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冒険の書  作者: siva5880


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4/61

出会いと別れ(中編)

 まさに――男勝りだった。


 アイーダが大盾を構え、グリーンスパイダーの前へ躍り出る。


「そこをどきな!」


 大盾を思い切り振り抜く。


 ドゴォッ!


 グリーンスパイダーの身体が大きく弾き飛ばされた。


 そこへアイーダが踏み込む。


「どうだい!」


 手にした巨大なメイスを振り下ろした。


 ――ドゴンッ!


 鈍い音が森に響く。


 グリーンスパイダーが地面に叩き潰された。


「……すげぇ」


 思わず声が漏れた。


 俺も盾を使って戦う。


 だが、アイーダの盾はまるで別物だ。


 防ぐだけじゃない。


 盾そのものが武器になっている。


 そして――


「次!」


 アイーダの横を、一人の女剣士が駆け抜けた。


 ミランダ。


 細身のレイピアを手にしている。


 その姿はアイーダとは正反対だった。


 小柄。


 とても小さい。


 俺よりも、アンよりも背が低い。


 なのに――


「速い……!」


 ミランダの姿が一瞬ぶれる。


 グリーンスパイダーがこちらへ飛びかかろうとした、その瞬間。


 シュッ!


 レイピアが突き出された。


 一突き。


 狙いは正確にグリーンスパイダーの急所。


 レイピアが深々と突き刺さる。


 そして、すぐに引き抜く。


 蜘蛛が地面へ落ちた。


「……」


 俺は言葉を失った。


 速い。


 とにかく速い。


 俺が剣を振るうよりも。


 ニックやベンが槍を突き出すよりも。


 そして――


 誰よりも鋭い。


「小さいのに……」


 思わず呟く。


 ミランダがこちらを見る。


「小さいのに、何か?」


「いや……何でもない」


 慌てて目を逸らした。


 その横で、グリフが苦笑している。


「レオン、それ本人に言ったら怒られるぞ」


「……気をつける」


 ミランダは何事もなかったようにレイピアを構え直した。


 アイーダが豪快に笑う。


「どうだい? うちのミランダは!」


「速すぎるよ……」


 ユナも笑いながら答える。


「ミランダは接近戦になると本当にすごいんだから」


 俺は改めて、アイーダたちを見る。


 これが――


 熟練冒険者のパーティー。


 俺たちが五人で苦戦したグリーンスパイダーを、まるで別次元の戦い方で次々と倒していく。


 俺たちはまだまだ新人だ。


 その現実を、俺は嫌というほど思い知らされた。


 そして、もう一人。


 木々の間を軽やかに駆け回っている少女がいた。


 猫科の獣人族。


 名前は――ミーシャ。


 彼女も斥候だ。


 グリフと同じように弓を使い、接近戦では短剣を扱うらしい。


 だが――


 俺たちが見てきたグリフの戦い方とは、明らかに違った。


「……すごい」


 グリフが呟く。


 ミーシャが弓を引く。


 ――ヒュッ!


 一発目の矢がグリーンスパイダーに突き刺さる。


 普通なら、ここで次の矢を準備するために一瞬の間ができる。


 だが――


 ミーシャは迷わなかった。


 矢を放った直後には、すでに次の矢をつがえている。


 ――ヒュッ!


 二発目。


 さらに――


 ――ヒュッ!


 三発目。


 矢が次々と飛んでいく。


「……なんだ、あの速さ」


 グリフが目を輝かせている。


「俺と同じ弓なのに……」


 ミーシャは走りながら矢を放つ。


 移動して、撃つ。


 撃った瞬間には次の矢を準備する。


 まるで弓を使うことそのものが、呼吸の一部になっているようだった。


「グリフ、見すぎじゃない?」


 アンが少し笑う。


「いや……だって、すごいだろ!」


 グリフは完全に見入っている。


 俺は思わず笑ってしまった。


「参考になりそうか?」


「ああ!」


 グリフは即答した。


「すごく参考になる!」


 ミーシャが一瞬こちらを振り返る。


 猫のような耳がぴくりと動いた。


「……あれ?」


 グリフが固まる。


 ミーシャは何も言わず、また前へ向き直った。


 そして弓を引く。


 ――ヒュッ!


