10話 隣国
男たちに襲撃されてから数日後、タイジュとエルは、隣国タレースに来ていた。バートン商会の店主には、しばらく帰らないと伝令鳥で知らせてある。
「『何者かに襲われたので、このまましばらく身を隠します。相手は2人とも死んだと思っていますので、このままでお願いします。犯人を特定したら、帰ります』、そう伝えてあります。店主だけが見ることができる特殊なインクで伝えましたので、この情報がもれたのなら、店主が敵です」
「おいおい、店主のことは信頼してたんじゃないのか?」
「わたくしはマスター優先です。マスターさえ無事なら、他はどうでもいいです」
(うーん。エルは極端だな…)
『仕方ないわよ。エルは精霊種。基本的にヒト種のことは信用してないわ』
(せっかく店主や店の使用人と上手くやっているのに、それはマズイな。種族が違うとか関係ないだろ?)
『そんな考えの人はこの世界には居ないわよ。種族が違うと、価値観も違う。仲良くするのは無理よ』
(仮に情報がもれたとしても、何か事情があるかもしれないだろ?世界は敵か味方で成り立ってるわけじゃない。『敵だから殺す』って考えは、オレは好きじゃない。そのことを、エルにもわかってほしいんだよ)
『ふふっ。タイジュはやっぱり異世界育ちね。でも、それがこの世界には必要なのかも…』
(どういう意味だ?それ…)
タイジュはため息をつきながら、エルに問いかける。
「で、次はどうする?何か手はあるのか?」
これまでに判明したことは、あの女と男の素性だけだ。
商売女に変装していた女の名前は、アンナ。ブロア家の娘の教育係として、5年前から雇われていた。紹介したのは、ザガランティアの中級貴族だが、裏にはタレースの貴族がいることがわかった。
そのアンナと会っていた男は、タレースの中級貴族の私設兵。タレースでは、騎士団を持っている貴族が多い。その中でも、そこそこ名の通った騎士団の副長をつとめる男だった。
「アンナはブロア家の娘クリスティーナの教育係。クリスティーナは、バートン商会で働くブロア家の三男、ギルバートの妹だな。そして、男はタレース王国の貴族の騎士団副長。アンナも男もタレース王国に関係しているとわかったから来てはみたが…。まあ、身を隠す必要があったから、ちょうど良かったけどな」
「アンナの動きは訓練を受けた者の動きでに間違いありません。タレースには、スパイ養成機関があると昔から言われておりましたので、ベイル家の情報網を駆使して探りました。やはり、スパイを育てて他国に潜入させているようです」
「アンナは、タレース王国のスパイということか?」
「その可能性が高いと思われます」
エルはキッパリと断言する。
「そのスパイが何故ブロア家に?」
「ブロア家のクリスティーナは現在15歳で、タレース王国で社交界デビューするのが昔からの夢だそうです」
「社交界は結婚相手を探す場でもある。小国のザガランティアより、大国のタレースで結婚相手を探したいって事か?ブロア家がタレースの貴族に取り入ろうとしているってのは、社交界デビューさせるためだったのか…」
「はい。アンナはそれを知っていたので、ブロア家に入り込んだのではないかと思います。それと。───バートン商会では、タレース王国の様々な貴族に宝石を売っていることは、マスターも御存知ですよね?」
「他国で仕入れた石を加工して売る。他国では価値の無い石でも、タレースでは宝石として売れるからな」
「調べたところ、バートン商会の使用人が、その宝石をタレースの特定の貴族にだけ安く売っていました。『ブロア家の口添えがあったので特別価格にさせていただきます』と言って」
「タレースの貴族に取り入りたいブロア家にとっては良い話だが、なぜバートン商会の使用人はそんな取引を?まさか、使用人の秘密の恋人って…」
「はい。アンナのことだと思います。アンナはクリスティーナと一緒に、ギルバートが働くバートン商会に来ることがあります。アンナはそこで使用人と知り合ったのでしょう」
「アンナひとりで、何人もの使用人を騙しているのか?」
「詳しく調べましたが、何人かは勝手に恋人だと思い込んでいるだけですね。スパイがよく使う手です」
「なるほどな。『クリスティーナ様のために何かしたいけど、自分には何もできないから、貴方に手伝ってほしい。貴方だけが頼りなの』、そんな感じか?男にはそれが有効だな。女にはクリスティーナ様のためにと言って同情を誘うか、男を紹介して操るって方法もあるしな」
「さすがマスター。何度も転生して、人生経験が豊富なだけありますね」
「ってことは、アンナの目的は…」
「タレースに金を集めること、ですね。宝石を買った貴族たちは、それを高値で転売して利益を得ていることが判明しました。貴族たちは、高値で転売できるものをバートン商会から買っています」
「転売で利益を得ている…」
「そしてアンナの目的はもうひとつ。金を集めるだけなら、どこの店でも良かったはずです。あえてバートン商会を狙ったのは、バートン商会に何らかの関係があるから。そう推測します」
「いまタレースは、獣人族との戦争のために武器や防具を買う金が必要だ。アンナは、金を集めるために5年前から活動していたってことか。そして、そのための店はバートン商会が良かった…」
タイジュの言葉に、エルはうなづく。
「だが、本当にバートン商会を狙っているのか?たしかに高笑いしていたアンナの様子は変だったが…」
「タレースで社交界デビューをしたいという貴族のご令嬢は他にもいます。なのに、その中でもブロア家を選んだ。そこが気になっていました。じつは、ギルバートやクリスティーナの母親のブロア夫人は、かつてバートン商会で店主をしていたサムの娘なのです。そして、三男のギルバートがバートン商会に見習いとして入った後に、アンナが雇われています。これは、偶然だとは思えません」
「ギルバートがバートン商会に入った後に、アンナが雇われたのか。たしかにあやしいな…」
(それに、サムだって?)
『サムは、バートンが亡くなる前に、商会に見習いとして入ってきた子。その数十年後、サムはバートンを知る最後の店主になった。でもサムのおかげで、バートンを知らない世代になっても、皆、ちゃんとバートンがいた時のように働いてくれた。サムは人を育てるのも上手かったわ』
(しかし、サムの娘のことまでは知らなかったな。その頃は、ドゥグルに生まれ変わっていたから)
『アンナは、店主が持っている指輪を知っているようだったし、わざわざブロア家に入り込んだ。バートン商会と何か関係がある可能性は高いわ』
「ってことは、ギルバートはシロか?」
「はい。ギルバートがアンナの仲間だとは考えにくいです。いざという時、アンナはすべてをブロア家のせいにするつもりなのでしょう。───それに、ギルバートの正体はたぶん…」
タイジュには、エルの言いたいことがわかっていた。むしろ、その可能性が高いのではと思っていた。
「まあ、ギルバートのことは、すぐにでもわかると思う。この一件は、アンナのことを調べる方が早く解決できそうだ」
「はい。ですから、スパイ養成機関ではないかと思われる場所を特定しました」
「さすがエル、仕事が早いな。早速そこに潜り込むとしよう!」
「いえ、そこは少し特殊な場所でして…」
エルが珍しく言いにくそうにしている。
「どこだ?そこは?」
「はい。そこは高級娼館。わたくしやマスターが潜入するには、少し無理がある場所です」




