10 カラスが何かを咥えてた
先ほど、七巳と自転車で来た時の広場に車を停めて、僕らは降り立った。
「あの辺だよ」と七巳が楽々浦達に指さしている。
冬の斜めの日差しを浴びた湖面は、陽炎が立つこともなくくっきりしていた。
そんな景色を眺めながらも、僕はすっかり心ここにあらず。
七巳が男役で、僕が女役のデートシーンとかを想像するのに忙しかったのだ。
たしかに、あの性格の七巳が、おとなしい女役をやる所は想像するのが難しかった。
仮に僕が本当の男だったとしても。
「ほら、先に行こう」
七巳が僕の手を取って遊歩道の方に誘う。
楽々浦と池水さんは、ドローンのケースを開いて準備をしていた。
ケースごと持っていって向こうで組み立てればいいのに、男たちはすぐにでも組み立てて飛ばしてみることに夢中のようだ。子供みたい。
二人で手をつなぐようにして遊歩道を歩く。なんだか夢でも見てる気分だった。
遊歩道のベンチに二人並んで座った。さっきおにぎりを食べたベンチだ。
周囲に誰もいないのは同じだったけど、状況は一変している。
僕の手を握る七巳の少し冷えた手が、僕の心を熱くしていたから。
こ、これはファーストキスのシーンじゃないのか?
男の子が被さっていって、女の子は目を瞑る。と、したら僕の方から行かないと。
そう思うと、逆に今にも七巳の唇が僕に近づいてくるような気がした。
そうなったら、僕はきっと目を瞑ってしまう。
だめだそれじゃあ。ここは先手必勝だ。よし、行くぞと彼女を見たところで、奥の方から楽々浦たちが追いついてきた。
ファーストキスの機会は逃したけど、残念には思わなかった。
むしろ、目を瞑る女役を回避できたことにほっとしたのだった。
「ほら、ここからなら木が生えているのがよく見えるでしょ。あの上でカラスが消えたんだよ」
七巳が言ってる間に、また一羽のカラスが飛んできた。
固唾をのんで見守る四人の前で、カラスは島をそれて飛び去る。
「うーん。惜しいなあ。もう少し右に飛べばよかったのに」
七巳が悔しがる。
そんな七巳を見ながら、僕はキスって舌も入れるのかな? とか考えていた。
やっぱりファーストキスではそこまではしない方がいいのではないかな。
「あれ、今いきなりカラスが……。あのカラスどこから来たんだ?」
楽々浦がなにか見つけたみたいだ。
「島の木の上よ。あそこからいきなり出てきた。待って、よく見て。なにか咥えてるわよ」
七巳も興奮の声を上げる。
僕は見ていなかったから、仲間に入れないもどかしさを覚えた。
「まさかね。あれが古地図の巻物だったりして」
池水さんがまた変なことを言い出した。
異界の穴だとか、不思議なことが好きな人だな。
「よし、準備できた。ではドローン飛ばすぞ」
遊歩道のコンクリートの上にドローンを置いて、僕らは少し離れる。
池水さんが操作すると、ウィーンとモーター音を響かせてその機体は地面を離れた。空から糸で引っ張るみたいに軽やかに上昇していく。
池水さんを見ると、その機体を目で追ってはいなかった。
操作機のモニターに見入っているのだ。
楽々浦は両方を見比べている。僕と七巳は並んで歩道の縁の手すりから島に向かうドローンを注視していた。でも機体が白いから空をバックにすると見えにくい。
黒いカラスははっきり見えていたけれど、白いドローンはちょっと目を離すと見失いそうだった。
もう少し、あとちょっと、島の上空にドローンが近づいていく。
そこで消えるのか? しかし機体はあっさりと島の上空を行き過ぎた。
「何もなかったな」
首を傾げながらも、池水さんはもう一度、機体をUターンさせて狙いを定めた。
結局、それを三回やっても何も起きなかった。楽々浦も池水さんもがっかりした表情をしていたけど、当たり前だよな。
結局、光の屈折か何かの自然現象だったのだ。