 また一発。


 間髪入れず、二発目。


 ――ヒュッ!


「……俺も、もっと練習しないとな」


 グリフが小さく呟いた。


 その横顔は、悔しそうというより――


 嬉しそうだった。


 自分と同じ道を歩む、もっと強い斥候を見つけた。


 そんな感じだった。


 俺はそんなグリフを見ながら思った。


 俺たちはまだ新人だ。


 けれど、この森で出会った冒険者たちは――


 俺たちがこれから目指すべき場所にいる人たちなのかもしれない。


それほど時間は経っていない。


 だというのに――


 周囲には、すでに何体ものグリーンスパイダーが倒れていた。


 圧倒的だった。


 俺たち五人が一匹に苦戦していた相手を、アイーダたちは次々と仕留めている。


 大盾で押し潰すアイーダ。


 一瞬で急所を突くミランダ。


 氷魔法で動きを奪うユナ。


 そして、目にも止まらぬ速さで矢を放つミーシャ。


 俺たちはただ、その戦いを見ているしかなかった。


 やがて、周囲を警戒していたミーシャが戻ってくる。


「この辺りには、もう敵はいないみたい」


 ミーシャがそう告げる。


 その声を聞いたグリフが、勢いよく立ち上がった。


「ミーシャ!」


「……?」


 ミーシャが振り向く。


 グリフは一瞬だけ言葉に詰まった。


 だが――


「惚れました!」


「え?」


「弟子にしてください!」


 森が静まり返った。


「…………」


 俺もアンも、ニックもベンも固まる。


 ユナも目を丸くしている。


「グリフ……?」


 俺が呟く。


 ミーシャは少し驚いたように目を瞬かせていた。


 だが、やがて――


「ふふっ」


 小さく笑った。


 そして、猫科の耳がぴくりと動く。


 左右に揺れる尻尾も、どこか嬉しそうにユサユサと揺れていた。


「……弟子、かぁ」


 ミーシャはグリフを見る。


「そんなに私の弓、気に入ったの?」


「ああ!」


 グリフは即答した。


「俺もあんなふうに撃てるようになりたい!」


 ミーシャは少し考えるように首を傾げる。


 それから――


「じゃあ、少しだけなら教えてあげる」


「本当か!?」


 グリフの顔が一気に明るくなった。


 ミーシャの尻尾が、また左右に揺れる。


「……嫌じゃなさそうだな」


 ニックが小声で言う。


「むしろ嬉しそう」


 ベンも笑っている。


 俺も思わず笑った。


 ついさっきまで、俺たちは死ぬかもしれない状況にいた。


 それなのに今は――


 新しい出会いが、俺たちの目の前で生まれていた。


 そして俺はまだ知らなかった。


 この出会いが、グリフにとって――


 とても大きな意味を持つことになるとは。


 その一方で、ニックとベンはミランダの戦い方をじっと観察していた。


 二人とも槍を手にしたまま、ミランダが見せた突きを何度も思い返しているようだ。


「こうか?」


 ニックが一歩踏み込み、槍を突き出す。


「違うな……」


 ベンも同じように槍を構える。


 ミランダは二人をしばらく眺めていた。


「……筋は良いと思う」


「本当か?」


 ニックの顔が明るくなる。


「ええ。ただ、私のレイピアとあなたたちの槍では、武器の扱い方そのものが違うから、そのまま真似するのは無理よ」


 ミランダは自分のレイピアを軽く構える。


「でも、踏み込み方やタイミング。相手との距離の取り方は参考になる」


「なるほど……」


 ニックとベンは真剣に聞いている。


 そして、もう一度。


 踏み込む。


 槍を突く。


 引く。


 今度はさっきよりも速い。


「……おお」


 俺は思わず声を漏らした。


