第一話
私の名前はルナ。
十六歳で、氷魔法が得意な、ごく普通の少女である。
……いや、普通ではないかもしれない。
なぜなら私は、前世の記憶を持っているからだ。
前世の名前は《山本照子》。
三十歳で独身を貫いたOLで、趣味は漫画とアニメと推し活。
そして、ボーイズラブ。略して、BL。
そう、つまり私は腐女子なのだ。
そんな私が、残業帰りにコンビニに寄ろうとした瞬間、信号無視をしてきたトラックに撥ねられた結果──。
「ルナ」
異世界転生したらしいのだ。
私は本を閉じ、聞き慣れた声が聞こえた方向へ、顔を向けた。
「なんですか」
「ルナ」
「だからなんですか」
「呼んだだけだ」
窓の外にいる青年に少しイラつき、私は無言で窓を閉めた。
しかし、数秒後。
──コンコン
再び窓を叩かれ、ため息を吐きながら、窓を開けた。
「ルナ」
「しつこい」
「ルナ」
「うるさい」
「ルナ……」
私は頭を抱えた。
「暇なんですか?」
「暇だ」
(即答かい)
私は盛大なため息を吐いた。
そんな私を見ながら、銀色の髪を風に揺らし、青年は微笑んだ。
整った顔立ちで、透き通るような白い肌。
宝石のような金色の瞳。
誰が見ても美形なのだが、残念なことに中身は、少し残念だった。
彼の名はアラン。
私の師匠であり、育ての親であり、保護者であり──。
そして、世界最強クラスの魔術師でもある。
(まぁ、当の本人はそんなこと、全く気にしていないみたいだけど……)
今だって、森の中で薬草を摘んでいたはずなのに、なぜか私を呼びに来ている。
「何か用事ですか?」
「いや」
「じゃあ、帰ってください。続きを読みたいので」
「嫌だ」
アランさんは、少しムッと頬を膨らませた。
「なんでですか?」
「ルナの顔を見たかった……から」
チラチラと視線を向けてくるアランさん。
「気持ち悪いです」
「褒めるなって」
「褒める要素がありましたか?」
(この人、私のことになると、変人化しちゃうな……)
「ルナ成分が足りないんだ。吸わせてくれ」
私はすぐさま窓を閉め、カーテンを閉めた。
窓を叩くアランさんを無視しながら、私は再び椅子に座り、本を読み始めた。
──ドドドドドドドドド
すると、窓を叩く音ではなく、廊下を思い切り走ってくる音がし始め、ガチャと、部屋の扉が開いた。
そして、薬草が入ったを藁の籠をテーブルに置き、アランさんはすぐさま私を抱きしめ、吸い始めた。
私は無感情のまま、いない者として本を読み進めた。
*
数分後。
禁断症状が収まったのか、アランさんは私から離れ、何事も無く薬草を片付け始めた。
私は椅子から立ち上がった。
「買い物行ってきます」
「私も行く」
「来なくていいです」
きっぱり断ると、アランさんは心配そうな表情を見せた。
「心配なのだが?」
「十六歳です。子供ではありません」
「私からすれば、まだまだ子供だ」
「五百歳から見ればでしょ?」
そう言うと、アランさんは黙った。
(しまった……)
そう思ったが──。
「そうか?」
アランさんは首を傾げた。
「はい」
「ルナも、五百年生きれば分かるさ」
「嫌です」
私は即答した。
すると、アランさんは何故か、少し笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少しざわついた。
時々思うところがある。
この人は、何を見ているのだろう、と。
──五百年。
それだけ生きれば、どれだけの人と出会い、どれだけの別れを経験したのだろうか。
知りたいが、私は何も聞かないし、アランさんも何も語らない。
今はそれでいいと思っていた。
この時までは……。
まだ、私は知らなかった。
世界中に散らばる《願いの欠片》の存在も。
アランさんが《破滅の魔術師》と呼ばれる理由も。
そして──。
彼が五百年間、一人で生き続けてきた、本当の意味も。




