みで答えた。
「ミランダさんの二つ名が『稲妻』なんですよね?」
「ええ、まあ……そう呼ばれることはあるけど」
「だから、そこから名前を付けました!」
ミランダはしばらく無言になる。
「……なるほど」
その横でニックが呆れた顔をしている。
「ベン、技に名前なんて付けてたのかよ」
「いいだろ! 強そうじゃん!」
グリフが笑いをこらえている。
俺も思わず口元が緩んだ。
ミランダはため息をつきながらも、少しだけ笑っている。
「でも……」
ミランダは倒れたグリーンスパイダーを見る。
「今の突きは悪くなかったわ」
「本当ですか!?」
「ええ。名前はともかく、踏み込みとタイミングは良かった」
「やった!」
ベンが嬉しそうに槍を掲げる。
「これからもっと磨きます! いつか本物の『稲妻突き』にします!」
「……そこまで私の名前を使うなら、恥ずかしくない技にしてね」
「はい!」
森の中に、ベンの元気な声が響いた。
俺は笑いながら思う。
数週間前まで、俺たちはただの新人だった。
でも今は――
それぞれが少しずつ、自分の戦い方を見つけ始めている。
ベンにとって、その第一歩が――
稲妻突きなのかもしれない。
すると――
「俺もだ!」
ニックが槍を構えた。
「稲妻突き!」
「お前もかよ!」
ベンが叫ぶ。
ニックは構わず、一気に踏み込んだ。
槍が一直線に伸びる。
――ズシュッ!
グリーンスパイダーの急所を正確に捉えた。
一撃。
蜘蛛はその場に崩れ落ちた。
「……!」
ミランダが目を見開く。
「今のは……」
ニックが槍を引き抜き、少し得意げに笑う。
「どうですか、ミランダさん?」
「……見事ね」
「よし!」
ベンも嬉しそうに笑う。
「やっぱり兄弟だな!」
「お前だけの技じゃないぞ」
「いや、俺が先に言った!」
「名前を付けたのはお前でも、技を真似してるのは俺も同じだ」
二人が言い合いを始める。
ミランダは呆れたように二人を見る。
「まったく……」
だが、その口元には笑みが浮かんでいた。
アイーダが豪快に笑う。
「いいじゃないか! 若いんだから、それくらい元気なほうがいい!」
俺も思わず笑った。
さっきまで死と隣り合わせだった森の中。
それでも今は、少しだけ空気が明るい。
ニックとベンは、同じ技名を叫びながら何度も突きの動きを確認している。
そしてミランダは、そんな二人を見ながら――
「……二人とも、筋は悪くないよ」
そう呟いた。
どうやら二人の「稲妻突き」は、冗談だけでは終わらないらしい。
そして俺たちは――
ついに、蜘蛛の女王がいるという洞窟へ辿り着いた。
ここまで来る間にも、何体ものグリーンスパイダーと遭遇した。
数えてみれば――数十体。
だが、アイーダたちと行動を共にしている今の俺たちには、さっきまでのような苦戦はなかった。
それでも油断はできない。
洞窟の入口を前に、俺たちは装備を確認した。
「依頼書によれば、洞窟の中はそれほど広くないみたい」
アイーダが依頼書を確認する。
「なら、女王もそう遠くないだろうね」
俺は洞窟の中を見る。
暗い。
奥がまったく見えない。
そして――
「……寒くない?」
アンが腕をさする。
「ユナだよ」
グリフが笑う。
ユナが杖を掲げていた。
「少しずつ温度を下げてるの」
洞窟の中へ、冷気が流れ込んでいく。
しばらくすると――
地面が白く染まり始めた。
入口付近の岩。
足元の土。
そして壁に張り付いた蜘蛛の糸まで、薄い氷に覆われていく。
「すごい……」
俺は思わず呟いた。
ユナはさらに魔力を込める。