 最初はただ真似しているだけに見えた。


 だが、何度か繰り返すうちに、少しずつ様になってきている。


 踏み込む瞬間。


 身体を前へ送り出すタイミング。


 そして、突き出す槍へ体重を乗せる。


 ミランダの動きを、そのままコピーするのではない。


 二人なりに槍へ落とし込もうとしている。


「いいね」


 ミランダが頷いた。


「特にベン。今の踏み込みは良かった」


「本当か!」


「ええ。でも、槍はレイピアより長い。距離感を間違えれば、自分のほうが隙を作るから気をつけて」


「分かった!」


 二人ともすっかり夢中になっている。


 俺はその様子を眺めながら思った。


 強い冒険者を見れば、ただ驚くだけじゃない。


 自分たちに取り入れられるものを探す。


 そして、少しずつ自分の力に変えていく。


 それが冒険者として強くなるということなのかもしれない。


 グリフはミーシャの弓を。


 ニックとベンはミランダの槍への応用を。


 そして俺は――


 アイーダの大盾を見つめた。


「……盾の使い方も、まだまだあるのかもしれないな」


 アイーダが俺の視線に気づく。


「おや? どうだい? 私の盾、使ってみるかい?」


「……ぜひ」


 俺は少しだけ笑った。


 こうして俺たちは、強い冒険者たちの戦い方を間近で見ることになった。


 俺はアイーダの大盾を手に取った。


「……重い」


 想像していた以上だった。


 両手で持っても、ずっしりと腕にのしかかってくる。


「これを……?」


「ああ。私がいつも使ってるやつさ」


 アイーダは何でもないように答える。


 俺はなんとか前へ構えてみる。


 ――無理だ。


 盾を前に出しているだけなのに、腕が震える。


「……これ、戦いながら使うのか?」


「もちろん」


「無理だ。とてもじゃないが……」


 俺はすぐに盾を下ろした。


 これを構えたまま走る?


 魔物の攻撃を受ける?


 さらに反撃する?


 今の俺には、とてもできそうにない。


「レオンにはまだ早いね」


 アイーダが豪快に笑う。


「でも、悪くない目をしてるよ。盾は重ければいいってもんじゃない」


「そうなのか?」


「ああ。自分に合った盾を使うことさ」


 俺は自分の盾を見る。


 訓練所でレインさんに教えてもらった盾。


 俺にとっては、今のところこれが一番扱いやすい。


 それでも――


 ふと、訓練所にいた一人の男を思い出した。


 ライール。


 大柄な身体。


 俺よりもはるかに太い腕。


 あいつなら、この大盾だって軽々と扱えるのかもしれない。


「……ライールなら、これも使えるんだろうな」


「誰だい?」


「訓練所で一緒だった奴だ。ものすごく力が強くて……」


 俺は苦笑する。


「俺も、あいつみたいに大きくて力があればな」


 アイーダは少し考えるように俺を見る。


「大きさや力だけが強さじゃないよ」


「……」


「アンタにはアンタの戦い方がある」


 そう言って、アイーダは大盾を軽々と持ち上げた。


「どうだい? まずは今の盾を極めてみるってのは」


 俺は自分の盾を見つめる。


 確かにそうだ。


 俺にはライールのような力はない。


 アイーダのような巨大な盾も扱えない。


 なら――


 今の自分にできることを伸ばすしかない。


「……そうだな」


 俺は自分の盾を握り直した。


 俺は自分の盾を見つめた。


 盾は、攻撃を受けるためだけのものじゃない。


 攻撃を弾く。


 敵を押し返す。


 時には盾そのものをぶつけて攻撃する。


 そして――


 ふと思った。


 この盾は、敵にとって「壁」なんじゃないか?


