4 つながった人
「我が花嫁とその兄、人の心は面白うてたまらんな。水神様と敬う気持ちを持ちながらも、妹可愛さに神に歯向かう気持ちも両立させて……」
「そっちの男に至っては、花嫁を奪って逃げようなどと考えて……」水神様のお言葉に私は、フウタへの愛しさと怒り、心配が入り混じり、何一つ言葉には出来なかった。
「花嫁と銘しているが、別に我と繁殖するわけでもないのだ。我が妻はそのままその男と番うが良い」
水神様の説明では、花嫁と言いつつも結局のところ花嫁の一族の主要な者たちが前世の記憶を取り戻して、村の繁栄に尽くすのだそうだ。花嫁というパワーワードが強すぎるが、水神様的には特に性別にこだわりがあるわけではなく、単にこちら側の思い込みで「花嫁」たる女性が選ばれているだけのようだ。
一族が繁栄に尽くすというのも、いかにも水神様への信仰が深く聞こえるけれど、言ってみれば「自分たちが暮らしやすくする為に村の環境を勝手に整えだす」のそうだ。
それは確かにそうかも。だって、私もため池作っちゃうぞ!とか考え始めてるし。
私の前世は、農家でもなんでもない普通の会社員(享年58歳独身)だったけれど、育ったのが河川の少ない地域だったので至るところにため池があった。
田圃にはそこから水を引いてたし、農業用水だけでもなんとかなったら、水くみが楽になるはずだし……と、用水路を作るのに、私の「固めるスキル」使えんじゃね?とか考えちゃってる。
兄やフウタの前世は、まだ知らないけどここよりも進んでる時代に生きた人なら、なんとか実現可能な程度の計画を立てられるんじゃないかと期待している。
これがおばば様の村長になってみたら分かる、っていうしたり顔の裏側ってやつかぁ。おばば様は前世で、製糸関連のお仕事してたのかな〜。
「人の子らよ、丸盆の酒を飲め」水神様が、この場に用意されていた丸盆の杯で兄とフウタにお酒を飲むように仰った。
二人は素直にお酒の瓶から杯に酒を注ぎ、そのまま飲んだ。
「市の立つ村で作っている清酒じゃ。害はない、ただお前たちの記憶の底に我の手が届きやすくする為に少し酔うだけのことよ」
水神様は、兄とフウタの記憶にアクセスして、前世の記憶をたどるらしい。
うーん、兄かフウタか農作物の加工経験あったら良いんだけどなと考えながら、横で水神様を仰いでいるはずの二人を見ると、兄がぽかんとした顔をしていた。
「兄さん、つながったの?」水神様もおっしゃってたけど、たしかに前世を思い出すのって、ホントに「つながった」っていう感じがするよね。
兄はぽかんとした間抜けヅラから、キリッとした表情を作って「……わし、芋焼酎作っとったわ、芋ならこの村でもやれんことないよな」とグルグル考えている音が兄の頭の外にも聞こえてきそうな様子だった。
私は思わずガッツポーズを作った。
「兄さん、サイコー!お酒作りだなんて、売れるじゃん!」私の前世の人は、経済活動に執着がある人のようだった。
いやだって、ほんとお酒作りだよ!今この世にあるお酒なんて、ほんと原始的も良いとこなんだから、焼酎なんて嬉しすぎる。村興しするには最強すぎるじゃん、と私の前世のおばちゃんがのたうち回って叫ぶのだ。
前世の記憶のある人のお蔭で「石鹸」は作られたけど、この村では「清酒」はやらなかったみたいなのよね。お米は村で作ってるけど、いかんせん水不足が痛いよね。お米をお酒にするだけの余裕が村にないんだもん。
清酒造りは……他の村で既にやってたのか……
水不足の解消は、ため池作りでおいおいなんとかするとして……
種芋をなんとか手に入れたいところよね。芋焼酎なら、この痩せた土地でも作れそうだし……
やっぱり私たちは焼酎造りを頑張ろう。
私が自分の頭の中の自問自答に没頭していると、横からフウタが私に呼びかける声が聞こえた。
「ハナ、わし……」
フウタの声に前世のおばちゃんが引っ込んで、今世のハナ16歳が顔を出す。
「フウタ、大丈夫?しんどくない?」兄に対しては一切浮かびもしなかった配慮が、フウタに向かう。
「わし……チーズ職人やったわ……このままヤギ飼ってチーズ作るわ」と呟いた。
なんでもフウタは、いざとなったら私と一族郎党を引き連れて、どこかに逃げようと思っていたらしい。さすがに脳筋のフウタでも花嫁の掠奪後、村で暮らすのは無理だと思ってたらしい。
でもだからって、一族連れての逃亡って……
ヤギと一族で逃げるためのテントとかを、私が座敷牢にこもってる間に用意していたらしい。前世は遊牧民だったのだろうか?
こいつの思い切りのすごさに、私は感動すれば良いのかどうしたもんかと考えてしまう。
私が嫁になったら、フウタにナニかの決断をさせるのは絶対にやめようと思った。もし、何らかの理由で決断をさせる羽目になったら、絶対に選択肢には私や、有識者の思惑に沿った誘導を散りばめておくことにする。
でないと、水場すらどこにあるか分からないような土地で、一からの開墾作業に従事させられるかもしれない。思い切りが良すぎるだろう、一族郎党揃って!
カゼハヤさんやマニさん(フウタの母)までもが、フウタを止めるでもなく、一緒に駆け落ちする気でいたことに慄く。
だいだい、なんでフウタみたいな青二才がカザハヤさんを差し置いて、一族の将来を仕切ってるのよ。
フウタのスキルに関連があるんだろうな、と思うものの、この考えなしにどんなスキルが備わっているのか、恐ろしすぎて聞けない……
と、思ってるのに、兄があっさりと聞いてしまった。
「フウタの家族全般を引き連れての逃亡って、おじさんたちを差し置いて、そんなこと出来るフウタのスキルはなんや?」
「……うーん、これはどういう意味か良く分からんのじゃ。
『束ねる』って何のことやろう?」フウタが振り返って私に聞く……
私は耳を両手で塞いで、「聞こえなーい」とフウタの言葉を聞くのを拒否したのだが、生真面目にも水神様が教えてくださったのだ……
「我が花嫁の番のスキルは、村長にピッタリじゃな、対象を纏めて率いるスキルじゃ」
「ああ!そうなんですか?最初はうちのヤギたちが思う通りに動くもんだから、家畜をなつかせるテイマーかと思ってたんですけどね……ヤギ限定じゃなかったわ、ハナ」
「もう!怖すぎるでしょ!兄さんもフウタもこのスキルは絶対に誰にも言っちゃダメだからね!フウタもスキル簡単に使っちゃダメだからね」
「ハナを連れて逃げるって言うたら、何かなぁみんなもついてくるっちゅうて言うもんやから、わしもなんかチィっとばかしおかしななぁって思うとったんや」
「あんた、思い切りスキル使ってたんじゃん。あのしっかりもののマニさんやカゼハヤさんがフウタに従うなんて、そのスキル怖すぎるわ」