9話 正体
女は慣れた様子で部屋に入っていく。中には男がひとり。商人のような格好をしているが、騎士だろう。
「上手く映像を送ってきてるな。あの男の変装は下手だなぁ。オレでも騎士だって、分かるぞ。なあ、エル」
精霊球が送ってくる映像を見ながら、タイジュはエルに話しかける。
「マスターにも分かりますか?あの男、身体の使い方が武人ですね。かなりの剣の使い手でしょう」
一緒に映像を確認しているエルも、同じ感想だ。あの男はどこかの国の騎士に違いない。
「女が欲しくて来たって感じじゃないしな。当たりかな…。しかし、音声が聞けないのは痛いなぁ。まだまだ改良が必要だな」
部屋に入るとすぐに、女は男に指輪を見せた。そして、グラスをふたつ用意して、酒をつぐ。祝杯ってことだろうか。女は高笑いしている。嬉しくてたまらないという表情だ。
「作戦が成功したから、喜んでるってことか?それにしても異様な光景だな」
「男が依頼主かと思いましたが、そういう感じではないですね。あの女自身が殺しを依頼した、ということでしょうか」
男は指輪を確認すると、高笑いする女に何かを聞いた。しばらく会話を続けた後、女は慣れた感じで胸を押し付け、男を誘いはじめた。ここはそういう宿。何もないのは、周りも変に思うのだろう。
が、男は相手にしない。女のことを、汚いものを見る目で見ている。そして男は女に指輪と金を渡すと、早く出ていけという手振りをした。
女はそれを受け取ると、憮然とした顔で部屋を出る。そして階下で、宿屋の親父と少し話すと宿を出ていった。
「『あの男、私のことはお気に召さなかったみたい。帰るわ』『そうかい。こんなに美人なのにな。この街には最近来たのかい?また今度呼ぶから』、そう言っているようです」
「お前の能力って便利だなぁ」
「部屋の中の会話は無理ですが、この距離ならば、聞き取れます。夜ですから」
エルは精霊種。ヒトには無い能力がある。特に夜になると、視覚や聴覚が鋭敏になる種族だった。
「精霊球は時間切れだ。これ以上、稼働できない。オレはあの女を追う。エルはあの男を追え。いいな!」
「わかりました。が、マスター。十分気をつけてください。───もう探すのはイヤです…」
何度転生しても、エルはセシルを探し当てて、従者を続けてくれている。そんなエルと、こんなに長く離れていたのは初めてだった。長命な精霊種にとっては、16年はあっという間だったのかもしれないが、精神的に堪えたのだろう。表情が曇っている。
「大丈夫だよ。一応、剣は使えるし。この世界でやるべき事があるから、それまでは死ねないしな。それにあいつらも…。───いや、何でもない」
「わかりました。では、行ってください。わたくしは男を追います」
タイジュは、女の後を追った。
宿屋からしばらく行くと、あまり大きくない2階建ての建物があった。アパートのような建物だろうか。何人かが住んでいる気配がする。女は迷うことなく、そこに入っていく。
(ここは売春斡旋の本部か?それにしても、あの女の動き…。素人じゃないな。誰かに鍛えられた動きだ)
『そうね。それに、あの女はバートン商会、特に店主に関係しているのかもしれないわ。指輪の実物を知っているようだったし』
(それは、オレも思った。でも、今の店主は信用できそうだった。歴代の店主も裏切るようなヤツはいないと思うぞ)
女の正体について心の中で話し合っていると、セシルが声をあげる。
『───あっ!出てきたわよ!』
しかし建物から出てきたのは、地味な服装の真面目そうな女性だった。動き方も清楚で、どこか気品を感じさせる。
「人違いだろ?」
『いいえ、絶対あの女よ!女は化粧で化ける。あの男たちと酒場で2回も会う約束をしたのは、正体がバレないって自信があったからだわ!』
タイジュは再び精霊球を起動する。精霊球は一度登録した人物を特定することができる。化粧には誤魔化されない精霊球が、反応した。あの女で間違いないようだ。
「マジか!女って怖いな…」
タイジュはそう思いながら、地味な女を追いかける。女は貴族の屋敷が建っている区画に歩いていくと、ある屋敷に入っていった。
タイジュは屋敷の家紋を確認する。
「ここの紋章って…。まさか…」
『この紋章はブロア家。例の下級貴族の三男、ギルバート・ブロアの実家よ』
タイジュは、女が出てくる気配がないのを見届けてから、その場を後にした。
次の日の遅くに、エルが帰ってきた。ずいぶん遠くに行っていたようだ。
「どうだった?」
「あの男は隣国タレースの中級貴族に仕える騎士団の者でした」
「隣国タレースの貴族の私設兵?なぜ、そんな男が?」
(ザガランティア王国の下級貴族とタレース王国の中級貴族が繋がってる?しかし、バートン商会のカネが流れているのは、タレース王国の上級貴族だ。どうなってるんだ?)
「これは詳しく調べる必要があるな…」
バートン商会に入り込んだ虫の正体は、意外と複雑なのかもしれない。面倒なことになりそうだと思ったタイジュは、思わず「メンドクセー」とつぶやいていた。