 目の前に突然壁が現れれば、その向こう側は見えなくなる。


 なら、その死角を利用できないだろうか。


 俺は盾を構える。


 目の前に敵がいると想像する。


 盾で相手の視界を遮る。


 そのまま一歩踏み込み――


 盾の陰から剣を突き出す。


「……!」


 自分でも、少し驚いた。


 今まで盾で攻撃を防いでから、剣で反撃することしか考えていなかった。


 でも、盾そのものを使って相手の視界を奪えばいい。


 俺はもう一度繰り返す。


 盾を前へ。


 相手の視界を遮る。


 一歩。


 そして――


 盾の陰から剣を突き出す。


「おお!」


 突然、アイーダの声が響いた。


「いいじゃないか!」


 俺は振り返る。


「本当に?」


「ああ! 今の流れ、かなりいいよ!」


 アイーダが嬉しそうに笑っている。


「盾をただの防具として考えてない。盾で相手の視界を奪って、その隙を剣で突く。アンタの体格にも合ってる」


「……なるほど」


 俺はもう一度盾を構えた。


 アイーダの大盾を使う必要はない。


 ライールのような怪力も必要ない。


 俺には俺の盾がある。


「どうだい? もう一度やってみようか」


「ああ!」


 俺は再び構える。


 今までとは少し違う。


 盾を持つ意味が、ほんの少しだけ分かった気がした。


 盾は、ただ攻撃を防ぐものじゃない。


 相手の前に立ちはだかる「壁」だ。


 そして、その壁の向こうから――


 剣を突き出す。


 アイーダは満足そうに頷いていた。


その一方で、アンはいつでもマイペースだった。


 周囲を警戒しながら、倒されたグリーンスパイダーの死体を一体ずつ解体している。


 脚。


 牙。


 毒袋。


 そして、素材として使えそうな部分を手際よく切り分け、鞄へとしまっていく。


「……虫」


 それを眺めていたルーシーが、小さく呟いた。


 ユナと同じ魔法使いであるルーシーは、少し嫌そうな顔をしている。


「虫……?」


 アンも手を止め、ルーシーを見る。


「怖くないの?」


 ルーシーが尋ねる。


 アンは一瞬きょとんとした顔をした。


 そして――


「ふふっ」


 笑いながら、手にしていたグリーンスパイダーの牙を見せる。


「これ、お金だから!」


「…………」


 ルーシーが固まる。


「毒も素材になるし、牙も使える。脚だって売れるものがあるし……」


 アンは楽しそうに素材を仕分けしていく。


「怖がってたら、もったいないよ」


「……」


 ルーシーはしばらくアンを見つめる。


 そして、ぽつり。


「……強い」


「え?」


「アンって……強いね」


 戦闘能力の話ではない。


 たぶん。


 俺は思わず笑ってしまった。


 確かにアンは、こういうところが強い。


 魔物を倒すだけが冒険者の強さじゃない。


 倒した魔物から何を得るか。


 どうやって金に変えるか。


 俺たち三人の中で、それを一番理解しているのはアンなのかもしれない。


 アンはそんな俺たちの視線など気にすることなく、今日もせっせと素材を鞄へ詰め込んでいた。


負けじと、ミーシャもグリーンスパイダーの解体を始めていた。


「私もこれくらいなら……」


 猫科の獣人らしく手先は器用だ。


 だが――


「アン、これどうやるの?」


「そこを先に切ると、毒袋を傷つけちゃうよ」


「あ……」


 ミーシャも頑張っているが、アンには到底及ばない。


 アンは慣れた手つきで、グリーンスパイダーの脚を一本ずつ処理していく。


 余計な部分を残さず、それでいて素材を傷つけない。


 まるで最初からどこを切ればいいのか、全部分かっているようだ。


 もちろん、アイーダたちが倒したグリーンスパイダーもアンが解体している。


「はい、これ」


 アンが綺麗に切り分けた脚をユナへ手渡す。


 その見事な断面を見て、ユナが感心したように言った。


「やっぱりすごいね」


「そう?」


「うん。アンの解体術は、解体屋のマールさんのお墨付きだよ」


「マールさんが?」


 俺も思わず反応した。


