表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ココロノート~心の音を調律する少女~   作者: 名雲
第3章 王都での日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/71

第70話 この力と共に

 光の球に触れた指先から光があふれた。

 泡のように弾けて景色を作り出すはずが、この光の球は弾けることなく光を放ち続けている。


"うっ……眩しい"


 目を開けていられないほどの眩しさに、手をかざして顔を逸らす。

 しばらくして眩しさが落ち着いてきた頃に、ゆっくりと目を開けてみると、世界が真っ白になっていた。


"戻って……きた?"


 思わず自分の両手を見た後に、体を見下ろして何もない事を確認する。

 大丈夫そうだとホッとして顔を上げて周囲を見回してみても、何も無い。

 自分の影すら無い、あの白い場所にまた戻ってきたようだった。


 ————ピィィン。


 この世界にきてからずっと聴こえていた澄んだ音色が、またこの白い空間に響いた。

 今までで一番大きく、輪郭まではっきりと聴こえる。

 それは、何度も聴いたもの。

 美しく澄んだ、エリーが奏でるハープの音だった。

 

"エリーのハープだ……"


 音が聴こえた方向へ顔を向けると、キラキラと光る糸のようなものが目に入った。

 細い糸のようなものが煌めきながら浮かんでいる。

 少し用心しながら近づいていくと、それが楽器の弦だと気づいた。


"どうしてこんなところに……?"


 なぜ、ここにあるのか。

 なぜ、輝きながら浮かんでいるのか。

 なんの楽器の弦なのか。


 疑問が次々と頭を過ぎるけれど、その不思議な存在感に、つい手を伸ばしてしまった。


"————きれい"


 その弦に触れた瞬間、キィンとガラスを指で弾いたような、高く澄んだ透明な音が響いた。

 頭の中に強く刺さるような音に驚いて、とっさに一歩下がると、目の前の弦から光が溢れ出してきた。


"こ、今度はなに……!?"


 目を開けていられないほどの強い光が、白い世界を更に白く塗りつぶしていく。


"————っ、目が……!"

 

 強く目をつぶるけれど、それでもまぶたの奥まで真っ白になるほどだった。

 私は、顔の前に手をかざしながら光が収まるのを待つと、しばらくしてふっと眩しさが消えた。


 恐る恐るまぶたを開く。

 まだ霞む視界の先で————


 エリーが目の前で微笑んでいた。

 

 私を見るその瞳は穏やかで、最後に見た《殲滅の魔女》とは違う、本来の彼女のようで……


((初めまして……かしらね?))


 エリーは真っ直ぐに私を見ながら話しかけてきた。

 驚いた私は、口をパクパクとさせるけれど、言葉が出てこない。


((何度か記憶の中に介入して、貴女に話しかけたけど、上手くいかなかったのよねぇ……))


 そう言って微笑んでいる目の前のエリーは、記憶で見たエリーとどこか違って見えた。

 

"あ……あなたは、エリー……なの?"


 なんとかそれだけ言葉にすると、彼女は右手を頬に添えてふわりと笑った。


((ふふ、違うわ。私はエリー本人ではなくて、彼女が持っていたハープの弦に残る残響みたいなものね))

 

 ハープの弦?

 残響……?

 目の前に立つエリーが?

 

"な、なにを言って……エリーそのままの見た目じゃない"


 信じ難い言葉に声を震わせると、エリーは柔らかい笑みを向けたまま口を開いた。

 

((彼女の記憶と心の音の振動がこの弦に未だ残っているのよ。本来の私は、ただの弦よ))


 そう明るく話すエリーは、よく見ると微かに透けているようにも見える。


((今はね、この大きな箱の中で部品のひとつとして使われているみたいだわ))

 

 肩を竦めながら真っ白な空間の、その向こうを見るような目をするエリー。

 部品? もしかして《アニマ》の部品に使われているのだろうか。


 驚きっぱなしの私に、エリーが説明を続けてくれる。

 エリーの記憶が音の響きとなって残っていること。

 その記憶と音がこの世界を作り出していること。

 その振動に共鳴して、私がこの世界に引き摺り込まれたこと。

 エリーの顔と声で教えてくれた。


”……あまりよくわからないけれど、あなたが私を無理やり引き摺り込んだわけではないってこと?”


((そうね。貴女の心の音が、私の音と偶然共鳴したのよね。だから、私の意思ではないけれど、驚かせてごめんなさい))


 少し眉を下げたエリーに謝られて、おもわず”気にしないで”と返してしまう。

 でも、そうだったのか。

 一応、ここに閉じ込められたのはエリーの意思ではない事は理解した。


((貴女がたくさん見たエリーの記憶も、これでおしまい。この先の記憶は私の中には残っていないわ))


 その言葉を聞いて、ハッとした。

 最後の記憶の後にエリーがどうなったのか、目の前のエリーならば知っているかもしれない。


”あの……最後の記憶のあと、エリーはどうなったか……あなたは知ってるの?”


