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28話 先王

 


(はあ?ザガランティアの国王が、バートン商会の店主のことを父上って呼んだ?どうなってんだよ!)


「やあ、イスファール、久しぶり。ちょっと捕まってしまってね。国王暗殺容疑で収監されているんだよ」


「父上が息子である国王を暗殺するのですか?それはすごい計画ですね」


「なんでも、隣国タレースの地位と金に目が眩んで暗殺計画を首謀したそうだよ」


「父上が?地位と金に目が眩んだ?ザガランティアの国王の地位を捨てて、ただの商人になった人が?」


「お前にはすまなく思っているよ。国王の重圧を押し付けてしまったのだから…」


「いえいえ。父上は即位してからの5年で、僕が困らないように全てを整えてくださいました。そのおかげで、問題無く過ごしております。父上のバートン商会も順調そうで…」


「少し厄介事に巻き込まれてしまっているが、順調に売り上げは出ているし、問題もすぐに解決すると思うよ」


「そうですか。それは良かった。では、後で一緒にお茶でもどうですか?母上もお待ちですよ」


「あー…。うん。そうだね。後で行くよ」


 気まずそうな店主をそのままにして、イスファール王はにこやかに部屋を出て行く。


 何が起こったか理解できないアンナとその隣の男にむかって、調査官が問う。


「バートン商会の店主は、このザガランティア王国の先王、ザファル様だ。それでも地位と金に目が眩んで、国王暗殺を計画したと言うのか?」


「そっ、それは…、あの…」


 そんな中、騒然とする部屋から、慌ただしく出て行こうとする男たちがいた。事の成り行きを見ていたザガランティアの貴族だ。どうやらタレースと繋がりがあるのは、この男たちのようだ。出入口を塞がれ、激しく抗議している。


「ここには、関係者だけを呼んだ。出て行こうとするなら、別室で詳しく話を聞かせてもらおう」


 調査官はそう言うと、貴族と役人の男を連れていくように指示をした。そして、尋問室には店主、アンナ、タイジュ、ギルバート、そして調査官だけが残る。


「わっ、私は騙されていたのです。あの役人の男にそうするようにと頼まれて…」


 アンナが涙を流して、訴える。


 タイジュはフードをとり、アンナの前に立つ。


「アンナ、いや、ソフィーナ。もう終わったんだよ。デヴァルは死んだ。もうお前はこんな仕事をしなくていいんだよ。母親が待ってるから」


 タイジュの言葉に一瞬反応したが、すぐに表情を取り繕う。


「私はアンナです。ソフィーナとは誰です?」


 認めようとしないアンナに、タイジュは映像を見せる。


『ソフィーナ。私よ、コレットよ。この胸の焼き印を見て。私はデヴァルの奴隷として、マダムの館で働かされていたの。あなたはデヴァルに騙されていたのよ!』


 音声付きの映像に驚くアンナ。


「ソフィーナ。もういいんだ。すべて終わったんだよ」


 タイジュは優しく語りかけるが、アンナは混乱して、小声で「お母様が生きていた?」と繰り返している。そんなソフィーナを見たタイジュは、「ソフィーナを『島』で預かろうと思うがいいか?」と、調査官に確認する。


「はい、大丈夫です。『アルファ』の思うようにしてください」


 調査官はアンナを別室に連れていくように指示した後、店主を取り囲んでいた柵を退けて、店主をタイジュの前につれてきた。


 店主のザファルはタイジュに深くお辞儀をする。


「やはりあなたが『アルファ』でしたか…。最初に会った時に言わなかったのは、私を疑っていたからですか?」


「いや、そういう訳じゃないさ。オレの今の名前はタイジュだ。アルファはかつての名前。いつまでもそんなことに縛られてほしくなかったからだよ。まあ、オレがいない間に何かあったのかもって思ったけど。人は変わるからな。例えば、悪い女に騙されて、とか」


「滅相もない!私にはキャロルという立派な妻がいますから」


(キャロルは今の王の母親の名だ。ということは、やっぱり店主が先王…)


 ギルバートは、タイジュと店主の話を聞きながら混乱していた。恩人である店主が先王で、調査官はタイジュをアルファと呼ぶ。


(一体どうなってんだ?誰か説明してくれ!)


 ギルバートは心の中で、そう叫んでいた。


「そろそろギルバートの混乱が限界だな。見せてやってくれ」


 ギルバートの様子を察したタイジュが、調査官にそう言うと、調査官の姿が変化した。


 黒い猫耳、黒い尻尾。


「あんた!じゅ、獣人種!しかも猫耳ってことは、ミコトと同族?!」


「そうだよ。そして、マダムの館でオレたちを助けてくれたヤツらだ。こいつらは夜猫族。黒い毛並みが特徴の猫科の獣人だ。この黒い毛並みを活かして、主に諜報活動をしている。ザガランティアでは、建国以来、夜猫族が調査官をしているんだよ。これは、一般の人は知らないがな」


 ますます混乱しているギルバートを見た店主は、場所を変えて話すことを提案した。


「タイジュ様。息子にお茶に誘われたのですが、一緒にどうですか?キャロルとイスファールに黙ってここにいたので、少し気不味いですが…。ギルバート、そこで詳しく説明するよ」


 何がどうなっているのか分からないうちに、ギルバートは王宮の奥へと連れて行かれる。そして、目の前には、高級そうなティーカップが置かれていた。


 テーブルには、店主やタイジュの他に、国王と国王の母親がいる。調査官の男は、耳と尻尾を隠した状態で、後ろに控えていた。


(あれっ?なんで俺はここに?)


「じゃない!おい、オヤジ!どういうことか説明してくれよ!───はっ、違った。ザファル様、説明してください…」


 正気を取り戻したギルバートは、店主に説明を求める。優雅にお茶を飲んでいた店主は、笑いながら答える。


「ギルバート、私はただの商人だよ。いつものようにオヤジと呼んでおくれ。ギルバートは息子と年が近いからね。息子のように思っているんだよ」


「こっちだって、本当のオヤジのように思ってるさ…」


「ふぅん。父上には隠し子がいるようですよ。母上」


 イスファール王が父親である店主をからかう。


「まあ、この人の身勝手はいつもの事じゃないですか。いまさら隠し子の一人や二人、問題ありません。捕まっていることもナイショにしていたくらいですしね」


 ホホホッと笑いながら答えるイスファール王の母親は、優しげな太陽のような人だった。しかし、イスファール王が成人するまでこの国を守っていた。優しいだけではなく、強さを持った女性だ。


「ギルバート、いつも主人がお世話になっております。ここにいる男たちは口下手ですから、わたくしが代わりに説明しましょう」


(イスファール王の母親であるキャロルも王家の血筋だったはず。先王とは幼なじみで、そのまま若くして結婚し、現王イスファール様が生まれた、と聞いたような…。でも、俺が生まれる前の話だから、よくわからねー。説明してくれるってんなら、よく聞かねーと)


 ギルバートは、キャロルの話を聞き逃さないようにと、キャロルの方を向いて姿勢を正したのだった。


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