 訓練所でアンの指導をしていたマールさん。


 普段はギルドの解体屋として働いている。


 そんな人から認められているのなら、アンの腕は本物なのだろう。


「マールさんが言ってたよ」


 ユナが笑う。


「アンは新人の中でも、解体だけならかなり上手いって」


「解体だけなら、ってところが余計だよ」


 アンが少し頬を膨らませる。


「でも、これも立派な冒険者の仕事でしょ?」


「ああ」


 俺は頷いた。


 魔物を倒す。


 素材を回収する。


 そして、それを金に変える。


 俺たちが冒険者として生きていくためには、どれも欠かせない。


 アンは再び解体作業へ戻っていった。


「……やっぱり強い」


 ルーシーが、もう一度呟いた。


 今度は俺も否定できなかった。


 ひと通り周囲のグリーンスパイダーを片付け、俺たちは一息ついていた。


 その時、アイーダが依頼書を取り出した。


「そういえば、今回の依頼にはもう一つ情報があったんだ」


「もう一つ?」


 俺が尋ねる。


「ああ。どうやら、この先に洞窟があるらしい」


 アイーダが森の奥を指差した。


「その洞窟に――女王がいる」


「女王……?」


 俺は思わず聞き返した。


 アイーダは依頼書に目を落としながら続ける。


「通常のグリーンスパイダーよりも、かなり大型の個体らしい。特に顎が異常に発達しているそうだ」


 アンの手が止まった。


「……大きな顎?」


「そう。噛みつかれたら鎧ごと砕かれる可能性もあるって書いてある」


「怖いね……」


 ユナが呟く。


 俺は森の奥を見る。


 薄暗い木々。


 その向こうに、まだ俺たちの知らない場所が広がっている。


 さっき戦ったグリーンスパイダーでさえ、俺たちは五人がかりで苦戦した。


 それよりも大きく、強い個体。


 しかも――女王。


「……それを倒すのが、今回の依頼?」


 俺が聞くと、アイーダはニヤリと笑った。


「そういうこと」


 そして、いつものように言った。


「どうだい? 私たちと一緒に行ってみるかい?」


 俺は森の奥を見つめる。


 正直、怖い。


 だが――


 今の俺たちだけでは到底見ることのできない世界が、そこにはあるような気がした。


 まだ昼時だった。


 俺たちは、すぐに野営を始めるには早すぎる時間だった。


 アイーダたちも、今のところ大きな消耗はないらしい。


「まだ動けるね」


 アイーダが周囲を見回す。


「なら、もう少し進もうか」


 俺たちも頷いた。


 熟練冒険者たちと行動を共にする。


 それだけで、勉強になることが多かった。


 グリフはミーシャの斥候としての動きを見ている。


 ニックとベンはミランダの戦い方を参考にしている。


 俺もアイーダの盾の使い方を見ながら、自分なりの戦い方を考えている。


 アンは――


「この素材、まだ使えるよ」


 魔物を見つけるたびに嬉しそうにしている。


 俺たちは、この数週間ずっと三人で簡単な依頼をこなしてきた。


 薬草を採る。


 木の実を集める。


 弱い魔物を倒す。


 それでも少しずつ経験は積んできたつもりだった。


 だが――


 今日一日だけで、それ以上のものを得ている気がする。


 魔物との戦い方。


 周囲の警戒。


 仲間との連携。


 そして、強い冒険者がどうやって危険を避けているのか。


「……やっぱり、すごいな」


 俺が呟くと、グリフも頷いた。


「俺たち、まだまだだな」


 悔しい。


 でも、不思議と嫌な気分ではなかった。


 強い人たちを知ったことで、目指す場所が見えた気がする。


 まだ昼。


 今日という日は、まだ終わっていない。


 そして俺たちは――


 この先にある洞窟と、そこにいるという蜘蛛の女王へ向かって歩き始めた。



 森の中を進んでいると、少し開けた場所に出た。


 そこには、一匹のグリーンスパイダーがいた。


「俺がやる!」


 ベンが槍を構える。


 そして――


「必殺……!」


 大きく踏み込んだ。


「稲妻突き!」


 シュッ!


