22 殿下の安否
「どうしたの?」
「いえ……」
ジェイド殿下、と思わず口にしてしまったのでリフューズがわたしを疑念の目で見てくる。
あのときのことは、伝えておいた方がいいだろうか。
蔵書室に行ったとき、ジェイド殿下はわたしの手を触っても痛みや怪我を負われている様子がなかった。いや、手に触れていたのは少しの間だけだ。しばらくしてから異変が現れたかもしれない。
リフューズは、そんなわたしの不安を見透かしたかのように言った。
「ねえ、僕は宮廷魔法使いだって言っただろう? ここの公営墓地と同じく、王城にも【拒絶の結界】を施しているんだ。その結界の中に入ったときから、君の動向は筒抜けだったんだよ?」
「え……」
「だから隠さないで正直に教えてくれないかな。ジェイド殿下に会ったんだよね?」
「……」
わたしは迷ったけれど、小さくうなづいた。
「はい、かつての……ジェイド様の蔵書室に行ってみたくなりまして。でも、まさか御曾孫の方が……同じお名前で、そっくりのお顔の方がいらっしゃるとは……」
「ええっ、ま、まさかジェイド殿下に会ったのか? そ、その姿で……!?」
なぜだかネルブスが一人でうろたえている。
「で、殿下は……武勇にかなり優れた方だと聞いている。お前のような者が目の前に現れたら、す、すぐさま切って捨てられるのでは……?」
「いえ、なぜだかジェイド殿下にはわたしの顔がカエルに見えなかったようです。というのも、あの方と会っている間は、わたしの顔はなぜか元の人間だったころの姿に戻っていました。鏡でそれはわたしも確認したのでたしかです」
「「なんだって!?」」
ネルブスとリフューズが、同じ反応を返してくる。
「ど、どういうことなんだ……。それで? 殿下とはそのあとどうなったんだ? き、危害を加えたりはしてないだろうな?」
「はい、少しだけお話をして……わたしがジェイド様、つまりジェイド一世と呼ばれる方と知り合いだったということだけ、お伝えしました。それですぐに、その場を辞そうとしたのですが……」
この先はあまりくわしくは言いたくない。
リフューズはどこまでそれを感知していたのだろう。ちらりと見ると、やれやれと呆れたような顔をしていた。
「あのとき僕は、ジェイド殿下の周囲にも【拒絶の結界】を施していたんだよ。他の王族の方々にもね。腐っても『魔女』って異物が城内に入り込んでいたんだから。けど……殿下が危害を加えられたって信号はついぞこっちに来なかった。殿下は、ネルブスも言った通り腕が立つからね。あまり心配してなかったのもある。だからすぐに警護には向かわなかったんだ。でも……そうか」
「どういうことですか?」
「君は一瞬でも人間の姿になっていた。どういう理屈でそうなったかはわからないけど。その状態で、ジェイド殿下に触れた。そうだね? だから殿下は無事だった」
「ええええっ!!」
わたしの代わりにネルブスが最大限の驚きを見せてくれる。
わたしも言い当てられて、ネルブスぐらい驚いていた。でも、見せる機会がなかった……。
「そ、そんなことが……。えっ、触れたってどういう……。痛あっ!」
「おい、そんな野暮なこと聞くな」
興味津々といったネルブスの後頭部を、リフューズが木の杖でたたく。
そんな変なことにはなってなかったのだけど……。わたしはジェイド殿下の名誉のため、仕方なく説明する。
「あの、手を引かれて呼び止められただけですよ。でも、なんともなさってなかったです。手を痛がってたとか、あの花のように……腐ったりとかは」
わたしはジェイド様の墓前に供えた、いまは変わり果ててしまった花を見つめた。
ああならなくて本当に良かった。なぜあのときわたしが人間の姿に戻っていたかはわたし自身にもわからない。だが、カエルの顔のままだったらきっと殿下を傷つけていたことだろう。
「とにかく、ジェイド殿下との間に害は何も起こらなかった。それはたしかなんだね。でも……なんとも厄介なことになってしまったね」
「厄介?」
「そう。君が、ジェイド一世そっくりの曾孫に会ってしまったことだよ。そして、そのそっくりな曾孫であるジェイド殿下もまた、君に会ってしまったことだ」
「……それは、なんの問題があるのですか。ジェイド殿下は、ジェイド様ではありません。まったく違うお方、です」
「そうだね。違う人間、別の人間だ」
そう、間違っても同じ人ではない。顔も、名前も同じでも。違う方だ。まったく違う方。
何も、何も起こりはしない。
わたしはあの、墓の下に眠る方と婚約者同士で、恋仲だっただけだ。もうこの世にいない、会うことのない方と――。
でも、リフューズはこう言っていた。
あの墓の中にジェイド一世の魂はもうない、と。「ここにはない」と。
「では……ジェイド様の魂はいま、どこにおられるのですか? わたしの魂はずっと七十年間、自分の白骨死体とともにありました。あのお墓におられないなら、どこに……?」