 恐る恐る目の前のエリーに聞いてみると、彼女は((知ってるわ))、と銀色の髪をかき上げた。

 

((そうね……エリーは力を暴走させた後なんだけれど……))


 彼女は、あの後に起こった事を教えてくれた。

 エリーが集めた光を最後には吹き飛ばした光景が、《大静寂》と呼ばれるものであること。

 あの時、人々の体から立ち昇っていた光の粒は《純音》と呼ばれるものであること。

 

((あなたも記憶の中で見たでしょう? エリーが世界の人々から《純音》を集めて消し飛ばしてしまったところを))


 エリーがどこか遠くを見ながら、寂しげな表情をする。

 

”《純音》って……”


 私がそう聞くと、エリーはハッとした表情になった。


((そうよね、アリアは《純音》が失われた世界しか知らないものね。うっかりしてたわ、ごめんなさい))


 エリーはそう言うと、《純音》について説明してくれた。

 私の知る《心の音》が人によって違う『個性を持つ音』に対して、《純音》は全ての人が共通して持っていた『心の受け皿』であること。

 昔の人々は、それで互いの心をわずかに感じ取り、人と人の交流を円満にしていた。


((あの当時の調律師というのは、《純音》と《心の音》を強く扱える人だったわ))


 心の音を強く扱う……

 私は自分の手を見つめた。

 胸の中に感じるハープが、エリーの声に合わせて静かに鳴っている。


((《純音》の使い方には二種類あるわ))


 すっと手を前に出したエリーが、指を二本立てながら口を開いた。


”二種類?”

 

((そう。一つはアリアも見た、エリーたちの破壊の音ね。これは二つの音を共鳴させて放出することで生まれる破壊現象ね))


 戦場で繰り広げられた破壊の音色を思い出して、背中がざわりとした。


((もう一つは、さっき言ったように相手の《心の音》を自らの《純音》で受け止めて読み解くこと))


 相手の心の音を読み解く。

 今の私が相手の心の音楽を聴いているようなものだろうか。


”それって、相手の《心の音》は楽器の音で聴こえていたの?”


 五百年前までの人たちが、私と同じように感じていたのか気になった。


((それはちょっとわからないわね。どんな感じに聴こえるのかは、それこそ人それぞれだったと思うわ))


 エリーはそう言うと、説明を続けた。

 相手の感情を直接感じることが、昔の人は当たり前に出来ていたという。

 エリーが集めた光の雲は世界中の人の《純音》を集めたもので、あの日を境に世界から《純音》が失われたらしい。

 《純音》を失った調律師は、破壊の音を出すことも、相手の《心の音》を受け取ることもできなくなった。


”————だから、調律師は絶滅した、と”


((その通り))


 あの時代、調律師ではない人たちも、わずかながらでも相手の心の音を聴きながら交流をしていた。

 それが突然聴こえなくなり、世界は大混乱に陥ったという。

 

 言葉と顔色と心の音。

 この三つを使って交流していた人たちにとって、そのひとつが、それも一番の判断材料になっていた情報が失われた。


((世界中が混乱に襲われて、戦争も有耶無耶になったわ))

 

 エリーたちが住んでいた国も基盤がガタガタになって、革命で崩壊したらしい。

 

"エリーは……エリーはどうなったの?"

 

((エリーはあの後、ザリスに連れられて戦場を脱出したわ……))


 顔を俯かせて、辛いことを思い出すようなエリーの表情に、胸がずきりと痛んだ。

 心を病んだエリーは、言葉も少なくて、笑うこともできなかったらしい。

 

((けれど、ザリスに連れられて故郷に戻り、長い時間をかけて少しずつ人の中で暮らせるようになっていったわ))


”そうなんだ……良かった”


 カムリンやヤナを目の前で失ったエリーにとって、故郷での生活は少しずつ彼女の心を溶かしていったのだろう。

 ザリスはエリーを送り届けたあと、どこかへと去って行ったらしい。

 彼も戦争で心に深い傷を負っていたから、エリーと一緒だと失った仲間を想い出して辛かったのかもしれない。

 

((故郷では彼女を支えてくれた人もいて、やがて小さな家族を持ったの))


”じゃあ、好きな人が見つかって、幸せに暮らせたんだ。良かった……”


((……幸せだったかは、私にはわからない))


 少しだけ目を伏せながら、エリーがそう言った。


”どういうこと?”


((いえ、私はただの記憶だから……でも、時が経って老いた彼女の最後は、愛する家族に囲まれて、穏やかな顔のままこの世を去ったわ))


 エリーの生涯が苦しみだけで終わらなかったことに、涙が溢れてきた。

 

”良かった……本当に良かった……”


 涙で滲む視界に、白くてしなやかな手が映り込んだ。

 ふと視線を上げると、すぐ隣にやってきたエリーが、私の頬に手を伸ばしていた。

 

((エリーのために泣いてくれてありがとう))


 エリーの手は頬をすり抜けて、触れることは出来なかった。

 でも、確かな温かさを感じた。


((私の中の振動と共鳴したということは、もしかしてアリアは彼女の子孫なのかもしれないわね))


 頬に手を添えながら、聖母のような笑みを向けてくれるエリー。

 けれど、ふと真剣な表情になった彼女が口を開いた。


((アリア、あなたの中には《純音》が確かに存在しているわ))