 槍が一直線に伸びる。


 グリーンスパイダーの急所を正確に捉え、そのまま地面へと倒した。


「……い、稲妻突き?」


 ミランダが聞き返す。


「そう!」


 ベンは満面の笑みで答えた。


「ミランダさんの二つ名が『稲妻』なんですよね?」


「ええ、まあ……そう呼ばれることはあるけど」


「だから、そこから名前を付けました!」


 ミランダはしばらく無言になる。


「……なるほど」


 その横でニックが呆れた顔をしている。


「ベン、技に名前なんて付けてたのかよ」


「いいだろ! 強そうじゃん!」


 グリフが笑いをこらえている。


 俺も思わず口元が緩んだ。


 ミランダはため息をつきながらも、少しだけ笑っている。


「でも……」


 ミランダは倒れたグリーンスパイダーを見る。


「今の突きは悪くなかったわ」


「本当ですか!?」


「ええ。名前はともかく、踏み込みとタイミングは良かった」


「やった!」


 ベンが嬉しそうに槍を掲げる。


「これからもっと磨きます! いつか本物の『稲妻突き』にします!」


「……そこまで私の名前を使うなら、恥ずかしくない技にしてね」


「はい!」


 森の中に、ベンの元気な声が響いた。


 俺は笑いながら思う。


 数週間前まで、俺たちはただの新人だった。


 でも今は――


 それぞれが少しずつ、自分の戦い方を見つけ始めている。


 ベンにとって、その第一歩が――


 稲妻突きなのかもしれない。


 すると――


「俺もだ!」


 ニックが槍を構えた。


「稲妻突き!」


「お前もかよ!」


 ベンが叫ぶ。


 ニックは構わず、一気に踏み込んだ。


 槍が一直線に伸びる。


 ――ズシュッ!