冷気が洞窟の奥へと進んでいく。
……静かだ。
洞窟の奥から、何かが擦れるような音が聞こえる。
ザリ……。
ザリ……。
ミーシャが耳を動かし、洞窟の奥を見つめた。
「……来る」
その一言で、全員が一斉に構えた。
俺は盾を前に出す。
ニックとベンが槍を構え、グリフは弓を引き絞る。
アンも鞄から何かを取り出した。
ユナとルーシーは魔法を使う準備をしている。
そして――
洞窟の暗闇から、それが姿を現した。
「……でかい」
思わず声が漏れた。
出てきたのは、一体のグリーンスパイダー。
いや――
普通のグリーンスパイダーではない。
身体の大きさが、明らかに違う。
俺たちの身長を軽く超えるほどの巨体。
太い脚が地面を踏みしめるたび、洞窟全体に振動が伝わってくる。
そして何より目を引くのは――
巨大な顎。
左右に開いた顎には、鋭い牙が並んでいる。
ユナが小さく息を呑む。
「……あれが、女王」
ミーシャが低い声で言う。
「間違いない」
女王は俺たちを見つめている。
その巨大な身体が、ゆっくりと前へ出てくる。
洞窟の中に、牙が擦れる音が響いた。
ギチ……ギチギチ……。
俺は盾を握り直した。
今まで倒してきたグリーンスパイダーとは、まるで別物だ。
だが――
アイーダが大盾を構える。
「さて……」
口元に笑みを浮かべた。
「どうだい? こいつを倒して、依頼を終わらせようじゃないか」
女王が身体を低くする。
次の瞬間――
巨大な蜘蛛が、俺たちへ向かって走り出した。
女王が突進してくる。
その瞬間――
「今!」
ミーシャとグリフが同時に弓を引いた。
――ヒュッ!
――ヒュッ!
二本の矢がほぼ同時に飛ぶ。
女王の複数ある目へ、正確に突き刺さった。
「ギィィィィッ!」
女王が悲鳴を上げる。
だが――止まらない。
目を射抜かれても、その巨体は勢いを落とさずこちらへ迫ってくる。
「まずい!」
俺が盾を構える。
その時だった。
「……私が」
ルーシーが前へ出た。
「私がやる」
両手を胸の前で合わせる。
次の瞬間――
ドゴォン!
地面が大きく揺れた。
「なっ……!」
女王の周囲の地面から、巨大な岩が次々とせり上がる。
左右。
前後。
そして頭上。
まるで女王を囲い込むように、巨大な岩壁が一瞬で形成された。
「――潰れろ!」
ルーシーが両手を押し合わせる。
ゴゴゴゴゴ……!
岩が一斉に動いた。
女王を四方から挟み込む。
そして――
ズドンッ!!
巨大な岩同士がぶつかり、女王の身体を押し潰した。
洞窟全体に轟音が響く。
「やった……?」
アンが呟く。
だが――
岩の隙間から、巨大な脚が一本伸びてきた。
「……まだだ!」
アイーダが叫ぶ。
岩が崩れ落ちる。
その中から、女王がゆっくりと姿を現した。
身体には傷がある。
動きも先ほどより鈍い。
明らかに怯んでいる。
だが――
「……致命傷じゃない」
ルーシーが息を切らしながら呟いた。
女王はまだ生きている。
そして、その巨大な顎を大きく開いた。
ギチギチギチ……。
俺は盾を構える。
「全員、気をつけろ!」
女王が――再びこちらを睨んだ。
女王がゆっくりと身体を起こした。
そして――
前方の二本の脚を高く持ち上げる。
「……来る!」
ミーシャが叫んだ。
女王の巨大な顎が開く。
次の瞬間――
「毒液だ!」
グリフが叫ぶ。
「回避しろ!」
シュッ、シュッ、シュッ!
女王の口元から、一斉に毒液が放たれた。
「うわっ!」
俺は盾を構えながら横へ飛び退く。
地面に落ちた毒液が――
ジュウウウッ!