 その真剣な声を聞いて、私も姿勢を正す。


((どうしてあなたの中に《純音》が宿ったのかはわからないけれど、それと強い心の音が合わさって調律師としての能力が開花したのね))


 そして、複雑な表情をした彼女がぽつりと言葉を零した。


((————それも、かなり強いわ))


 それを聞いて、心臓がざわりとした。

 脳裏にエリーたちが扱った破壊の音が浮かぶ。

 あの時代の調律師たちは、人を壊すために力を使っていた。

 もしかしたら、自分も将来人を傷つけるために力を使うかもしれない。

 調律師の力が戦争に使えると知られたら、無理やり戦わされるかもしれない。


 背中に冷たいなにかが這い上がってくる感覚に、体がぶるりと震えた。 

 自分の中に目覚めた力が、途端に恐ろしくなる。


((………………自分の力が怖い?))


 青い顔で震えている私を見て、エリーが柔らかく声をかけてきた。


”……怖い。昔の調律師の人たちみたいに、無理やり力を使わせられたら……”


 破壊の音を巻き散らす自分を想像して、指先が冷たくなっていく。


”誰かを傷付けてしまったら……そう思うと、どうしようもなく怖い……!”


 震える体を両手で抱きしめていると、エリーの声が聴こえてきた。


((アリア、貴女の中にある《純音》だけど……私に残された振動を使えば、消すことができるかもしれない))


 彼女の言葉を聞いて、涙に濡れた顔を上げる。


”消すことが……できる?”


((そうね。そうすれば貴女は調律師としての力は失うけれど、他の人と同じになれるわ))


 貴女はどうしたい?

 エリーがそう問いかけてきた。


 調律師ではなくなる……それは、心の音も聴けなくなるということ。

 そのことに、心の中が嵐のように揺れ動いた。 


 でも、このチカラが危険なものだと知ってしまった。

 誰かに利用されて、自分の意思とは別に、エリーたちのように戦わされるかもしれない。

 じゃあ、この力は消してもらった方がいい……?

 こんな危険な力は、無い方がいいんじゃ……


 そう考えたときに、今まで出会った人たちの顔が次々と浮かんだ。

 皆がこのチカラを通じて知り合えた人たちだ。

 それに、アレクにヴィヴァーチェさん、アルバートさん、そしてクリスに出会えた。


 困っている人を助けたい。

 調律師としてのチカラを使うことで、助けられた人が確かにいた。

 

"……このチカラは、消さない"


((いいの? そのチカラと一生付き合っていくことになるのよ?))


 一生。

 その言葉の重さに、心がゆれそうになる。けれど————


"それでも、このチカラと生きていきたい。助けられる人を、助けられるように"


 涙を拭って、真っ直ぐにエリーを見ながら告げた。

 嫌なことがあるかもしれない。

 後悔して泣く日だって、あるかもしれない。

 ——でも、ここで逃げたら、私はもっと後悔するだろう。


((そう、わかったわ。なら、あなたには贈らせてもらうわ))


 そう言ってエリーが差し出した手の上には、キラキラと輝く銀色の紐が乗っていた。


"これは?"


((これはエリーが使っていたハープの弦よ。つまり、私ね))


 イタズラっぽく片目をつむりながらエリーが言った。

 エリーが差し出す、キラキラと輝く弦に触れた。

 すると、細かく震え出した弦から、美しい音が鳴った。


 ——ピィィン。


 その音が私を包み込むように広がったあと、すっと体の中に入り込んだ。


 じわりと温かな感覚が胸の奥に広がっていく。

 そして、ふと気づいた。


"ハープの弦が……治っている!?"


 切れていた弦が治っていた。

 今までよりも強く、繊細になった気がした。


"ありがとう、エリー"


((どういたしまして。さあ、そろそろ戻る時間ね))


 エリーが少し名残惜しそうな顔をしながら言った。

 私も別れを惜しむようにエリーへと手を伸ばす。

 お互いに触れられないけれど、重ねた手から、思い遣る気持ちが流れてくる気がした。


"そう言えば、どうして私はここに連れてこられたの?"


((さぁ、それはわからないわ。でもそうね……))


 口元に人差し指を添えながら、少し考える素振りをするエリー。


((よく似た音を持ったあなたに、エリーの生きた証を見て貰いたかったのかもしれないわね))


 エリーの生きた証。

 確かに、その証は私の中に息づいている。

 

"……そう。見ていて辛い記憶も多かったけど、エリーのことを知れて良かった。ありがとう、ここに連れてきてくれて"


((そう言ってくれて嬉しいわ。さあ、もう行きなさい。あなたに出逢えてよかった))


 白い世界が、少しずつ眩しく光り出していく。

 光を背に受けたエリーが、優しい笑顔で手を振った。


"私も。さようなら、エリー"


((さようなら、アリア…………元気でね))



 周りが眩い光を放ち出し、その眩しさに目を閉じる。

 この世界から離れていく感覚。



 そして——————






 目を開けると、見たことのない天井だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