11話 協力
ギルバート・ブロアはバートン商会の商人である。いまは一人で隣国タレースに来ていた。重要な取引の前日、ギルバートは酒場でひとり、酒を飲んでいた。
(やっとここまできた。早く証拠をつかまないと、こっちがヤバイ。オヤジの話だと、もうすぐ動きがあるらしいし…)
「ここ、空いてますか?」
少し考え込んでいたギルバートに声をかけてきたのは、黒髪の美女だった。20代前半だろうか。肌は透き通るように美しい。しかし、落ち着いた雰囲気のある女だ。ギルバートはすこし迷った。明日は大事な用がある。ここで問題は起こしたくない。誰かの罠かもしれないし、とギルバートは思う。
「貴女のような美しい人の誘いを断るのは残念ですが、明日大事な用がありますので…」
ギルバートは丁寧に断る。が、美女はそのまま空いている向かいの席に座った。
「お久しぶりですね。ギルバート・ブロア。覚えていますか?」
(覚えているか、だって?こんな美女なら忘れないはず…。いや、誰かに似ている。───はっ、まさか?だが、俺が知っているあの人は30歳半ばの、ご婦人だ)
「………。エルお嬢様?」
「ふふふっ。忘れていないようで安心しました。貴方とは、数回しか会っていないうえに、あまりお話ししたことはありませんでしたね」
ギルバートは、エルと話すのを避けていた。なんだか見透かされているようで、苦手だったのだ。
「あの…。なぜエルお嬢様が?それにその姿は…」
「それより、貴方に会いたいという人がいます。一緒に来てください。来ないと、貴方は一生後悔することになりますよ?」
エルはギルバートの疑問に答えずに、脅しのようなことを言う。
(一生後悔するだと?)
何だか逆らえない雰囲気を感じたギルバートは、素直にエルと共に酒場を出た。
◇◆◇◆◇
「よお。はじめまして、ギルバート。オレはタイジュ。ベイル家の新しい当主だ」
エルに連れられて入った宿にいたのは、黒髪黒目の普通の少年だった。
(ベイル家の新しい当主?今の当主はエルお嬢様だよな?代替わりしたなんて、聞いてないぞ。しかも、エルお嬢様には子供はいないはず…)
驚いているギルバートに、タイジュはさらに声をかける。
「店主から聞いてないのか?」
「マスター。ギルバートは、バートン商会に入ってもう5年です。見習い期間は終了して、すでにひとりで商談を成功させています。店主と常に連絡を取り合うことはありません。特にこのタレースでは、正体がバレるのを警戒して、不用意なことはしないでしょう」
「ああ、そうか。やっと証拠を掴めそうなところまできたんだ。気をつけているよな。さすが5年も潜入捜査してるだけあるな」
タイジュの言葉を聞いたギルバートの表情が変わった。
「オメー、何者だ?敵か?」
口調もガラリと変わり、懐に手をのばす。
「その手を離しなさい。貴方の首が飛びますよ」
ギルバートが懐から短剣を出すより早く、エルの大鎌がギルバートの首もとに突き付けられていた。
「───あんた、本物のエルお嬢様か?普通じゃねぇな…」
一触即発の雰囲気の中で、タイジュの普段と変わらない声がした。
「はいはい、二人とも止めろ。───ギルバート、オレは敵じゃない。お前も知ってるだろ?ベイル家は、バートン商会の影。裏でバートン商会を支えている存在だって。お前が店主の影となって、バートン商会を守っているのと同じだよ」
それを聞いたギルバートは、観念したように両手を上にあげる。
「はぁ…、わかったよ。降参!そこまで知られてるんじゃ、言い逃れはできねぇな」
タイジュに指摘されたことは当たっていた。ギルバートは店主に誘われて、バートン商会に入り、店主の代わりにいろいろな情報を集めていた。バートン商会を守るために。
「だぁーかぁーらぁー、オレたちは敵じゃないっての!」
「マスター。やはりギルバートに協力を頼むのは無理があるのでは?こんなに理解力がないのでは、失敗するに決まっています」
エルの辛辣な言葉に、ギルバートは驚く。
「へぇ、使用人たちの話を何でも聞いてくれる親切なベイル家のお嬢様は、偽りだったってわけね。こっちが本性かよ。その冷たい瞳。まるで人じゃねぇみてーだな」
「当たりです。わたくしはヒトではありません」
エルはそう言うと、姿を変化させた。黒いドレスに大きな鎌、そして瞳の色が深紅に染まった。
ギルバートが驚いている。
「あんた、その姿は…。まさか、精霊種?」
精霊種は、この世界で最も希少だ。滅多にヒト種の前には現れないと聞いている。なのに、昔から知っているベイル家のお嬢様が精霊種だったなんてと、ギルバートは混乱している。
「はい、正解!いい加減、オレ達を信用しろよな。ここまで、こっちの正体をバラしたんだから」
「あんた達は一体…」
ギルバートはようやくタイジュの話を聞く気になったようだ。
「ギルバート。お前にやってほしいことがある。お前とオレの利害は一致しているはず。バートン商会を守るためだ。協力しろよ」
「───はあ。断れる状況じゃねぇな。仕方ねぇ。協力するよ。やってほしいことってなんだ?」
「ははっ!ありがとな。じゃ、説明するから良く聞いてくれ」
タイジュはそう言うと、ギルバートに計画を詳しく話し始めた。