凄まじい音を立てて地面を溶かしていく。
「絶対に触るな!」
アイーダが大盾を構えながら叫ぶ。
俺たちはそれぞれ別方向へ散って、毒液をかわした。
ニックとベンは左右へ飛び退き、グリフとミーシャも素早く距離を取る。
ユナはルーシーの腕を掴んで後方へ引っ張った。
「危ない!」
最後の一滴が、俺の足元へ落ちる。
俺は咄嗟に後ろへ跳んだ。
――ジュッ!
ほんの数センチ前の地面が溶けた。
「……危なかった」
冷や汗が流れる。
女王はまだ動いている。
しかも――
俺たちが散開したことで、今度は誰を狙うのか分からない。
巨大な蜘蛛がゆっくりと身体の向きを変える。
その複数の目が――
俺たち一人一人を捉えていった。
毒液を避けた直後だった。
女王が身体を低くする。
次に狙う相手を探している――そう思った瞬間。
「私が行く!」
最初に飛び出したのは、ミランダだった。
細身の身体が、一瞬で女王との間合いを詰める。
レイピアを構える。
そして――
踏み込む。
「――ッ!」
その突きは、まさに稲妻だった。
速い。
俺には、腕が伸びたようにしか見えなかった。
レイピアの切っ先が、女王の巨大な身体へ吸い込まれていく。
狙ったのは、硬い外殻に覆われていない腹部。
柔らかな部分だ。
――ズシュッ!
レイピアが深く突き刺さった。
「入った!」
ベンが叫ぶ。
だが――
ミランダの表情が変わった。
「……浅い!」
すぐにレイピアを引き抜く。
女王が大きく身体をよじった。
ミランダは反撃を受ける前に、素早く後方へ飛び退く。
「硬い……!」
ミランダがレイピアを構え直す。
「もっと深く入れないと致命傷にならない!」
女王の腹部から、わずかに血が流れている。
確かに傷は与えた。
だが、あれだけの一撃を受けても――
女王はまだ倒れない。
むしろ怒り狂ったように、巨大な顎を開いた。
「ミランダ!」
アイーダが叫ぶ。
「下がりな!」
女王がミランダへ向かって突進する。
俺は盾を構えた。
ここからが――
本当の戦いだった。
女王の巨体が、ミランダへ襲いかかる。
その瞬間――
「させるか!」
アイーダが割って入った。
女王の恐ろしいまでに太く、大きな顎が開く。
――ガキィンッ!
凄まじい衝撃音が周囲に響いた。
アイーダの大盾と、女王の顎が正面からぶつかった。
「ぐっ……!」
アイーダの足が地面を滑る。
だが、倒れない。
大盾をしっかりと構えたまま、女王の突進を受け止めている。
「はあああっ!」
アイーダが身体を捻る。
そして――
大盾を思い切り押し出した。
ドンッ!
女王の頭部が弾き返される。
「……あの攻撃を、盾で防げるのか?」
思わず口から言葉が漏れた。
あれだけ巨大な顎。
まともに食らえば、鎧ごと噛み砕かれてもおかしくない。
それを――
盾で防いだ。
「やるかい?」
アイーダが振り返る。
口元には笑みが浮かんでいた。
「ああいう攻めは、嫌いじゃないよ」
そう言って、アイーダは大盾を構え直す。
まるで強敵との正面からの殴り合いを楽しんでいるようだった。
「……すごい」
俺は思わず呟いた。
その時だった。
「今だ!」
ニックとベンが同時に駆け出した。
二人の槍が、ほとんど同じ軌道を描く。
「「双龍! 稲妻突き!」」
「……は?」
ミランダが目を見開いた。
次の瞬間――
ザシュッ!
ザシュッ!
二本の槍が、女王の身体へ深々と突き刺さる。
しかも、ただ突いただけではない。
二人は左右から交差するように踏み込み、そのまま槍を振り抜いた。
――ザンッ!
女王の太い脚が、数本まとめて切断された。
「ギィィィィッ!」
女王が絶叫する。
巨体が大きく傾いた。
「……」
ミランダは完全に固まっていた。
口が少し開いたまま、ニックとベンを見つめている。