 グリーンスパイダーの急所を正確に捉えた。


 一撃。


 蜘蛛はその場に崩れ落ちた。


「……!」


 ミランダが目を見開く。


「今のは……」


 ニックが槍を引き抜き、少し得意げに笑う。


「どうですか、ミランダさん?」


「……見事ね」


「よし!」


 ベンも嬉しそうに笑う。


「やっぱり兄弟だな!」


「お前だけの技じゃないぞ」


「いや、俺が先に言った!」


「名前を付けたのはお前でも、技を真似してるのは俺も同じだ」


 二人が言い合いを始める。


 ミランダは呆れたように二人を見る。


「まったく……」


 だが、その口元には笑みが浮かんでいた。


 アイーダが豪快に笑う。


「いいじゃないか! 若いんだから、それくらい元気なほうがいい!」


 俺も思わず笑った。


 さっきまで死と隣り合わせだった森の中。


 それでも今は、少しだけ空気が明るい。


 ニックとベンは、同じ技名を叫びながら何度も突きの動きを確認している。


 そしてミランダは、そんな二人を見ながら――


「……二人とも、筋は悪くないよ」


 そう呟いた。


 どうやら二人の「稲妻突き」は、冗談だけでは終わらないらしい。


 そして俺たちは――


 ついに、蜘蛛の女王がいるという洞窟へ辿り着いた。


 ここまで来る間にも、何体ものグリーンスパイダーと遭遇した。


 数えてみれば――数十体。


 だが、アイーダたちと行動を共にしている今の俺たちには、さっきまでのような苦戦はなかった。


 それでも油断はできない。


 洞窟の入口を前に、俺たちは装備を確認した。


「依頼書によれば、洞窟の中はそれほど広くないみたい」


 アイーダが依頼書を確認する。


「なら、女王もそう遠くないだろうね」


 俺は洞窟の中を見る。


 暗い。


 奥がまったく見えない。


 そして――


「……寒くない?」


 アンが腕をさする。


「ユナだよ」


 グリフが笑う。


 ユナが杖を掲げていた。


「少しずつ温度を下げてるの」


 洞窟の中へ、冷気が流れ込んでいく。


 しばらくすると――


 地面が白く染まり始めた。


 入口付近の岩。


 足元の土。


 そして壁に張り付いた蜘蛛の糸まで、薄い氷に覆われていく。


「すごい……」


 俺は思わず呟いた。


 ユナはさらに魔力を込める。


 冷気が洞窟の奥へと進んでいく。


 ……静かだ。


 洞窟の奥から、何かが擦れるような音が聞こえる。


 ザリ……。


 ザリ……。


 ミーシャが耳を動かし、洞窟の奥を見つめた。


「……来る」


 その一言で、全員が一斉に構えた。


 俺は盾を前に出す。


 ニックとベンが槍を構え、グリフは弓を引き絞る。


 アンも鞄から何かを取り出した。


 ユナとルーシーは魔法を使う準備をしている。


 そして――


 洞窟の暗闇から、それが姿を現した。


「……でかい」


 思わず声が漏れた。


 出てきたのは、一体のグリーンスパイダー。


 いや――


 普通のグリーンスパイダーではない。


 身体の大きさが、明らかに違う。


 俺たちの身長を軽く超えるほどの巨体。


 太い脚が地面を踏みしめるたび、洞窟全体に振動が伝わってくる。


 そして何より目を引くのは――


 巨大な顎。


 左右に開いた顎には、鋭い牙が並んでいる。


 ユナが小さく息を呑む。


「……あれが、女王」


 ミーシャが低い声で言う。


「間違いない」


 女王は俺たちを見つめている。


 その巨大な身体が、ゆっくりと前へ出てくる。


 洞窟の中に、牙が擦れる音が響いた。


 ギチ……ギチギチ……。


 俺は盾を握り直した。


 今まで倒してきたグリーンスパイダーとは、まるで別物だ。


 だが――


 アイーダが大盾を構える。


「さて……」


 口元に笑みを浮かべた。


「どうだい? こいつを倒して、依頼を終わらせようじゃないか」


 女王が身体を低くする。


 次の瞬間――


 巨大な蜘蛛が、俺たちへ向かって走り出した。


 女王が突進してくる。


 その瞬間――


「今!」


 ミーシャとグリフが同時に弓を引いた。


 ――ヒュッ!


 ――ヒュッ!


 二本の矢がほぼ同時に飛ぶ。


 女王の複数ある目へ、正確に突き刺さった。


「ギィィィィッ!」


 女王が悲鳴を上げる。


 だが――止まらない。


 目を射抜かれても、その巨体は勢いを落とさずこちらへ迫ってくる。


「まずい!」


 俺が盾を構える。


 その時だった。


「……私が」


 ルーシーが前へ出た。


「私がやる」


 両手を胸の前で合わせる。


 次の瞬間――


 ドゴォン!


 地面が大きく揺れた。


「なっ……!」


 女王の周囲の地面から、巨大な岩が次々とせり上がる。


 左右。


 前後。


 そして頭上。


 まるで女王を囲い込むように、巨大な岩壁が一瞬で形成された。


「――潰れろ!」


 ルーシーが両手を押し合わせる。


 ゴゴゴゴゴ……!


 岩が一斉に動いた。


 女王を四方から挟み込む。


 そして――


 ズドンッ!!


 巨大な岩同士がぶつかり、女王の身体を押し潰した。


 洞窟全体に轟音が響く。


「やった……?」


 アンが呟く。


 だが――


 岩の隙間から、巨大な脚が一本伸びてきた。


「……まだだ!」


 アイーダが叫ぶ。


 岩が崩れ落ちる。


 その中から、女王がゆっくりと姿を現した。


 身体には傷がある。


 動きも先ほどより鈍い。


 明らかに怯んでいる。


 だが――


「……致命傷じゃない」


 ルーシーが息を切らしながら呟いた。


 女王はまだ生きている。


 そして、その巨大な顎を大きく開いた。


 ギチギチギチ……。


 俺は盾を構える。


「全員、気をつけろ!」


 女王が――再びこちらを睨んだ。


 女王がゆっくりと身体を起こした。


 そして――


 前方の二本の脚を高く持ち上げる。


「……来る!」


 ミーシャが叫んだ。


 女王の巨大な顎が開く。


 次の瞬間――


「毒液だ!」


 グリフが叫ぶ。


「回避しろ!」


 シュッ、シュッ、シュッ!


 女王の口元から、一斉に毒液が放たれた。


「うわっ!」


 俺は盾を構えながら横へ飛び退く。


 地面に落ちた毒液が――


 ジュウウウッ!


 凄まじい音を立てて地面を溶かしていく。


「絶対に触るな!」


 アイーダが大盾を構えながら叫ぶ。


 俺たちはそれぞれ別方向へ散って、毒液をかわした。


 ニックとベンは左右へ飛び退き、グリフとミーシャも素早く距離を取る。


 ユナはルーシーの腕を掴んで後方へ引っ張った。


「危ない!」


 最後の一滴が、俺の足元へ落ちる。


 俺は咄嗟に後ろへ跳んだ。


 ――ジュッ!


