5 果たし状
いきなり目的の子が現れて、僕は嬉しさ半分パニックだ。
彼女を前にしたらどういう話をしようかとか、昨夜もたくさんシミュレートしてきたけど、突然の予期せぬ展開にイメージがフォーマットされ吹き飛んでしまった。
「あ、あの。僕のこと覚えてるかな?」
近づいてきた彼女に目線をやって、小さく僕は聞いてみた。
彼女は斜め上を向いて記憶を探っている。
「過去にクラスメイトだったかな?」
思い当たる節がなかったのか、真正面から僕に訊いてきた。
目力あるなあ、凛としてクールなんだよな。
少し青みがかった彼女の澄んだ瞳に見入ってしまう。
「いや、あの。去年の秋の武道会で準決勝で当たったんだけど、忘れた? 僕、泉川由紀っていうんだけど」
つい上目がちに見てしまう自分に、情けなさが込み上げる。
恋愛は恋した側がいつも弱いのだ。
「ああ、思い出したよ。引き込み投げが上手い人だったよね。私ももう少しで一本取られそうだった」
にこやかに笑う七巳。その笑顔に僕の鬱屈した気持ちが晴れ渡る。
「ええ? わざわざ会いに来てくれたの?」
七巳の言葉に、そうだよ! 大好きなんだと言おうとしたら、横から店員が呟くのが聞こえた。
恋する少年みたいだ、と。
全力で飛び出そうとした脚を引っ掛けられた気がした。
前のめりになりながら店員を睨む。
「あ、ごめん。今のこっちの独り言だから気にしないで」
彼はそう言って謝るが、なおさら気になるじゃないか。
七巳も首を傾げて僕を見てる。
女同士だよね、そんな七巳の心の声が聞こえてきそうだ。
「ち、ちがーう! これを渡しに来たのだ」
僕は叫びながらデイパックの中から封筒を取り出して七巳に渡した。
果たし状と書かれた封筒だ。
まさか本当に渡すことになるとは思っていなかった。
洒落というか遊びでプリントしたものだったのだ。
「え? なになに、月読峠で待つ、丸月丸日丸時? ここ文字入ってないけど」
彼女が読み上げて、そう指摘してきた。
そうだった。
会えるかどうかも、何時ころ会えるかもわからなかったから、その部分は空白にしておいたのだ。
「ええと。じゃあお昼食べてからで……、三時ということで」
僕が言うと、店員がボールペンで書き込んでくれた。
「ええと、来てくれる?」
僕が聞くと、彼女はいいよ、どうせ暇だし、と一言。
「ええ? 本当に決闘するのか?」
店員が驚いている。
「武道をしない人にはわからないだろうね」
七巳が言うと、店員は、いや、わかるよと答えた。
「武道はしたこと無いけどね。負けたら、次はその相手に絶対勝つつもりで一生懸命練習するんだろ。泉川さんもそうだったんだろうね。でも目標にしていた相手が急に居なくなった。これまでの努力は何だったんだと、悔しさと虚しさを処理しきれずに悶々としていたのだろうね。悶々の中には、もう一つ別の感情もあって……」
余計なことを言おうとした店員の顔前に、僕は拳を突き出し寸止めした。
彼の言葉が瞬間的に止まり、いや、ごめんと謝った。
「でもさ、辻文に会いたくてこの町に来たのなら、うちにはどういう理由で?」
店員が不思議そうに言う。そうだった。この店は古書店なのだ。
七巳に会う目的でここに立ち寄ったわけではないのだ。
「実は、さっきバス停で拾ったんだけど、これのことで」
デイパックの中から、古地図の巻物を取り出してみせた。
それを開いた店員は、またこれかとうんざりするのだと思っていたけど、その反応は違っていた。
「これ、地図じゃなくて絵だね。こういうのは初めて見た」
彼の目が輝いた。




