第10話 想いは消えぬもの
恋乃夢桜神社。本堂前。
栄心は、両手で印を組み、精神を集中させた。
「魂封印!」
金色の霊力がほとばしる。
じめじめした黒い霊気は、金色につつまれて消える。
「…よし。やりました」
ぴいぴい。
神社の樹の上の小鳥たちが、さえずっている。
黒い霊気から守れた。
じめじめに勝った。
小鳥たちの守り人としての役目を果たした。
「栄心ー」
近くで見ていた吹雪が、声をかけてくる。
「お金、何に使うのー?」
お金。
紫咲一門の、現在は世桜城の城主の奥方。式部ちゃんの護りびとを果たした際に、いただいた謝礼金だ。
「貯金します」
「えー。ワタシと栄心の結婚式費用に使おうよー」
「使いません」
真面目な栄心は、しっかりしている。
女の娘の誘惑に負けないのだ。
「結婚の宴を見て、うらやましくないのー?」
盛大にとり行なわれた大君殿下の結婚の宴。
誰もが片想いをした大人気城主の結婚式。
式部ちゃんとの年の差結婚。
あれを見て、自分も結婚したいとか思ってくれるといいんだけど。
相手は、幼なじみの吹雪がいいと言ってくれればいいのだけど。
真面目な栄心。
好きなんだよ。栄心。
変わらない。
吹雪は、口をとがらせる。
やっぱり、女の娘としては想いにこたえてほしいな。
第10話 想いは消えぬもの
恋乃夢桜神社。本堂内。
片想い恋愛相談室。
「片想い相談をご希望ですかねえ」
栄心の父・全北さんが受け付けする。
「はい…。希望します」
町娘は、最初に恋霊となった娘だった。
都の診療所に入院していたが、退院したばかり。
結婚の宴の、カサを使った片想いの舞いにも参加していた。
「新しい方が…」
町娘は、ほほを赤く染める。
「新しい殿方に片想いをはじめました」
本堂内。片想い恋愛相談室。
「さて、どんな片想いじゃ?」
「…聞いてください。修連老人」
ひかえめながらも、詰め寄る町娘。
「恋霊騒ぎになった町娘ちゃんじゃな。どうしたんじゃ?」
「それが…」
町娘は、言う。
「大君殿下には、“弟君”がいるのです…」
「弟君…?おったかのう?」
大君殿下には、弟がいるらしい。
修連老人は、そのへんをど忘れしている。
「新たな片想いの相手は、その“小君殿下”なのです…」
「なんという、片想いじゃ…」
修連老人も言葉が出てこない。
小君殿下は、若いイケメン殿下。
恋人なし。
町娘たちが、結婚の宴の際に見つけた。
大好きになった人。
「この想い、届くでしょうか…?」
「…やめておくのじゃ」
片想いの守り人。
修連老人は、この方向性は自ら止めに動くべきだと考える。
本当に、待て。
恋する町娘たちよ。
恋乃夢桜神社。入り口の鳥居。
「栄心〜。こっちこっち〜」
栄心と吹雪は、木織に手招きされて、鳥居の下にきた。
「珍しい色の小鳥を見つけたよ〜」
木織は、鳥居の上を指差す。
ほーーほけきょ。
ウグイスだ。
「ウグイスですね。きれいな鳴き声です」
耳をすます栄心。
ほーほけきょ。
美しく可愛い小鳥だ。
鳴き声は、きれいで、ずっと聞いていたくなる。
栄心は、小鳥を守りたい。
神社内に住んでくれないだろうか。
小鳥たちの守り人ながら、栄心は小鳥の生態系にくわしくはない。
霊的に守るのみだ。
どうすれば、神社内に住んでくれるだろう。
「ウグイスですかあ」
ゆっくりと、父の全北さんが歩いてきた。
ほーほけきょ。
いい鳴き声をする。
「良いですねえ」
「そうですよね。父さま」
「小鳥たちとワタシとどっちが好きー?」
「完璧に、小鳥たちです」
「えー!ひどいよー!」
吹雪は、栄心の腕にしがみつく。
栄心は本当に小鳥たちが好きなので、構わずウグイスを見ている。
「…ところで、栄心」
全北さんが、真面目な顔になる。
「は、はい?何ですか?」
「これから、大変なことが起こりますよお」
「え?」
『小君殿下ーーーっ…!』
恋乃夢桜神社の本堂内から、女の娘の叫び声がする。
桃色の霊体が、大空高く立ちのぼる。
女の娘の片想いの心がつのると現れる怨霊。
恋霊だ。
「な、何で、恋霊が?霊力の高い女の娘にしか起こらないはず」
この都に、霊力の高い女の娘は少ない。
「ですからあ。恋霊を最初に生み出した町娘が、診療所から出てきたんですよお」
それで、片想い恋愛相談室にきた。
出た。
恋霊になった。
「ふ、封印ですか…!」
「それは、修連じいさまにまかせましょうねえ」
全北さんは、ゆっくり言った。
「魂封印…!」
遠くで、修連老人の声が聞こえる。
桃色の霊体が消え去る。
「今度は、小君殿下という方が大人気らしいですよお」
大君殿下の弟。
結婚の宴の裏で起こった、新たな片想いのはじまり。
「本当に女の娘は、たくましく、恋する生き物ですねえ」
「えええ?」
世桜の都での片想い騒動は、続くようだ。
町娘たちは、恋をやめない。
「ワタシも、恋やめないよー。栄心、結婚しよー」
「オレは、まだ修行中です。結婚しません」
栄心は、小鳥たちの守り人。
当分の間は、吹雪の、恋の守り人にはならないようだ。
暁の桃源郷。
世桜の都。
大君殿下と式部ちゃんの治める都。
ここでは、女の娘は全員、恋をしている。
想いの“紅”に染まる場所。
片想いは、実らなかったりするけれど。
想いは、暴走するけれど。
いつかは、恋が実るかもしれません。