 ほんの数センチ前の地面が溶けた。


「……危なかった」


 冷や汗が流れる。


 女王はまだ動いている。


 しかも――


 俺たちが散開したことで、今度は誰を狙うのか分からない。


 巨大な蜘蛛がゆっくりと身体の向きを変える。


 その複数の目が――


 俺たち一人一人を捉えていった。


毒液を避けた直後だった。


 女王が身体を低くする。


 次に狙う相手を探している――そう思った瞬間。


「私が行く!」


 最初に飛び出したのは、ミランダだった。


 細身の身体が、一瞬で女王との間合いを詰める。


 レイピアを構える。


 そして――


 踏み込む。


「――ッ!」


 その突きは、まさに稲妻だった。


 速い。


 俺には、腕が伸びたようにしか見えなかった。


 レイピアの切っ先が、女王の巨大な身体へ吸い込まれていく。


 狙ったのは、硬い外殻に覆われていない腹部。


 柔らかな部分だ。


 ――ズシュッ!


 レイピアが深く突き刺さった。


「入った!」


 ベンが叫ぶ。


 だが――


 ミランダの表情が変わった。


「……浅い!」


 すぐにレイピアを引き抜く。


 女王が大きく身体をよじった。


 ミランダは反撃を受ける前に、素早く後方へ飛び退く。


「硬い……!」


 ミランダがレイピアを構え直す。


「もっと深く入れないと致命傷にならない!」


 女王の腹部から、わずかに血が流れている。


 確かに傷は与えた。


 だが、あれだけの一撃を受けても――


 女王はまだ倒れない。


 むしろ怒り狂ったように、巨大な顎を開いた。


「ミランダ!」


 アイーダが叫ぶ。


「下がりな!」


 女王がミランダへ向かって突進する。


 俺は盾を構えた。


 ここからが――


 本当の戦いだった。


 女王の巨体が、ミランダへ襲いかかる。


 その瞬間――


「させるか!」


 アイーダが割って入った。


 女王の恐ろしいまでに太く、大きな顎が開く。


 ――ガキィンッ!


 凄まじい衝撃音が周囲に響いた。


 アイーダの大盾と、女王の顎が正面からぶつかった。


「ぐっ……!」


 アイーダの足が地面を滑る。


 だが、倒れない。


 大盾をしっかりと構えたまま、女王の突進を受け止めている。


「はあああっ!」


 アイーダが身体を捻る。


 そして――


 大盾を思い切り押し出した。


 ドンッ!


 女王の頭部が弾き返される。


「……あの攻撃を、盾で防げるのか?」


 思わず口から言葉が漏れた。


 あれだけ巨大な顎。


 まともに食らえば、鎧ごと噛み砕かれてもおかしくない。


 それを――


 盾で防いだ。


「やるかい?」


 アイーダが振り返る。


 口元には笑みが浮かんでいた。


「ああいう攻めは、嫌いじゃないよ」


 そう言って、アイーダは大盾を構え直す。


 まるで強敵との正面からの殴り合いを楽しんでいるようだった。


「……すごい」


 俺は思わず呟いた。


 その時だった。


「今だ!」


 ニックとベンが同時に駆け出した。


 二人の槍が、ほとんど同じ軌道を描く。


「「双龍! 稲妻突き!」」


「……は?」


 ミランダが目を見開いた。


 次の瞬間――


 ザシュッ!


 ザシュッ!


 二本の槍が、女王の身体へ深々と突き刺さる。


 しかも、ただ突いただけではない。


 二人は左右から交差するように踏み込み、そのまま槍を振り抜いた。


 ――ザンッ!


 女王の太い脚が、数本まとめて切断された。


「ギィィィィッ!」


 女王が絶叫する。


 巨体が大きく傾いた。


「……」


 ミランダは完全に固まっていた。


 口が少し開いたまま、ニックとベンを見つめている。

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