8話 追跡
エルがリーダー格の男を起こす。
「わたくしの目を見てください」
まだ少し朦朧としている男が、エルの目を見る。エルの瞳が一瞬、妖しく光った。
「今から聞くことに正直に答えてくださいね」
「……はい」
虚ろな目をした男は、言われるままに返事をする。
「うまく暗示にかかったようだな。───さてと、オレ達を襲うように命令したのは誰だ?」
「女。名前は知らない。俺たちがいつも飲んでる酒場にやって来て、金を出すから殺せと言われた。前金で半分。残りは成功したら貰うことになってる…」
(へえ。依頼主は用心深いな。金を持ち逃げされる可能性を防ぐとは)
『そうとも言えないわよ。残り半分は渡すつもりが無いのかも。2回も会うと、正体がばれて、逆に脅される可能性もあるし』
(いや、確実に殺したという確証が欲しいはず。女は必ず現れる)
タイジュには自信があった。この手のタイプの依頼主は、証拠を欲しがるからだ。
「いつ会うことになっているんだ?その時に渡すものがあるんじゃないのか?」
「今夜、いつもの酒場で会う。黒髪の小僧が持ってる指輪と引き換えに残りの金を貰う約束だ」
(やっぱり!じゃ、それを利用しよう。上手くいけば、敵とバートン商会に入り込んだ虫の正体がわかるはずだ)
タイジュは、エルに指示をする。エルがすべての男に暗示をかけると、男たちは何事もなかったかのように、その場を立ち去った。
「上手くいくでしょうか?」
「さぁ、どうだろうな。とにかく男たちを見張るぞ」
タイジュとエルは、こっそり男たちの後を追った。
◇◆◇◆◇
薄暗い店の中で、リーダー格の男は女を待っていた。
(ふぅ。しかし、俺はいつの間にこの街に戻ってきたんだ?少し記憶が曖昧だ。たしか、女と小僧が乗った馬車を止めて脅した後、屋敷から護衛が来て…。くそっ!護衛は居ないって話だったのに。屋敷から助けが来るなんて…。でも、何とか女も小僧も殺したし、例の指輪も手に入れた。これなら残りの金もたんまり貰えるだろう)
リーダー格の男は、手の中の指輪を見ながらニヤニヤした。
「あら、あなた一人なの?」
例の女が現れた。女は商売女のように濃い化粧で、赤い唇は妖艶に男を誘っている。胸の谷間が見える際どい服を着ているが、この店には相応しい格好である。
「ああ、仲間たちは治療中だ。屋敷から助けが来るなんて聞いてねぇぞ。仲間の治療費も貰わないと割にあわねぇな!」
「屋敷から助けが?おかしいわね。そんなのは居ないって聞いてたのに」
「とにかく居たんだよ!」
「で?ちゃんと仕事はしてくれたの?」
男は女に指輪を見せる。
「例の女も小僧もあの世だ。これが証拠だ」
「ありがと。あなたたちなら、やってくれると思ってたわ。はい、残りのお金。少し多めに入ってるわ」
「おっ、話が分かるじゃねぇか」
男は女が差し出した小袋の中身を確認すると、指輪を女に渡す。女は指輪を見ると、満足したように懐に入れる。
「なあ、今夜は俺とどうだい?良い思いさせてやるぜ?」
男は女の腰を抱く。
「あらぁ、残念だわ。今夜は先約があるの。また今度誘ってちょうだい」
「ちぇっ、そうかい。なら、また今度な」
「物分かりがいいのね。ふふっ、また今度ね」
女は男に胸を押しつけ耳元でそう囁いた後、店を出て行った。
◇◆◇◆◇
男と女のやり取りを遠くから見ていたタイジュ達は、女の後を追う。
「男たちの方は大丈夫か?」
「はい。打ち身や切り傷があるのは、屋敷から護衛が来て斬りあったから。それでも、わたくしとマスターを殺して、指輪を奪って戻ってきた。男たちは、そう信じています」
「忘却の術をかけて、さらにウソの記憶を植え付ける。エルも腕を上げたなぁ。あの男は完全にそう思ってるぞ。まあ、指輪は本物。信じるだろうな」
(あの女も指輪を確認して納得していた。本物の指輪を見たことがあるのか?知っているようだったな)
タイジュとエルは、夜道を歩く女をコッソリとつける。女は街の宿屋に向かっているようだ。
(まずいな。中に入られたら見失うかもしれない。まだ試作段階だが、これを使うしかないか)
タイジュは腰に下げた袋から、ピンポン玉くらいの透明な球体を取り出すと、何かを念じる。すると球体は、女に向かって飛んで行った。
女に寄り添うように飛んでいる球体は透明なので、誰にも気付かれていない。そのまま、女と球体は宿屋へと入って行った。
「さてと、女が入っていたのはこの宿屋だな。泊まる気か?」
タイジュの素朴な疑問に、エルは即座に答える。
「ここは普通の宿屋に見えますが、客の要望に応じて女を呼んでくれる宿。いわゆる売春宿です」
「なるほどね。ここなら密会するのは、簡単だな」
「しかし、マスター。部屋の中の様子はわかりません。どうやって確かめるのです?」
すると、タイジュは自慢気に、もうひとつの透明な球体を見せた。
「大丈夫だ。これがあるから!」
「これは?」
「ふふん、驚くなよ。これは精霊球だ!」
「………。ソラ様が使役している球に似ていますね。真似したのですか?」
異世界最強ドラゴンのソラは、不思議な術を使うことができる。歴代のセシルは、それを真似て、いろいろな道具を開発していた。
「ちぇっ、バレたか。そうだよ。最近はこれを作ってたんだよ」
(セシルと協力しながらな!)
「最近、遅くまで何かをやっていると思っていましたが、そんなことを?やはり、今回のマスターも開発がお好きなのですね」
歴代のセシルもそうだった。常に何か新しいモノを開発していた。エルはそれを思い出して、ハァとため息をつく。
いつも変なモノを開発しては失敗し、その尻拭いをエルがしていた。
「大丈夫だ!今度のは自信がある!」
「で?どうやって使うのです?」
「聞いて驚くなよ。これは映像転送ができるんだ。あっちで撮影した映像が、こっちの球に映るって仕組み。女を追うように設定したから、こっちの精霊球で確認できるぞ!」
「そんな便利なモノがあるなら、なぜ早く使わないのです。わたくし達が女を追う必要はなかったのでは?」
「これはまだ試作段階。稼働時間が短いんだよ。でも、女が宿屋で誰と会うのかくらいは確認できると思う」
タイジュはそう言うと、手の中の精霊球を空中に浮かせ、映像を映し始めた。