異世界のハズレ勇者とダークエルフの第二の人生6
一方、サレーニアは教会にたどり着いていた。
村人たちは「モンスター」を見るなり逃げ出して、教会に逃げ込んだ。
窓から暴れる「モンスター」を見て悲鳴を上げることしかできなかった。
アタリマエのことだ。
「モンスター」の恐ろしさは、世界中の人々が知る。人間世界を捨てて集まった辺境の村にも、「モンスター」の被害者はいた。むしろ「モンスター」「バグ」をきっかけに世を捨てることになった人間も多くない。
世界一硬い金属の剣でも倒せなかった。強力な魔物が束になっても敵わなかった。神すらも消せなかった。それが「モンスター」だ。
「クキ、逃げ遅れた者はいないだろうな」
「それは大丈夫だが、家畜が心配で…」
「モンスターがいつ村を離れるかが問題だな。それまで、どれほどの被害がでるやら」
耐えるしかないということは、サレーニアはよく知っていた。かつて自分の故郷が失われた時も、同じだった。
(モンスターの気を逸らせて追い出すか……。ならばはやくアオイをこちらと合流させなくては…)
「今日、村に連れてきた人間がいる。そいつを連れてくるから、私が戻るまで頼んだぞ!」
「人間、って…!」
クキが目を見開く。
「小屋の陰に隠れさせた。すぐ戻る」
「お、おい!」
サレーニアは人差し指を唇に当て、目をつぶる。意識は、ここにはない空間に向けられた。暗闇の中、ぼんやりと浮かぶロウソクと炎が浮かび上がった時、強く念じながら呪文を唱える。
「(闇の炎よ…!)」
形を与えられた魔力が炎を起こす。炎はまっすぐ、「モンスター」の肩すれすれを突き進み、地面に落ちた。
「!」
「モンスター」が体を捻る。どこから飛んできた炎なのか、首を回してあたりを見渡す。
「(暗黒の刃よ…!)」
「モンスター」のしっぽの方へ走りながら、サレーニアは次の魔法を紡ぐ。闇の魔力によって生まれた刃が「モンスター」のたてがみを削る。
「ー!?」
目的はひとつ、「モンスター」の隙を作り出すことだけ。
サレーニアは魔法で砂煙を立てながら走った。
(やはり、勇者でもなければ無理か…!)
「モンスター」は大きな腕で己の顔をかきむしる。目潰しが効いた、ならば十分だ。
「ああ、サレナさん!」
「アオイ…!」
小屋の陰で丸くなっていた葵を見つけて、サレーニアは手を差し伸べた。
「あの、モンスターは」
「今は大丈夫だ。いいから、はやく村の者と合流しなくては」
生まれたての子鹿のような震え方をしながら、葵はゆっくりと立ち上がる。
「走れるか?」
「は、走ります」
信じられなくて、サレーニアは葵の腕を掴んで引き寄せた。うひゃあみたいな悲鳴にかまっているヒマはない。小脇に抱えると、教会、そこに向かって走、
「ーっ、」
地面を蹴った足に、猛烈な違和感がした。
(噛み合って、いない…?)
骨の接続部分、筋肉の伸び、何かがズレたような違和感に、女の背筋が冷える。
バランスを崩して、空いている腕の側に傾いた。
(今のは…!)
やけに遅い空気の動きの中、破裂音が押し寄せた。膝の少し下の部分から、締め付けられるような、内側から押し広げられるような衝撃がする。
(…、何がっ起きたんだ)
歯を食いしばっても声を止めるには足りない。ようやく草の上に倒れこむと、脚部が一気に冷たくなっていく。氷水に入れたような麻痺感がして、目眩を呼んだ。
「さ、サレナさん?」
放り出した葵の声が、遠い。少女の情けない声がくぐもって聞こえる。
(ああ、私は)
視界の中央、口をなにやら動かす葵の姿がある。
(モンスター、に)
その背後に見えた目、牙、爪、サレーニアは息をついて、
「早く逃げろ」
と口にした。
「……ろ?サレナさん、今なんて」
突然倒れたサレーニアを前に、混乱する頭は収まりはしなかった。むしろどんどんこんがらがっていって、現実さえもよく見えない。
サレーニアの言葉を聞き逃して、血だらけの彼女の素足を見て悲鳴を上げて、混線しまくった葵を我に返させたのは、
「ー!」
耳に突き刺すような「モンスター」の鳴き声だった。
(さっきも聞いたはずなのに、どうしてどうして)
状況は瞬時に把握できた。しかし、葵の足はやはり動かなかった。疲れているから、さっき足をぶつけたから、そんな事だけではない。
単純な恐怖に動かないのだ。
元々自分は勇気がある人間ではないから怯えるのは当然だ。モンスターに攻撃されて倒れたサレーニアを見て立ち向かえるわけがない。しょうがないことだ。何千人に質問したとしても過半数を超えて全員がそう答えるに違いない。
違いないのに、なんでなのだと泣き叫ぶ自分がいる。
(やっぱり何も出来ないの!?)
当たり前のことを嘆く細胞があった。
(でも、できないのって当たり前じゃない)
あの勇者サトウたちだって、いくら勇者だからって、この世界に適応できているからって、こんな怪物に立ち向かおうとかできるはずないっ!
(サレナさん、)
臆病でも動ければよかったのだ。怖いから逃げるという行動すら勇気がなくてできない。
「モンスター」の威圧、自らの自責、二つに挟まれて身動きすらできない。
「モンスター」はゆっくりと口を開けてくる。タテあたり2メートルくらいだろうか、座り込んだ葵を一口で口に収めようとしてくる。嫌味なほどのスローな動作に、頭がズキズキ痛み出す。
気を失えたらラクなのに、なんでこんな時ばっかり丈夫なんだろうか。
(わたしはハズレだから、やっぱり酷い死に方するんだ)
歯が当たる感触を最後に、葵はようやく気を失うことが出来た。




